2023年7月1日(土)
休日の朝。目を開けると、隣の布団には和葉がすっかりこちらに転がり込んできていた。これまで遠慮して抑えていた寝相の悪さが、ついに素を見せたらしい。
「……まったく、遠慮がなくなったな」
小さくつぶやきながら布団を畳む。けれど不思議と、嫌な気分ではなかった。
朝食を済ませると、和葉が少し緊張した顔で声をかけてくる。
「……本屋に行きたいです。参考書と、ノートとかも買いたいので」
自分から行きたい場所を口にするのは初めてかもしれない。俺はうなずき、コートを手に取った。
本屋では真剣に参考書を選ぶ横顔を眺めながら、彼女が少しずつ前を向こうとしていることを感じる。その後スーパーに寄ると、酒の棚の前で和葉が立ち止まった。
「いつきさんって、お酒飲むんですか?」
「飲まなくはないが、家に置く習慣はないな。どうした」
「今日お休みですから……寝る前に、少し飲んでみませんか」
「寝酒か……まあ、たまになら悪くはないが」
「やってみたいんです。“今日もお疲れさま”って言って、お酒を注ぐの」
真っ直ぐな瞳に押されて、俺は結局、熱燗用の小瓶をカゴに入れていた。
帰り道。買い物袋をひとつにまとめ、二人で片手ずつ同じ袋を持つ。自然と手を繋いでいるような格好になった。
「……これ、手を繋いでるみたいですね」
和葉が恥ずかしそうに笑う。
「荷物を持ってるだけだ」
そう返しながらも、袋を持つ手に少しだけ力をこめた。
夕飯は俺の担当だった。
鍋からすくって「どれ……」と呟き、味見しようとスプーンを口に運んだ瞬間、和葉が隣に来て口を開ける。
「……自分で食え」
「この前は、私がしてあげたじゃないですか」
得意げに言われては、断るのも野暮だ。観念して一口分を差し出すと、和葉は嬉しそうに微笑んだ。
風呂から上がると、布団はすでに敷き終わっていた。台所では和葉が小さな体で徳利をお湯に浸している。お燗をつけている姿が妙に板についていた。
立ち上る酒の香りに包まれて、頬がどこか赤いようにも見える。
俺が座ると、和葉は張り切った様子でお猪口を持ってきた。
「お疲れさまです」
念願だったのだろう。小さな手で徳利を傾け、慎重に注いでくれる。
布団の前に立った和葉が、胸を張って言う。
「布団、ちゃんと敷きました!」
「……ああ、ありがとな」
俺が答えると、彼女は間をおいて頬を染めながら口にした。
「ごほうび……欲しいです」
「……ごほうび?」
「だっこして、布団まで連れてってください」
一瞬言葉を失う。和葉の表情はどこか熱っぽい。
(様子がおかしいな……)
観念して抱き上げる。お姫様抱っこの姿勢に和葉は素直に身を委ね、胸元に顔を押し付けた。
その体から伝わる温もりが妙に熱い。
(……体温が高い気がする。燗をしていたときの香りにでも当てられたか?)
布団に下ろすと、さらに「布団かけて」「……寝かしつけてください」と畳みかけるように要求が飛んでくる。
「……ったく」
背を軽く撫でてやると、和葉は満足げに目を閉じた。
俺も自分の布団に入り、深く息を吐く。
顔が熱いのは……酒のせいだ。
今日はいつも通りのお時間です。
本日もご覧いただきありがとうございました。




