Side:和葉 2024年12月16日(月)
放課後。昇降口を出た瞬間、冷たい空気が頬に刺さった。
吐いた息が白く広がって、すぐにほどける。
「さむっ」
歩ちゃんが両手をこすりながら言う。
「毎年言ってる」
朱鷺子が淡々と返す。
「だって今日は風がやばいもん。耳ちぎれる」
「ちぎれない」
いつもの調子に、ちょっとだけ安心する。期末テストが終わって、終業式まであと一週間。教室の空気も、みんなの足取りも、どこか軽い。
「駅前行こ」
歩ちゃんが先に歩き出す。
「何しに?」
「決まってるじゃん。プレゼント交換のやつ!」
「言い方が雑」
「雑じゃない。大事!」
歩ちゃんは肩を揺らして笑う。朱鷺子はその横で、すでに現実を引っ張ってくる。
「予算は?」
「えー……千円?」
「安すぎない?」
「じゃあ二千円!」
「上げ方が極端」
私は二人の間で少しだけ考えてから、そっと言った。
「……千五百円くらい?」
「高校生の限界ライン」
歩ちゃんがうなずく。
「妥当ね」
朱鷺子も即答だった。
駅前のショッピングビルが見えてくる。入口のツリーがきらきらしていて、ガラス越しに光が揺れていた。
中に入ると、暖房の空気がふわっとまとわりつく。外の寒さが嘘みたいだ。
「ルール確認!」
歩ちゃんが指を一本立てる。
「当日まで中身は秘密!」
「それはそう」
朱鷺子が言うと、歩ちゃんが「サプライズ!」と笑った。
「一緒に見てたらバレるでしょ」
「別行動しましょう」
朱鷺子が案内板の前で立ち止まる。
「三十分後、ここに集合ね」
「先生みたい」
「合理的」
歩ちゃんは「はーい」と軽く返事して、すぐ別の通路へ消えた。背中がもう危うい。たぶん、変なものに惹かれてる。
「歩ちゃん、ネタ枠に走りそう」
私が言うと、朱鷺子は少しだけ目を細めた。
「走るでしょうね。でも今日は口を出さない。秘密が前提だもの」
「尾行もしない?」
「しない。覗き込みもしない。各自の責任」
言い切るところが朱鷺子らしくて、私は小さく笑った。
「和葉は?」
「……実用系」
「分かりやすい」
朱鷺子はそれだけ言って、すっと人の流れに紛れた。
こうして、私も一人になる。
雑貨屋、文房具屋、コスメの棚。どれも可愛いのに、決め手がない。
千五百円は、適当に選ぶには高くて、真剣になりすぎるには少し足りない。絶妙に難しい。
(プレゼントって、難しい……)
誰かの顔を思い浮かべて、手に取って、戻して。
同じ動きを何度か繰り返して、ようやく「これなら」って思えるものを見つけた。
レジで小さな袋を受け取って、コートの内側に隠す。
中身は、当日まで秘密。
案内板の前に戻ると、朱鷺子がもう来ていた。手ぶらに見えるのに、絶対どこかに隠している。
「早い」
「迷わない」
「すごい……」
「和葉が迷いすぎ」
さらっと言われて、反論できない。
そこへ、少し遅れて歩ちゃんが走ってきた。
「間に合ったーー!」
袋が、でかい。
「それ、袋でかくない?」
「中身は小さい!」
「怪しい」
「怪しくない!」
歩ちゃんは背中に隠して、勝ち誇った顔をした。
「ねえ、絶対ネタ枠じゃないよね?」
「ネタじゃないよ。たぶん」
「たぶんって何」
朱鷺子が冷静に突っ込む。
そのまま三人で、袋を見せないように微妙な距離を保ったまま歩く。変な三人組だと思う。
「……ケーキどうする?」
歩ちゃんが急に言った。
「予約しといたほうがいいよね。去年、写真だけで済ませたし」
「当日、混む」
朱鷺子が即答する。
スイーツ売り場は、もうそれっぽい飾りでいっぱいだった。ショーケースの中が、赤と白と金色で眩しい。
「いちごのやつ!」
「定番ね」
「人数、三人。サイズは?」
朱鷺子が確認する。
「四号だと小さい?」
「五号なら安心。余ったら弓削さんにも少し渡せるし」
「じゃ、五号」
決まるのが早い。こういうところ、三人だと助かる。
予約票を受け取って、受け取り時間を確認する。
紙の角が指先に当たって、やけに現実味が出た。
「受け取り、どうする?」
「当日また連絡で」
「私は買い出しついでに寄れるよ!」
歩ちゃんが胸を張る。
「じゃあ歩に任せる」
「任された!」
頼もしいような、不安なような。
売り場を離れたところで、歩ちゃんが思い出したように言った。
「あとさ。弓削さんの分も、買ってきた」
「え」
私は思わず声が出た。
「ほら、入れ違いになるんでしょ? なんか一個くらい、ね」
歩ちゃんが小さな袋をちらっと見せる。勢いのわりにサイズは控えめだ。
「私も」
朱鷺子も、コートのポケットから同じくらいの紙袋を“ちらり”と見せて、すぐ隠した。
「……二人とも、用意早い」
「和葉は?」
歩ちゃんが顔を覗き込んでくる。
「私は……もう少し考えて選びたい」
言った瞬間、歩ちゃんがニヤニヤした。
「慎重〜。ちゃんとしてる〜」
「適当にしたくないだけ」
「それがちゃんとしてるって言うの」
歩ちゃんは楽しそうに笑う。朱鷺子は少しだけ視線を上げて、歩ちゃんを見た。
「からかいすぎ」
「え、いい意味だよ?」
「誤解を招く」
「……もう!」
私は顔が熱くなるのを誤魔化すように、マフラーの端を指でいじった。
「助けてもらってるし……生活してるとこ、いつも見てるから。合うやつ、ちゃんと選びたいだけ」
「ほら、そういうの」
歩ちゃんが肩を揺らして笑う。
「和葉、ほんと真面目だなー」
朱鷺子は小さく息を吐いてから、頷いた。
「和葉はそれでいいと思う。急がなくていい」
「……うん」
二人にからかわれているのに、なぜか嫌じゃなかった。
外へ出ると、空気はまた冷たかった。だけどさっきより寒さが気にならない。ビルの明かりが背中を押して、足取りが軽くなる。
「帰り、肉まん買いたい」
歩ちゃんが言う。
「賛成」
朱鷺子が即答する。
「……私も」
コンビニの袋から湯気が立って、手のひらがじんわり温かくなる。
歩ちゃんが頬張って「うまっ」と言い、朱鷺子が「火傷する」と淡々と言う。
袋の中のプレゼントは、まだ秘密。
予約票も、まだ秘密。
でも、秘密を抱えたまま歩く夜は、案外楽しい。




