表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コンプライアンスを遵守したい年の差恋愛  作者: 金雀枝
第2章:彼女が求めた日常
40/115

2023年7月1日(土)

 休日の朝。目を開けると、隣の布団には和葉がすっかりこちらに転がり込んできていた。これまで遠慮して抑えていた寝相の悪さが、ついに素を見せたらしい。

「……まったく、遠慮がなくなったな」

 小さくつぶやきながら布団を畳む。けれど不思議と、嫌な気分ではなかった。


 朝食を済ませると、和葉が少し緊張した顔で声をかけてくる。

「……本屋に行きたいです。参考書と、ノートとかも買いたいので」

 自分から行きたい場所を口にするのは初めてかもしれない。俺はうなずき、コートを手に取った。


 本屋では真剣に参考書を選ぶ横顔を眺めながら、彼女が少しずつ前を向こうとしていることを感じる。その後スーパーに寄ると、酒の棚の前で和葉が立ち止まった。

「いつきさんって、お酒飲むんですか?」

「飲まなくはないが、家に置く習慣はないな。どうした」

「今日お休みですから……寝る前に、少し飲んでみませんか」

「寝酒か……まあ、たまになら悪くはないが」

「やってみたいんです。“今日もお疲れさま”って言って、お酒を注ぐの」

 真っ直ぐな瞳に押されて、俺は結局、熱燗用の小瓶をカゴに入れていた。


 帰り道。買い物袋をひとつにまとめ、二人で片手ずつ同じ袋を持つ。自然と手を繋いでいるような格好になった。

「……これ、手を繋いでるみたいですね」

 和葉が恥ずかしそうに笑う。

「荷物を持ってるだけだ」

 そう返しながらも、袋を持つ手に少しだけ力をこめた。


 夕飯は俺の担当だった。

 鍋からすくって「どれ……」と呟き、味見しようとスプーンを口に運んだ瞬間、和葉が隣に来て口を開ける。

「……自分で食え」

「この前は、私がしてあげたじゃないですか」

 得意げに言われては、断るのも野暮だ。観念して一口分を差し出すと、和葉は嬉しそうに微笑んだ。


 風呂から上がると、布団はすでに敷き終わっていた。台所では和葉が小さな体で徳利をお湯に浸している。お燗をつけている姿が妙に板についていた。

 立ち上る酒の香りに包まれて、頬がどこか赤いようにも見える。

 俺が座ると、和葉は張り切った様子でお猪口を持ってきた。

「お疲れさまです」

 念願だったのだろう。小さな手で徳利を傾け、慎重に注いでくれる。


 布団の前に立った和葉が、胸を張って言う。

「布団、ちゃんと敷きました!」

「……ああ、ありがとな」

 俺が答えると、彼女は間をおいて頬を染めながら口にした。

「ごほうび……欲しいです」

「……ごほうび?」

「だっこして、布団まで連れてってください」


 一瞬言葉を失う。和葉の表情はどこか熱っぽい。

(様子がおかしいな……)


 観念して抱き上げる。お姫様抱っこの姿勢に和葉は素直に身を委ね、胸元に顔を押し付けた。

 その体から伝わる温もりが妙に熱い。

(……体温が高い気がする。燗をしていたときの香りにでも当てられたか?)


 布団に下ろすと、さらに「布団かけて」「……寝かしつけてください」と畳みかけるように要求が飛んでくる。

「……ったく」

 背を軽く撫でてやると、和葉は満足げに目を閉じた。


 俺も自分の布団に入り、深く息を吐く。

 顔が熱いのは……酒のせいだ。

今日はいつも通りのお時間です。


本日もご覧いただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ