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コンプライアンスを遵守したい年の差恋愛  作者: 金雀枝
第1章:出会いと保護
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2023年3月26日(日)④

和葉が話し終えたとき、室内は静まり返っていた。

誰も言葉を挟まなかった。ただ、その沈黙は、すべてを受け止めるためのものだった。


「……話してくれて、ありがとう」

東海林の声は、穏やかで、少しだけ震えていた。


彼は手元の資料を整えながら、静かに続ける。


「本日より、和葉さんは一時保護の措置対象となります。

 まずは、医療機関での観察と心理的ケアを行い、心身の安全を最優先に」


和葉は小さくうなずいた。弓削はその隣で、静かに息を吐いた。


「今後のことについてですが……」

東海林は少し言いよどんでから、慎重に言葉を選ぶ。


「一般的には、再婚した義父に親権があると見なされます。

 ただし、今回のように虐待が疑われる場合には、親権の停止や喪失を家庭裁判所に申し立てることが可能です」


弓削は背筋を正し、東海林を見据えた。


「その申し立ては、誰ができるんですか」


「主には、児童相談所、もしくは後見人候補や親族による申し立てが可能です」


「もし……彼女が望むなら。俺がその立場になれる可能性はありますか」


東海林は一瞬だけ目を細めた。


「未成年後見人としての選任には、家庭裁判所の判断が必要です。

 ですが、あなたのように、当人に信頼されている大人の存在は非常に重要です」


それから、今度は東海林が和葉に視線を向けた。


「……和葉さん。あなた自身の意思も、非常に大切になります」


和葉は、少し驚いたように顔を上げた。


「現時点では、法的には義父との関係が残っていると仮定して進めています。

 でも、もし――あなたが、今後一切、義父と関わりたくないと強く望むなら、私たちはその意志を尊重します」


和葉の目が、かすかに揺れる。


「……もう、関わりたくないです」

「二度と、顔も見たくありません」


その一言には、恐れよりも静かな決意が込められていた。


東海林は、ゆっくりとうなずいた。


「わかりました。それなら、こちらでも正式な対応を進めていきます」


弓削が少しだけ肩の力を抜く。


「……彼女のことを、今後も見守っていきたいと考えています」


「ありがとうございます。まずは我々が責任を持って安全を確保し、

 後見人選任や委託先については、明日以降、関係機関と調整していきましょう」


「はい」


会話がひと段落すると、部屋の壁際に控えていた女性職員が一歩前に出る。


東海林は彼女に対し軽く頷いた。


「それでは、案内させてもらいますね」


女性職員は和葉の目線に合わせるようにしゃがみ、やさしく声をかけた。


「……弓削さん」


和葉が、すこし迷いながら口を開く。


「また、来てくれますか……?」


「ああ。必ず行く」


「……約束、ですよ?」


「約束だ」


和葉はほんの少しだけ笑った。

その笑みは、すこしだけ頬をゆるませるだけの、小さな希望だった。


***


弓削は、帰り道の途中で足を止めた。

雲間からのぞく夕陽に、少しだけ目を細める。


(親権のこと。裁判。後見人……)


現実味のない単語ばかりが、頭の中で反響している。


だけど。


(あの子が、自分の足で生きていけるようになるなら)

(俺は、その背中を支える役目くらい、引き受けてもいい)


小さく、頷くように顔を上げた。


***


「……ただいま」


家の扉を開けると、三毛がすぐに足元へ駆け寄ってきた。


「飯か。ちゃんと覚えてるな」


いつもの餌皿にフードを入れると、三毛は嬉しそうに鳴いた。


「……あの子も猫好きらしい」


ぽつりと独り言のように呟きながら、ソファに身を沈めた。


(誰にも期待していなかったあの目が、少しだけ変わっていた)


(俺に、何かを託そうとしてた)


重いようで軽い、軽いようで苦しい。そんな責任を、今、胸の奥に抱えている。


三毛がソファに飛び乗って、弓削の膝にくるりと丸くなった。


「……しばらくは、そっちに構ってやれないかもな」


寝息のような音が、ゆっくりと部屋に広がっていった。

いつもどおりのお時間になってしまいました。

すみません、1章はもう暫く続きそうです。


ほっこりする展開はまだ先になってしまいますが、気長にお付き合いいただけますと嬉しいです。


今回もご覧いただきありがとうございました。

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