第五話 静寂の街にて
退廃した街、依頼と陰謀、魔法と科学の影が渦巻く静かな戦いの幕開け——
灰の谷から戻ったレイは、ギア=ヴァリスの外縁区、第五環区に身を置いていた。
古代遺跡の門は、封じられた。仮面の男——未来の“何か”との短い交錯のあと、彼はすべての記憶と存在を“時の狭間”へと還した。目的を果たしたのか、あるいはそれが計画の一部だったのかは、誰にもわからない。
ただ、彼が最後に遺した言葉だけがレイの胸に残っていた。
「選べ、“この時代”を生きる覚悟があるなら——」
街に戻ったレイの生活は、一見すると変わらない。
古代術式の修復、機械仕掛けの義肢の調整、魔法汚染地区の除去作業……彼のもとには、都市の裏側から多種多様な依頼が舞い込んでくる。
だが、すべての依頼に共通していたのは——“表に出せない問題”だということ。
依頼主は語らない。
依頼内容は書類に記されない。
報酬はほとんど現金ではなく、物資や“沈黙”。
そして、そのすべての裏に、どこかで“時間”に関する痕跡が残されていた。
「……連中、気づいてやがるな。門の存在を。……いや、俺が“鍵”を持っていることに」
「……気づかれてるなら隠れようもあるまいにゃ」
エルは、レイの肩に乗ったまま、何かを察していた。以前より少しだけ多く眠るようになったが、それでもこの猫は、街の空気を鋭く嗅ぎ分けている。
「また変なのが来たぞ、レイ。今回は“偽装魔術”を使ってる。表向きはただの郵便屋だ」
「わかった」
レイは椅子から立ち上がり、机の引き出しから黒い手袋をはめる。
かつて、時間の門に触れた者として——
いま、都市の影で何が動いているのかを知るために——
彼は“情報屋”でも、“戦士”でも、“英雄”でもない。
ただ、“何が起こるのかを知っている”男に過ぎない。
その知識が、いつか誰かを救うかもしれない。
だから、今日も依頼を受ける。
誰かの未来の断片を拾い集めるために。
そう、ここからが本当の始まりだ。
読んでくれてありがとうございます。続きもどうぞ。