2023年7月19日(水)
七月も半ばを過ぎたある日。
俺は東海林さんと一緒に、和葉の学校を訪れていた。
事前に児相を通してアポイントは取ってある。だが、やはり校長室に通されると、背筋が自然と伸びる。机の向こうには校長と学年主任が並んで座っていた。
「このたびは、お忙しいところありがとうございます」
校長が頭を下げ、続いて学年主任が言葉を継ぐ。
「美作さんの件ですが……入学手続きは確認できております。ただ、合格発表以降、ご本人の登校が一度もなく、家庭とも十分な連絡が取れない状況が続いておりました」
俺は一度東海林さんに視線を送り、うなずいてから口を開いた。
「和葉さんは今、私のところで暮らしています。四月上旬――誕生日のころにご家庭で決定的な出来事があり、家を出ざるを得なくなった。すぐに私が保護し、児童相談所を通して正式に一時保護と生活の手続きをしています」
「……そうでしたか」
校長が静かに息をつき、学年主任も真剣な面持ちで頷く。
「お母様のご逝去以降、彼女の様子に変化は感じておりました。ただ、ご家庭と連絡を取ると丁寧に対応されて……我々も強く踏み込めずにおりました」
東海林さんがそこで口を挟む。
「こちらでも以前から情報は把握していましたが、決定的な介入の機会を逸してしまいまして。今回、弓削さんのおかげで安全が確保できています」
俺は軽く頭を下げた。
「彼女は夏休み明けからの復学を希望しています。ただ、事情を踏まえると不安もあるでしょうから、ぜひ協力していただきたいと考えています」
「わかりました。彼女が安心して通えるよう、学校として全力で支援します」
校長の言葉に、少し肩の力が抜ける。
その後は復学に向けての手続きや、夏休み中の課題について確認を行い、面談は一時間ほどで終わった。
校門を出ると、東海林さんが「ご苦労さま」と言って肩を叩いてくれた。
「和葉さんも、これで少し安心するでしょう。あとは君の家庭での支えが鍵になります」
「ええ。……ありがとうございます」
そこで東海林さんとは別れ、俺は家路についた。
***
玄関を開けると、和葉がぱたぱたと走ってきた。
「おかえりなさい」
顔を上気させ、心配そうにこちらを見上げてくる。
「どうでしたか……?」
「とりあえず、先生たちも事情は理解してくれた。夏休み明けからの復学で動けそうだ」
安堵の色がぱっと広がり、和葉は胸に手を当てて「よかった……」と呟いた。
「それと――お土産がある」
「えっ、お土産……?」
ぱっと顔を輝かせ、子供のように身を乗り出す。期待を隠しきれない大きな瞳が、こちらをまっすぐに見つめていた。
俺はわざとゆっくり紙袋を差し出す。和葉は嬉しそうに受け取ると、待ちきれない様子で中を覗き込んだ。
だが――数秒後、表情が固まる。
「……これは?」
袋から引き出されたのは、分厚いプリントの束と問題集。
「先生から預かった、夏休みの宿題だ」
肩をすくめて言うと、和葉はぽかんと口を開け、やがて大げさに机へどさりと置いた。
「お土産が宿題なんて……ひどいです」
口を尖らせつつも、和葉は机の上にプリントを広げ、ぱらぱらとめくり始めた。
不満を言いながらも、その目はどこか楽しそうで――少なくとも、嫌がっているようには見えない。
「家事は俺でもやれる。だから勉強に集中して構わないぞ」
そう言うと、和葉はぶんぶんと首を横に振った。
「それはダメです。私の楽しみ取っちゃ嫌です」
「楽しみ?」
「はい。お世話して、“ありがとう”って言ってもらえるの、すごく嬉しいんです。だから……宿題もちゃんとやりますけど、家のこともやらせてください」
まっすぐな瞳に言われ、俺はしばし言葉を失った。
甘えるだけでなく、誰かの役に立ちたいと願うその姿に、胸の奥が熱くなる。
「……そうか。じゃあ、任せる」
「はいっ!」
和葉は満面の笑みでうなずき、手元で宿題のプリントを整えると、そのまま大事そうに胸に抱きしめた。
夕方の光が窓から差し込み、蝉の声が遠くに響いている。
その横顔は、以前よりずっと強く、そして晴れやかに見えた。
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