第三話 時を裂く刃
仮面の男は、静かに手を掲げた。その動作に連動するかのように、遺跡全体が振動し始める。重力の方向が一瞬、上に向いたような錯覚すらあった。
「……来るぞ、エル!」
レイはエーテル・クロノメーターの表面に指を滑らせた。
「《時流逆算・起動》」
周囲の空気が歪み、景色が一瞬だけ静止したかのように感じられる。時の歯車が逆に回転し、レイの動きが通常の数倍に加速された。
エルが地を蹴った。その身体が黒い稲妻のように宙を走る。空気を引き裂くような速さで仮面の男に迫ると、前脚の爪が魔力によって伸び、光刃のような形をとった。
「《斬エーテル・改式》!」
仮面の男は動かない。ただ手のひらをかざすだけ。
その瞬間、空間が軋み、エルの爪が寸前で弾かれた。
「っ……バリア? 違う、これは——!」
「“位相差障壁”だにゃ!!」
位相差障壁——魔術理論でも理論上存在するが、現代では構築不可能とされる結界。自らの存在を異なる時間層に置くことで、あらゆる攻撃を“通過させない”完全防御。
「おいおい……こいつ、本当に人間かよ……」
レイは時計の文字盤に指を滑らせ、術式を再構築する。
「《未来演算・β式》——時間を“加速”する!」
彼の周囲で時計の針が回転し、地面の砂が舞い上がる。空間そのものが熱を帯びたように揺れ、次の瞬間、レイは男の背後へと瞬間移動していた。
だが——
「無駄だ。お前たちの“時間”は、私には届かない」
仮面の男の手が動いた。その指先から黒い糸のような魔力が伸び、レイの時計を狙って迫る。
「エル!」
「任せろ!」
エルの咆哮が響く。口を大きく開け、魔力を圧縮する。
「《咆エーテル・砕式》!」
解き放たれた咆哮波が黒い糸を吹き飛ばす。レイはすかさず距離を取る。
「……あのバリアを破れなければ勝機はない。だが、“時間”をずらしているなら、逆にそこが狙い目だ」
「時の干渉、やるつもりかにゃ?」
レイは静かに頷いた。
「《時層共鳴式》を組む。俺が奴の“時間”に干渉する。その隙に、お前が一撃を叩き込め」
「了解だにゃ。命かける準備は、とうにできてる」
ふたりの呼吸が重なった瞬間、戦場が静寂に包まれる。
それは、まるで時計の針が止まる刹那のような沈黙。
次の瞬間——
レイの時計が、紅い閃光を放った。
読んでくれてありがとうございます。続きもどうぞ。