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第八話 偽歴の境界線

記憶の断片から浮かび上がる、かつて誰かが踏みしめたはずの「もう一つの都市の顔」。

レイはまだ気づいていない。その小さな“記録”の波紋が、やがて都市全体を揺るがす引き金となることを——。

記録網層は、静かにささやき続けていた。


《クロノ・エラー……記録分裂……分岐点接近……》


水晶片が装置に読み込まれると同時に、分析機の内部で光の粒子が舞い上がった。


映し出されたのは、十五年前の都市だった。


今よりも空は澄み、煙の色も薄く、街の輪郭はまだ「本来の意志」を保っていた。都市の心臓部《中央中枢塔》は、今のように崩れかけてはおらず、その周囲には——


「……俺だ」


レイがいた。いや、“似た誰か”が。


その人物は、現在のレイよりも若く、どこか未熟で、それでも確かに“力”を持っていた。


周囲には、複数の人影。どれも判然とはしないが、うち二人には見覚えがあった。


一人は、現在の行政庁の秘書官として名を連ねる男。

もう一人は——遺跡で見た“仮面の男”に酷似していた。


「にゃあ……これは」


「記憶じゃない。“編集された記録”だ。……でも、ここには真実が混ざってる」


水晶の奥で、記録が歪み始めた。


若き日の“レイ”が何かを叫び、中央中枢塔の基部に設置された謎の装置に手をかける。そして——映像は、唐突に途切れた。


《記録断絶:区分コード【E6-A0】 因果整合性・逸脱》


「……切られてる。誰かがこの記録を“見られないようにした”」


レイは水晶片を抜き、静かに息を吐いた。


「都市の中枢で、“何か”があった。十五年前……俺が何も覚えていない時期だ」


「記憶を消されたか、封印されたかにゃ?」


「あるいは、“すり替えられた”のかもしれない」


そのときだった。分析機の側面に仕掛けられていた微細なセンサーが、何かを検知した。


──カチリ、と機械の錠が外れる音。


すぐ背後の配線通路から、軋む足音。


「……見てはいけない記録に触れたな」


その声は、どこか懐かしかった。


振り返ると、そこに立っていたのは——


黒い軍装に身を包んだ、片目を包帯で覆った男。


「ユルゲン……? 生きてたのか」


「お前が“生きてる”ことに比べれば、大したことじゃないさ、レイ」


ユルゲン・メイルハルト。かつてレイと同じ術理機関に所属していた研究官。六年前、暴走実験の爆心地で死亡認定されたはずの男。


「お前がここに来るとは思ってなかった。“過去”の記録に引き寄せられたか」


「知ってたのか、ここに記録があること」


「……知っていたとも。“本物の過去”は、すべてこの都市の底にある」


レイは、すっと右手を懐に滑らせた。


「……何を知ってる、ユルゲン。答えろ」


「答えるさ。だがその前に——俺が今、誰の命令で動いているか、わかるか?」


「……まさか」


「そうだよ、“仮面の男”は、まだこの都市のどこかで“未来の準備”を進めている」


次の瞬間、ユルゲンの左手が閃いた。


電磁式の魔導短銃。発射された光弾がレイを正確に狙う。だがレイは即座に身を翻し、床を蹴って分析機を盾に滑り込む。


「戦闘モードかにゃ? 久しぶりにゃ!」


エルが耳を伏せ、目を光らせた。


「動きを読む、エル。こいつは俺の動きも“記憶している”」


「任せるにゃ!」


レイは工具袋から、古代術式の干渉粒子散布機を取り出し、空間座標を撹乱。ユルゲンの照準が一瞬狂う。


そこを狙って、レイは分析機の後ろから飛び出し、彼の懐に滑り込んだ——


が、ユルゲンはその一歩先を読んでいた。

術式転換、短銃の銃身が変形し、刀身を持つ近接仕様に変わる。


「よく訓練された“記憶”は、予測すら凌駕するぞ!」


激突。金属と魔力の音が、静かな記録網層に響いた。


数合の交錯の後、ふいにユルゲンは後退し、笑った。


「お前はまだ、“選ばれた”ことに気づいていない……。だがいずれ、理解する。“何を守るために記憶を奪われたか”をな」


その言葉を残し、彼は転移装置で空間から姿を消した。


その場に残されたのは、歪んだ記録と、静かな端末装置。そして、レイの胸に残る“新たな謎”。


「……奪われた記憶、か」


「取り戻すかにゃ?」


レイは少し笑って、首を横に振った。


「いいや、まずは“それを奪った理由”を探る。記憶は後でいい。今は“誰が何を仕掛けているのか”を暴く方が先だ」

読んでくれてありがとうございます。続きもどうぞ。

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