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コンプライアンスを遵守したい年の差恋愛  作者: 金雀枝
第2章:彼女が求めた日常
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Side:和葉⑨

 目を覚ました瞬間、昨夜のことを思い出して顔が熱くなった。

 ――だっこして、布団まで連れてってください。

 あんなことを自分の口から言うなんて、少し前の私なら絶対にできなかった。


 胸に抱えられて布団に下ろされたとき、心臓が爆発しそうなくらい跳ねていたのに。背中を撫でてもらった安心感が勝って、気づけばすぐ眠ってしまっていた。

 ……思い出すだけで、恥ずかしくて布団の中に潜り込みたくなる。


 でも、不思議と後悔はなかった。むしろ、ちゃんと甘えられたことが少し誇らしい。


 顔を洗って居間に行くと、いつきさんはもう新聞を広げていた。私はこたつの上に朝食を並べながら、ちらちらと視線を送る。

 何もなかったようにしてくれているのが、ありがたくもあり、ちょっとだけ寂しくもあった。


 食後、片付けをしていると、いつきさんがぽつりと言った。

「……通帳の件、そろそろ話をつけないとな」

 胸の奥がぎゅっと縮む。母が残してくれたお金。義父に渡す必要があるのか、ないのか。ずっと気になっていたことだ。

「……はい」

 小さくうなずくのが精一杯だった。


 続けていつきさんが言う。

「学校のことも、そろそろ考えなきゃいけない時期だな。……和葉は、戻りたいと思うか?」

 その言葉に、心臓がまた強く脈打つ。学校。友達。教室。黒板。

 思い出すたびに、怖さと同じくらい、戻りたい気持ちも湧いてくる。

「……私、ちゃんと行けるでしょうか」

「事情の説明とかも必要だろうから、俺の方でも学校には話に行くつもりだ。行けるように、俺も手を貸す」

 短く、でもはっきりとした言葉。


 少し間をおいて、私は口を開いた。

「……そういえば、私物の中に、昔のスマホもありました」

「お、出てきたのか」

「はい。でも、電波は入らなくて……もう解約されてるんだと思います」

「まあ、契約者がいなくなればそうなるな。データは残ってるはずだ。今のスマホに移せばいい」

「……写真とか、友達の連絡先とか、残ってるかもしれません」

「なら、なおさらだな。復学するなら、繋ぎ直すことも大事だ」


 その日の午後、いつきさんがパソコンを開いてくれて、昔のスマホからデータを移してくれた。

 画面に並ぶ見慣れた名前や、母と一緒に写った写真が次々と復活していく。

「……連絡先も、写真も、残ってたぞ」

 そう言って新しいスマホを差し出された瞬間、胸がいっぱいになって視界がにじんだ。

「……っ」

 声にならない声が漏れ、思わずいつきさんの腕に抱きついてしまう。

 驚いたように見下ろす視線と目が合い、慌てて「ありがとうございます」と口にしたけれど、涙は止まらなかった。


 そんな私の頭に、大きな手がそっと置かれる。

「……よかったな」

 短い言葉が、胸の奥に深く染みていく。


 少し落ち着いてから、私は一番仲のよかった友達の名前をタップした。

 短い文を打ち込んで、送信ボタンを押す。

 しばらくして、返信の通知が光った。


 その瞬間、胸の奥に張りつめていたものが少し解けていくのを感じた。

本日もご覧いただきありがとうございました。

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