2023年5月23日(火)①
この日も昼過ぎまで在宅仕事を片付け、ようやく一息ついた。
机から顔を上げると、和葉はこたつの上で洗濯物を畳んでいる。
もうすっかり、この部屋の光景として馴染んでいた。
「……よし、気分転換に出るか」
和葉が少し驚いたように瞬きをする。
「出る……って、お買い物ですか?」
「ああ。商店街まわって、ついでにスーパーも寄ろう。御子神さんのお気に入りのおやつがそろそろなくなりそうだ。不機嫌にならないうちにな」
準備を済ませ、二人で玄関を出る。春の風がやわらかく頬を撫でた。
***
商店街のアーケードをくぐると、八百屋の威勢のいい声が響く。
「おっ、弓削じゃねえか。今日はお嬢さんも一緒か」
店主の視線が和葉に向く。和葉は少し身を縮めながらも「こんにちは」と会釈した。
「この子、彼方の奴から聞いてるよ。元気そうでなによりだ」
「……あ、はい。ありがとうございます」
並んでいたトマトがちょうど艶やかでうまそうだったので、三つ入りの袋を手に取る。
「今日はこれもらうよ」
「おう、サービスしとくわ」
袋を受け取りながら、俺は軽く頭を下げる。
「また来ます」
歩きながら、和葉が袖を引いた。
「……今の、どういう意味なんですか?」
「さあな。まあ、この辺の人は面倒見がいいってことだ」
そう答えて、前方に目をやる。
***
アーケードの外れ、古い自販機の前に男女数人の若いグループがたむろしていた。制服や私服が混じった、やんちゃそうな顔ぶれ。
向こうもこちらに気づき、軽く会釈してくる。俺も短くうなずき返した。
「知り合い……ですか?」と和葉。
「ああ、彼方さん繋がりでな。夏祭りの手伝いとかでよく一緒になる」
***
スーパーに入ると、和葉は迷わず鮮魚コーナーへ向かった。
「今晩はお魚でいいですか? 特売の切り身が出てるってチラシで見たので」
「お、いいな。じゃあ頼む」
「じゃあ……煮魚にしますね。副菜はトマトサラダと、もう一品」
献立が決まると、和葉は鮮魚を選び、俺は猫用おやつをカゴに入れる。
会計後、和葉が当然のように全部の袋を手に取ろうとした。
「これくらい大丈夫です、全部持てますから」
「いや、流石に女の子に重いもん持たせて、自分は手ぶらってのはカッコ悪いだろ?」
「……わかりました」
素直に片方を渡してくる和葉から袋を受け取り、店を出た。
***
帰宅後、和葉は台所でてきぱきと夕飯の準備を始めた。
魚を煮ている横で俺が味噌汁の味を整える。台所に立つ二人分の音が、妙に心地よい。
食事中、和葉が箸を止めてぽつりと聞いてきた。
「……さっきの人たち、怖くなかったんですか?」
「別に。悪い奴じゃない。お前のことも、ちょっとは気にしてくれてる」
和葉は意外そうに瞬きをして、それから小さく笑った。
「……なんか、心強いですね」
その笑みを見て、やっぱり今日出てきてよかったと思った。
最初はここでの生活を円滑にできればと打算もあったが、彼方さんに引っ張られて地元の行事を手伝うようになったのも、今思えば悪くなかった。
ここでなら、和葉もきっと安心して生活していけるだろう。
こういう小さな安心を、少しずつ積み重ねていけばいい。
今日は少し短い日常回になります。
本日もご覧いただきありがとうございました。




