2023年4月25日(火)
午前10時、施設の駐車場に車を停めた。
後部座席はまだ空っぽだった。
生活に必要なものは、このあと一緒に買い揃える予定だ。
玄関先には、制服姿の和葉がリュックを肩に立っていた。
俺の姿を見つけると、少し照れたように笑って、小さく頭を下げた。
「……準備できてるか?」
「はい。行きましょうか」
施設の職員たちが玄関まで見送りに来てくれていた。
和葉は「お世話になりました」と丁寧に頭を下げる。
その声には、確かに少しずつ取り戻した力強さがあった。
***
車が動き出してしばらく、俺はふと口を開いた。
「……お前のことは、もう“家族”だと思ってる。だから遠慮しなくていい」
和葉はきょとんとした顔をして、それからすぐに顔をほころばせた。
「……はい。すごく、うれしいです」
その笑顔を見て、俺の中にもふっと温かいものが広がる。
少し間を置いて、和葉が話を戻すように問いかけてきた。
「弓削さんのおうちって、どんな感じなんですか?」
「広めのロフト付きの1Kだ。自炊するから、キッチンはちょっと広めになってる。
大家さんが猫好きでな、うちの猫のために棚とかキャットステップとか、いろいろ許可してくれてる」
「へぇ……いい大家さんですね」
「ただ、ロフトは、空調届かなくてな。物置兼、猫の遊び場になってる。だから個室には使えない」
「そうなんですね……。あの、私はどこで寝る感じになるんですか?」
「……布団を敷けるスペースくらいは用意できるはずだ。仕切りもつけられるようにしてる」
「えっと……お母さんと住んでたときもワンルームだったから。ひとりの空間って、実はちょっと苦手で……
それより、一緒にいたほうが安心するんです」
和葉は、窓の外を見ながらふわりと笑った。
俺はすぐには返せず、ハンドルの向こうを見たまま、少し黙ってしまった。
……ああ言われて、なんて返せばいいのかわからなかった。
保護者として、信頼を喜ぶべきか? それとも危うさを心配すべきか?
どちらが正しいのか、答えを出すのには時間が必要だった。
そんな俺の空気を、和葉は察したのか、柔らかい声で続けた。
「……弓削さん。私に、遠慮しないでくださいね。
……だって、家族、なんですから。」
その言葉に、俺は少し息を詰めて、それから軽くうなずいた。
***
途中、ホームセンターに立ち寄った。
布団、洗面用品など、一つずつ選びながらカートに入れていく。
和葉は真剣な表情で商品を眺めたり、手に取って比べたりしていた。
やがて、収納家具のコーナーで足を止めた。
「これ……買うんですか?」
視線の先にあるのは、小さな鍵付きの木製タンス。
「お前のプライベート用だ。大事なもの、見られたくないものがあるなら、ここに入れておけばいい」
「鍵、ついてる……」
「自分で管理していい。何が入ってるかも、俺は聞かない」
和葉は少しだけ戸惑った顔をしたあと、俺の目を見て、うれしそうに目を細めた。
「……ありがとうございます。ちゃんと、私のこと考えてくれて、うれしいです」
***
そして、俺たちは帰ってきた。
玄関の扉を開けると、少し涼しい空気と、住み慣れた匂いが迎えてくれた。
「ここが……」
和葉は緊張した面持ちで靴を脱ぐ。
三毛は姿を見せなかったが、きっと奥で昼寝でもしてるのだろう。
玄関に荷物を置き終えたところで、俺は振り返って言った。
「……おかえり」
一瞬、驚いたように和葉が目を見開く。
けれど、すぐに表情がやわらいで、にこりと笑った。
「ただいま」
その一言が――
彼女にとって、ここが“帰る場所”になったことを、静かに教えてくれた。
以上で第1章は完結となります。
次からは二人の生活編にはいるか、また幕間を入れるか検討中です。
ただ、毎日投稿は引き続き続けていきたいです。
ここまで、お付き合いいただきありがとうございます。
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