Side:和葉 2023年7月20日(木)
机の上に広げた宿題のプリントを眺め、思わずため息がこぼれた。
昨日、いつきさんが「お土産だ」と言って持ち帰ってきた夏休みの課題だ。がっかりしたけれど、やらないわけにはいかない。
「……多いなぁ。でも、がんばらなきゃ」
小さくつぶやいて、机の端に置いてあったスマホを手に取る。歩と朱鷺子に、今の気持ちを伝えようと思った。
『宿題いっぱい渡されました。夏休み明けから復学できるように準備してます』
送信すると、すぐに返事が返ってきた。
『ほんと!? よかった! じゃあ夏休み、一緒に遊ぼうよ!』――歩
『安心した……でも大変じゃない? 無理しないでね』――朱鷺子
胸の奥がじんわり温かくなる。私はすぐに指を動かした。
『ありがとう。うん、大丈夫』
次の着信音が鳴ったのはその直後だった。
『じゃあさ、この前言ってたプール、夏休みに行こうよ! 日程も決めちゃお!』――歩
胸が少し跳ねる。プール……。
『行きたいけど、学校の水着しか持ってないんだよね』
『じゃあ一緒に買いに行こう!』――歩
『それがいいと思う』――朱鷺子
私はスマホを握りしめて、ほんの一瞬考えた。
『……それは、いつきさんに選んでもらうから』
『へぇ〜!』――歩
すると朱鷺子から問いが届いた。
『そういえば、その人ってどんな人なの? ほとんど聞いてなかったけど』
私は少し迷ってから、素直に打ち込んだ。
『お父さんみたいで、お兄さんみたいで。私を家族として受け入れてくれた人なんだ』
そして、どうしても言いたくなって、もう一言だけ付け加える。
『この前ね、義父に腕を掴まれたとき、“俺の娘に何してる”って庇ってくれたの。すごく心強かったんだよ』
『きゃー! かっこいい!』――歩
『……そうなんだ。仲良くやれてるの?』――朱鷺子
『うん! 大丈夫!』
画面を見つめるだけで、頬がじんわり熱くなる。惚気に聞こえたかもしれないけれど、それが今の私にとって大事なことだった。
そのあとは「プールのあと勉強会もしよう!」という話になった。私は「うん、やろう!」と即答する。
普通の高校生みたいな会話をしていることが、ただただ嬉しかった。
***
その夜。スマホを閉じてから、こたつの向かいに座るいつきさんに声をかける。
「……あの」
「なんだ」
「友達と、プールに行く日が決まりました」
「そうか」
「だから、その前に……水着を買いに連れていってください」
一瞬、静まり返る。
いつきさんは驚いたように目を瞬き、それからふっと目を細めた。
「……そんなこと言ってたな」
「はい」
小さくうなずいた私に、返ってきた言葉は意外なものだった。
「でも……友達と買いに行ったらいいんじゃないか?」
「そ、それは……」
言葉に詰まり、慌てて視線を逸らす。
「だって……お金出してくれるのはいつきさんですし。それに……」
唇をきゅっと結び、勇気を振り絞って続けた。
「……選んでほしいから」
声はかすかに震えていたけれど、口に出した途端、胸の奥がどきんと跳ねた。
顔が熱くなるのを誤魔化すようにうつむきながらも、不思議と嫌ではなかった。
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