2023年5月12日(金)
インターホンが鳴ったとき、和葉はこたつの前でちょこんと座っていた。
背筋を伸ばして、湯呑みを両手で包み込むようにしている。緊張してるのが、遠目にも伝わってきた。
「大丈夫だからな」
俺がそう声をかけると、小さく頷いた。
玄関ドアを開けると、東海林さんと、もう一人の若い女性職員が立っていた。
年は二十代半ばくらいだろうか。俺は初対面だったけど、和葉の表情が少し和らいだのが見えた。
「こんにちは。今日はお時間ありがとうございます」
「こちらこそ。どうぞ」
部屋に案内して、四人でこたつを囲んだところで、女性職員が和葉に優しく声をかけた。
「和葉さん、日記……続けてますか?」
「……はい。ときどき忘れますけど、なんとか」
「よかった。無理なく続けてくれればそれで十分ですよ」
それを横で聞いていて、ようやく腑に落ちた。
この職員さんが、例の日記帳を渡してくれた人か――。
東海林さんが手帳を開きながら、口を開く。
「弓削さん、まずは同居に至った経緯を、あらためて整理させてもらってもいいですか?」
俺はうなずいて、あの日のことを説明した。
銭湯で和葉と出会ったこと、女医の各務さんに相談し、児童相談所へ連絡を入れたこと。
一時保護の後、和葉の意思もあり、今の暮らしが始まったこと。
「もちろん、俺の立場は保護者でも身内でもありません。けど……誰かがちゃんと支えなきゃと思ったんです」
東海林さんはうなずきながら聞いてくれていた。
「ありがとうございます。……今の生活で、何か困っていることや気になる点はありますか?」
「特には。むしろ、ちゃんと生活できてるのは彼女の方のおかげです。家事も自分から手伝ってくれるし、助けられてます」
女性職員が、少しだけ笑みを深くする。
「では、美作さんにもお伺いしてもいいですか?」
和葉は一瞬だけ戸惑ったような顔をしてから、息を整えて話し始めた。
「……はい。ここでの暮らしは、安心できます。最初は不安だったけど……いつきさんと一緒にいると、落ち着くというか……ちゃんと、“生活してる”って思えるんです」
言葉を選びながら、それでも迷いのない調子でそう言った和葉の表情は、どこか照れたようで――でも、作り物じゃないのが伝わってきた。
きっと、本当にそう感じてるんだろう。
「学校については、どう考えてますか?」
東海林さんの問いに、和葉は静かにうなずいて返した。
「……いきなり戻るのは怖いです。でも、通いたい気持ちはあります。もう少し気持ちが落ち着いたら、ちゃんと考えたいです」
「うん。それで十分。焦らなくていい」
東海林さんは鞄から書類を取り出し、テーブルの端に置いた。
「正式に同居継続を申請するには、いくつか書類の提出が必要になります。内容は管理責任や緊急時の対応についてなど。後日改めて案内をお送りしますね」
「わかりました。準備します」
女性職員が視線を和葉へ向ける。
「このあと、少しだけ美作さんと二人でお話ししてもいいですか? 同性の方が話しやすいこともあると思うので」
「もちろん。和葉、大丈夫か?」
「……はい。大丈夫です」
俺と東海林さんは立ち上がり、玄関から外へ出た。
***
階段下の陰で、東海林さんと並んで腰かける。
「美作さん、落ち着いたように見えますね」
「はい。前よりも、ずっと」
「……実は以前、義父さんの対応時にはかなり怖がっていたそうです。児相の人間が来るってだけで、震えてしまって」
「ああ……それで思い出したんですけど。家庭訪問の話をした日の夜、急に“手、繋いで寝てもいいですか”って言われました」
「きっと、その頃の記憶がよみがえったんでしょうね」
「……でも今は、ちゃんと向き合えてると思います」
東海林さんは目を細めて、静かにうなずいた。
「ちゃんと、支えになってるんだと思いますよ。……若いのに、ようやってますね」
「やらなきゃってだけですよ。……でも、そう言ってもらえるのは、ちょっと救われます」
***
面談が終わって、再び部屋へ戻ると、和葉がいつもの位置にちょこんと座っていた。
女性職員が、にこやかに頭を下げる。
「お話、ありがとうございました。また様子を見に伺いますね」
「はい。よろしくお願いします」
二人を見送ってドアを閉めたあと、その場に立ったまま、和葉を振り返った。
「どうだった?」
「えっと……秘密です」
少し笑って、それから補足するように続けた。
「でも、大丈夫でした。変な話とかじゃなかったです。……ちょっと安心しました」
「なら良かった。今日はよく眠れそうか?」
和葉はうなずいたあと、ドアの方に一瞬目をやり、それからそっと俺の袖をつまんだ。
「……前は、不安でお願いしたけど……今日は、ご褒美として、手……繋いでほしい、です」
小さな声だったけど、ちゃんと聞こえた。
「……そっか。じゃあ、そうするか」
そう答えると、和葉は少し恥ずかしそうに笑った。
無理でしたぁぁ
やっぱこの時間が一番活性化する....
書き溜めとかもしていないので、また深夜投稿に戻りそうです....
ともあれ、本日もご覧いただきありがとうございました。




