2024年12月7日(土)
土曜の夜は、少しだけ静かだ。
玄関の開く音がいつもより小さかった。
エプロンを外す手つきも、どこかゆっくりしていた。
「今日は、ちょっと疲れました」
そう言って、和葉は先に風呂へ入った。
湯気の匂いが消えるころには、もう敷き布団に潜り込んでいた。
今は、寝息だけが聞こえる。
仕事用のノートPCを閉じる。
暖房の低い唸りと、冷蔵庫の振動音が残る。
夕方は混んだらしい。
帰宅してからの動きで分かる。肩が少し落ちていた。声も、わずかにかすれていた。
今日程度でこれだ。
看護学校に進めば、実習はもっと厳しい。
朝は早く、帰りは遅い。レポートもある。体力も削られる。
一人暮らしで回すのは、正直きついだろう。
在宅勤務という今の働き方は、偶然だが悪くない。
家に人がいる。
帰ってくる場所がある。
それだけで違う。
机の端のカレンダーに目をやる。
十二月。
四月まで、あと四か月。
十八歳になる。
法的には大人だ。
契約も、進学も、住む場所も、自分で決められる。
養子という“形”をとらなくても、立場は自然に変わる。
面談で出た話を思い出す。
養子。
俺はその場で言った。
「今は不要だろ」
和葉は、目に見えて肩の力を抜いた。
あの顔が答えだ。
養子にすれば説明はつく。外から見ても分かりやすい。
だが、それは“固定”でもある。
俺は親じゃない。
決めてやる権利はない。
形を与えることで、あいつの選択肢を狭めるなら本末転倒だ。
俺が安心するための制度なら、なおさらだ。
決めるのは和葉だ。
俺の役目は、決めることじゃない。
決められるだけの足場を整えておくこと。
手を伸ばせば届く距離にいること。
それだけだ。
椅子を引いて立ち上がる。
掛け布団が蹴飛ばされ、敷き布団の横に寄っていた。
足先が少し、はみ出している。
「……まったく」
小さく呟いて、布団を広げ直す。
十二月の夜だ。暖房があるとはいえ、油断すれば冷える。
和葉は横向きに丸まり、枕の端を掴んだまま眠っている。
髪が頬にかかり、眉間にわずかな皺が寄っていた。
布団をかけ直すと、体温が近い。
子どもほど高くはないが、まだ少し熱がある。
寝息は深い。疲れが勝ったのだろう。
「……風邪ひくぞ」
聞こえていないと分かっていても、そう言う。
布団を整え、そっと手を離す。
どうせまた蹴飛ばすだろうが、今はこれでいい。
「……いつきさん」
小さな声。
寝言か、半分目が覚めているのか。
無意識に名前を呼ぶ。
十七だ。
四か月後に十八になったところで、急に何かが変わるわけでもない。
焦る必要はない。
今は、今のままでいい。
机の照明を落とす。
御子神さんが足元で丸くなり、尻尾を一度だけ揺らした。
暖房の風が、ゆっくりと部屋を巡っている。




