2023年6月24日(土)
昨日の出来事が頭から離れないまま迎えた朝。和葉も同じらしく、こたつに座ったまま食パンを持つ手が何度も止まる。
「食え。今日はしっかり話し合いだ」
「……はい」
短く返事をして、残りを口に運んだ。
午前十時、児童相談所へ。応接室では東海林と、和葉の日記を勧めた若い女性職員が待っていた。
「昨日は大変でしたね」東海林が落ち着いた声で切り出す。
「和葉さん、体は大丈夫ですか?」
「はい……驚いただけで」
和葉は膝の上で指を重ね、視線を落としたまま答えた。
女性職員がにこやかに声をかける。
「そういえば、日記は続けてますか?」
「……はい。ちょっとサボっちゃった日もありますけど」
口元にうっすら笑みが浮かんだのを見て、東海林も頷く。
「いいですね。自分の気持ちを残すのは、あとで役に立ちますから」
俺がカップルから聞いた話も含めて、義父とのやり取りを説明する。通帳を握りしめて「本人連れてけば金が下ろせる」と言い放ったこと。あれが義父の主な狙いだろうということ。
「和葉さん、その口座のことをご存じですか?」女性職員が問いかける。
「生活費用の通帳なら知ってます。でも……そんな大きなお金が入ってる口座なんて……」
和葉の戸惑いは本物だ。東海林が頷く。
「おそらく、お母さんがこっそり積み立てていた口座です。こういった財産関係は、児相だけでは対応できません。弁護士を挟むべきでしょう」
「なら、知り合いをあたってみます」俺が答える。
東海林は資料を閉じ、次の話題に移った。
「もう一つ。和葉さんが家に残してきた私物についてです」
和葉は少し間をおいてから、小さく口を開く。
「制服の夏服や体操服、それと……本や写真も全部あの家にあります。お金になるような物じゃないですけど、大事な物なんです」
「義父が在宅中に行くのは危険です。不在の時間を狙いましょう」東海林が即答する。
「義父は平日の昼間はほとんど家にいません。金曜とか、昼過ぎに出掛けて夜まで帰らないことが多かったです」
「じゃあ、その時間帯を狙って回収しましょう。ただし、不在確認は事前に大家さんにも協力をお願いしましょうか」
「監視みたいな真似は現実的じゃないしな。動くなら一気にやる」俺が付け加えると、和葉はほっとしたように頷いた。
会議が終わりかけたところで、東海林が真顔に戻る。
「義父は予想外に動くこともあります。油断しないで」
「……はい」
和葉の声は小さいが、はっきりしていた。
***
児相を出て並んで歩いていると、和葉が横目で俺を見た。
「弁護士さんに知り合い、いるんですか?」
「まぁな。高校と大学で一緒だった後輩だ。地元じゃそこそこ評判もいい」
「どんな人なんですか?」
「真面目すぎて融通が利かねぇけど、仕事は確かだ。ちょうど近くに事務所あるから、顔出しとくか」
「……私も、一緒に行っていいですか?」
「もちろん。これから世話になるかもしれない相手だしな」
駅前の通りを外れて数分。小さな看板に見覚えのある名前があった。
そういや、彼方さんとも学生時代は接点なかったが、銭湯の縁で知り合った。あいつも含めて、この辺の人間関係は妙に狭い。
ドアを開けると、カウンター奥から顔を上げた人物が、懐かしそうに目を見開いた。
「女子高生とオッサン……未成年略取ですか? 自首なさるなら弁護しますよ、先輩?」
「えっ、ち、違います!」
和葉が勢いよく首を振る。
「お前な……そういう冗談は初対面の前で言うな」
俺がため息をつくと、弁護士は「ああ、失礼しました」と軽く手を上げ、和葉に笑みを向けた。
「冗談ですよ。先輩とは昔からこういうやり取りなんです」
そして俺に視線を戻す。
「それで、本日はどのようなご用件で?」
「この子絡みで、今後ちょっと頼むことになるかもしれない。まだ未確定な部分もあるから、今日は顔合わせに来ただけだ」
「なるほど。先輩の依頼なら正規料金いただきますけど、お嬢さんの依頼なら勉強しますよ」
「どっちにしても払うのは俺だろ」
「ですよね」
そんな軽いやり取りを最後に、俺たちは事務所をあとにした。
後書きって…割りと不要なのでは?
お礼はしっかり。
本日もご覧いただきありがとうございました。




