2023年7月23日(日)
休日の朝、和葉が控えめに声をかけてきた。
「……今日、出かけてもいいですか」
「どこに」
「水着を買いに行きたいんです。友達とプールに行く日が決まったので」
そんなことを言っていたな。
「わかった。準備しろ」
玄関を出る前に、ふと念を押す。
「外では“お父さん”ってことで通したほうが自然だろう」
和葉は目を瞬かせ、それから小さく頷いた。
「……わかりました。でも、先生とか事情を知ってる人の前では――」
「ああ、いつも通りで構わない。初対面に限ってだ」
「……少し照れますけど。がんばります」
その声は小さく、けれどどこか安心したようでもあった。
***
駅前のファッションビルなんて、俺には縁のない場所だ。
ガラス張りのフロアに立ち並ぶ店は、服や雑貨ばかり。場違いな気がして落ち着かない。
けれど和葉は、少し緊張しながらも目を輝かせていた。
「……すごい。文具屋さんまで入ってるんですね」
「見たいなら寄っていくか」
彼女はこくりと頷き、店の中へ。
ノートやペンを真剣な顔で選び、ようやく一冊のノートを抱えて振り返った。
「これにします!」
「好きなのを選べ。気に入ったなら勉強も続くだろ」
「……はい!」
弾む声に、思わず口元が緩んだ。
***
水着売り場はさらに居心地が悪かった。女性ばかりで、男一人では完全に場違いだ。
「俺は外で待ってる」
「だめです。一緒に見てください」
袖をつままれて引き戻される。和葉は二着の水着を手にしていた。
「これと……こっち、どっちがいいですか?」
一つは無地のシンプルなワンピース型。清楚で大人っぽい。
もう一つは胸元にフリルのついたワンピース。可愛らしく、体型も隠せそうだ。
「……無地は落ち着いて見えるな。大人っぽい」
「ですよね……。でもフリルの方も、かわいくて安心かなって」
迷う目に押され、結局「両方試してみろ」と背中を押した。
数分後、小さな声がカーテンの向こうから響く。
「……いつきさん、ちょっと来てもらえますか」
「なんだ」
「外に出るのは恥ずかしいので……少しだけ、見てください」
戸惑いながら近づくと、カーテンがほんの少しだけ開いた。
和葉が紺色のシンプルなワンピース型を身につけて、そっと顔を出す。
清楚で大人びた雰囲気があり、確かに似合っている――が、胸から腰のラインがくっきりと浮かび上がっていて、思わず眉をひそめた。
(……似合ってはいるが、体型がはっきり出すぎるな。人前に出すのは心配だ)
「ど、どうですか……?」
不安げな瞳がこちらを見上げてくる。
「……よく似合ってる。落ち着いて見えるし、大人っぽい」
言葉はできるだけ肯定にしたが、胸の奥では別の思いが渦巻いていた。
再びカーテンが閉まり、しばらくしてフリル付きのワンピース姿が覗いた。
胸元を柔らかく覆うフリルが谷間を隠し、可愛らしさと安心感を添えている。
「こっちは……どうでしょう」
「……ああ。可愛らしいし、色々と安心できる。……こっちの方が、お前らしいな」
和葉はぱっと顔を輝かせ、頬を赤らめた。
「じゃあ……こっちにします。いつきさんがそう言ってくれたから」
フリル付きの水着を胸に抱きしめる姿に、思わず目を逸らした。
***
その後、タオルやバッグを揃えるため雑貨屋にも寄った。
和葉は「この水筒、お揃いにしませんか?」と笑顔で差し出す。
「プールに行くときも便利ですし」
「……俺も行くのか?」
「え? あっ、友達と行くときじゃなくて……」
少し顔を上げて、真剣な声で言った。
「いつきさん、いつも家でお仕事してるじゃないですか。だから……たまには運動しましょうよ」
その言葉に、思わず言葉を詰まらせる。
(……それを言われると返す言葉がない)
和葉は頬を赤くしながら付け足した。
「……それに、せっかく選んでもらった水着も、ちゃんと見てもらいたいですし」
俺は頭をかき、少し間を置いてから答えた。
「……考えておく」
和葉はぱっと表情を明るくして、「はいっ」と弾む声を返した。
***
会計を済ませて外に出る。紙袋を抱えた和葉が、足を揃えて立ち止まった。
「今日はありがとうございました」
「……お前に誘われなかったら、一生来ることのない場所だったな」
紙袋を持ち直しながら小さく息をつく。
「いい気分転換になった」
和葉はぱっと表情を明るくして、嬉しそうに笑った。
そろそろ二章の終盤、夏休みに入ります。
本日もご覧いただきありがとうございました。




