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2025年4月1日(火)

 今日が、彼女の十八歳の誕生日だということは、もちろん覚えていた。

 でもまさか、こんな形で“その日”を迎えるとは思っていなかった。


 風呂上がり。

 いつものようにパーカーを羽織った和葉が、タオルで髪を拭きながらリビングに入ってきた。

 肌寒い春の夜。エアコンの音と、ほんの少し湿った空気だけが、部屋の中を満たしている。


 彼女は、俺の隣にいつものように腰を下ろした。

 そして何の前触れもなく、ぽつりと呟いた。


「……あのね」


 その声の温度が、普段と違った。

 普段の甘えた声でも、じゃれるような調子でも、眠気を帯びた声でもない。

 どこか、覚悟を決めた人間の声だった。


 俺は反射的に、彼女を見た。

 和葉はタオルを膝に置いたまま、真っ直ぐ俺の目を見ていた。

 その目が、あまりにも真剣で、思わず言葉を失う。


「今日、わがままを言いたくて――」


「……え?」


 意味がつかめず、反射的に問い返してしまう。

 その隙を縫うように、彼女はしっかりと言った。


「あなたのことが、心から好きです」


 その言葉が、胸の奥にすとんと落ちてくる。

 声は静かだったのに、耳が熱くなるのがわかった。


 和葉は俺の視線を受け止めたまま、まっすぐに言葉を続ける。


「ほんとはね、ずっと前から好きだったの。

 でも、それを言ったら……迷惑になるって思ってた。

 こんなに良くしてもらってるのに、それ以上を望んだらダメだって。

 子どもが大人に恋してるなんて、ただのわがままだって。だから……ずっと我慢してたの」


 どこか震えるような、でもしっかりとした声。

 重ねてきた時間と気持ちが、確かにそこにあった。


「でも、今日だけは……ちゃんと伝えたくて」


 そして、微笑んだ。


「これが、私のわがまま。ひとつだけ」


 その笑顔が、あまりにもまっすぐすぎて、返す言葉が見つからなかった。


 あの日、冷たい雨の中で言葉も出せなかった少女が、

 今こうして、俺の隣で、想いをまっすぐに伝えてくれている。


 ずっと子どもだと思っていた。

 でも本当に我慢していたのは、彼女のほうで――

 成長していなかったのは、俺のほうだったのかもしれない。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

次話から本編となる第1章が始まります。

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