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コンプライアンスを遵守したい年の差恋愛  作者: 金雀枝
第2章:彼女が求めた日常
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幕間 Side:東海林

 机の上の報告書をめくりながら、ふっと息をついた。

 和葉さんの件は、今のところ落ち着いている。


 最初に名前を知ったのは、同僚が残した家庭訪問の記録だった。

 義父が同席する中で、彼女は「大丈夫です」と繰り返していたという。

 だが、その言葉には力がなく、無理に言わされているように見えた――と、余白に小さく書き添えられていた。

 その走り書きが、妙に印象に残っている。


 やがて彼女は家を飛び出し、弓削さんに保護されて児相へやって来た。

 あのときが、自分が和葉さんと初めて直接向き合った場面だ。

 事情を聴くための面談で、彼女は小さな声で経緯を答えていた。

 表情は硬く、言葉も少ない。

 それでも――記録に残されていた「言わされている大丈夫」とは違った。

 まだおぼつかないながらも、自分の意志で語ろうとしているのが伝わってきた。


***


 次に会ったのは、弓削さんとの同居が始まってから一月ほど経った頃だ。

 家庭訪問で見た彼女は、こたつに座り「大丈夫です」と控えめに笑った。

 かつて報告書に記されていた「大丈夫です」と同じ言葉。

 だが、目の前で口にしたそれは、自分の意志がこもっているのがはっきり分かった。

 ――この子は変わり始めている。そう実感した瞬間だった。


 さらに後日、弓削さんと共に学校を訪れ、担任や教頭に事情を説明した。

 和葉さん本人は同席しなかったが、それでよかったと思う。

 必要以上に力ませず、自然に戻れる環境を整えることが大事だからだ。


***


 和葉さんの母の死。

 それをきっかけに始まった義父の無関心と暴言。

 生活は保護者としての体をなさなくなり、誕生日には「身体を売って稼げ」とまで口にした。

 ――そこまで聞いたときは、職員としての冷静さを失いかけた。


 もっと早く動けなかったのか。そう思うと悔いは残る。

 だが救いがなかったわけではない。

 弓削さんという支えが現れた。

 血縁でもなく、制度に押しつけられた役割でもない。

 ただ目の前の子を放っておけないという思いだけで動いている人間。

 そういう存在がいたからこそ、和葉さんは「居場所」を得られたのだ。


 制度の上では、義父は依然として保護者にあたる。

 養子縁組はされていないから親権の効力は限定的だが、それでも油断はできない。

 いまは大人しくしているが、金銭や体裁が絡めばまた動き出す可能性はある。

 その芽は早めに摘んでおかねばならない。


***


 ペンを走らせながら、小さく息を吐く。

 和葉さんは確かに変わり始めている。

 生活は安定し、表情は和らぎ、友人とも再び繋がった。

 学校復帰も目前だ。


 ……支える大人は揃っている。あとは見守るだけだ。


 そう思うと、腹の底に力が宿るのを感じた。

 仮に義父が再び動きを見せても、ここには踏みとどまれる環境と人がいる。

 必要になれば、家庭裁判所に面会交流の制限を申し立てることも考えている。

 子どもの未来を守るのは、大人たちの役目なのだから。

本日もご覧いただきありがとうございました。

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