表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コンプライアンスを遵守したい年の差恋愛  作者: 金雀枝
第1章:出会いと保護
5/65

2023年3月25日(土)④

 夜の住宅街に、小さな明かりがぽつんと灯っていた。

 各務医院――表札の上には、白地に藍の控えめなフォントでそう記されている。

 外観は古めだが、手入れの行き届いた小さな個人病院だった。


「……ここが、病院なんですね」


 少女は、傘の下でかすかに身をすくませた。

 緊張しているのは明らかだった。けれど、逃げ出す素振りはなかった。


「大丈夫だ。すぐ終わるから」


 そう声をかけると、少女は小さく頷いた。


 自動ドアが静かに開く。

 待合には他の患者の姿はなく、受付のカウンターの奥に一人の女性が立っていた。


 白衣の下はグレーのシャツ。髪は低くまとめられ、落ち着いた瞳と輪郭が印象的だった。


「こんばんは。銭湯のおばあさんから話、聞いてます」


 その声は、余計な飾りけもなく、ただ、落ち着いていて、柔らかかった。


「……もしかして、各務さんの奥さん、ですか?」


 女医は少しだけ目を細めて笑った。


「ええ。夫からお名前は聞いてます」


「そうでしたか。……彼方さんには、学生の頃から世話になってたんです。

 しばらく疎遠でしたが、最近また銭湯で顔を合わせるようになって」


「なるほど。縁が戻るって、いいことですね」


 そのやりとりだけで、ずいぶんと緊張がほぐれた気がした。


「じゃあ、診察室へどうぞ」


 そのとき、少女がふいに俺の服の裾をそっと指先でつまんだ。

 声はなかったが、その小さな仕草に、不安と「一緒にいてほしい」という気持ちが滲んでいた。


「……俺も一緒に行っていいですか?」


「もちろん。最初は一緒に入りましょうか」


 女医は頷き、診察室のドアを開けてくれた。


***


「じゃあ、少しだけお話を聞かせてくださいね」


 少女は椅子に座り、手を膝の上でそっと重ねていた。


「名前と年齢、教えてもらえますか?」


「……みまさか、和葉。十六歳、です」


「ありがとう。病院は、来るのは久しぶりかな?」


「……あんまり、ないです」


「そう。じゃあ無理はしないからね」


 女医はやわらかく微笑むと、俺の方に視線を向けた。


「このあと、少し身体の様子を見せてもらいます。

 和葉さんが大丈夫なら、彼にはその間だけ席を外してもらってほしいんだけど……大丈夫?」


 和葉はほんの少しだけ頷いた。


「……わかりました」


 俺は椅子から立ち上がり、静かに一礼して診察室を後にした。

 ドアが閉まる音が、妙に静かに響いた。


***


 廊下の椅子に腰を下ろし、目の前の壁をぼんやりと見つめる。

 壁に掛けられた時計の針が、静かに動いていた。


 ばあさんが言っていた、和葉の痣――おそらくは、虐待か、いじめか。それに類する何かだろう。


 俺は実際に見たわけじゃない。

 でも、あのとき――びしょ濡れで、傘もささずに座り込んでいたあの子の姿は、今でも頭から離れない。


 顔は俯いていた。けれど、ふとこちらを見上げたときの、あの目だけは、強く焼きついていた。


 何も言わなかった。

 それでも、心のどこかで――本当は、誰かに気づいてほしかった。

 そんな想いが、ほんの一瞬、あの目ににじんでいた気がした。


 ……きっと、もう大人には何も期待していなかったはずなのに。


 俺は臆病な男だ。

 リスクなんて負いたくないし、巻き込まれるのはごめんだ――そう思って、ずっとそうやって生きてきた。


 いつもの俺なら、あんな目に見えた地雷に、自分から近づくなんてあり得なかった。


 それでも。


 和葉を――あのとき、あんな目をしていた彼女を。

 さらに追い込むような大人にだけは、なりたくなかった。


 そのとき、診察室のドアが静かに開いた。


 各務先生が姿を現す。


「終わりました」


 俺は立ち上がり、静かに頭を下げた。

 先生は頷き返すと、短く言った。


「少し、お話しできますか?」

この度もご覧いただきありがとうございます。

いつもこんな深夜/明け方の投稿でごめんなさい。


創作自体が初めてで色々塩梅がわかりません。


また、お暇なときにでもお付き合いいただけますと幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ