2025年3月25日(火)
今日が、彼女の十八歳の誕生日だということは、もちろん覚えていた。
でもまさか、こんな形で“その日”を迎えるとは思っていなかった。
風呂上がり。
いつものようにパーカーを羽織った和葉が、タオルで髪を拭きながらリビングに入ってきた。
肌寒い春の夜。エアコンの音と、ほんの少し湿った空気だけが、部屋の中を満たしている。
彼女は、俺の隣にいつものように腰を下ろした。
そして何の前触れもなく、ぽつりと呟いた。
「……あのね」
その声の温度が、普段と違った。
普段の甘えた声でも、じゃれるような調子でも、眠気を帯びた声でもない。
どこか、覚悟を決めた人間の声だった。
俺は反射的に、彼女を見た。
和葉はタオルを膝に置いたまま、真っ直ぐ俺の目を見ていた。
その目が、あまりにも真剣で、思わず言葉を失う。
「今日、わがままを言いたくて――」
「……え?」
意味がつかめず、反射的に問い返してしまう。
その隙を縫うように、彼女はしっかりと言った。
「あなたのことが、心から好きです」
その言葉が、胸の奥にすとんと落ちてくる。
声は静かだったのに、耳が熱くなるのがわかった。
和葉は俺の視線を受け止めたまま、まっすぐに言葉を続ける。
「ほんとはね、ずっと前から好きだったの。
でも、それを言ったら……迷惑になるって思ってた。
こんなに良くしてもらってるのに、それ以上を望んだらダメだって。
子どもが大人に恋してるなんて、ただのわがままだって。だから……ずっと我慢してたの」
どこか震えるような、でもしっかりとした声。
重ねてきた時間と気持ちが、確かにそこにあった。
「でも、今日だけは……ちゃんと伝えたくて」
そして、微笑んだ。
「これが、私のわがまま。ひとつだけ」
その笑顔が、あまりにもまっすぐすぎて、返す言葉が見つからなかった。
あの日、冷たい雨の中で言葉も出せなかった少女が、
今こうして、俺の隣で、想いをまっすぐに伝えてくれている。
ずっと子どもだと思っていた。
でも本当に我慢していたのは、彼女のほうで――
成長していなかったのは、俺のほうだったのかもしれない。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
次話から本編となる第1章が始まります。