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第十五話 歪曲する因果、再定義の刃

翌日。

空は重たく曇り、まるで世界そのものが息を潜めているようだった。


レイたちは廃駅を離れ、東環区へと向かう地下道を進んでいた。

目指すのは《記録封鎖区画》——本来、一般人には立ち入りが許されない、“改変前”の記録片が残された禁忌領域。


「ここには、まだ書き換えられる前の“断片”が眠ってるにゃ。ミラの記憶を繋ぎ止める糸口になるはずにゃ」


エルの案内のもと、崩落しかけた壁を抜け、鉄錆の匂いに包まれた空間へと足を踏み入れた、その時だった。


——カツ、カツ、と。


乾いた足音が、薄暗い通路の奥から響いてくる。


やがて現れたのは、一人の青年だった。


白銀の軍服、蒼い瞳。

背負った長剣は、柄に魔導符が刻まれている。

何より、その顔は——


「……あんたは、グレン・クロイツァー……?」


レイの声が震える。


その名は、レイの“兄”だった者のもの。


だがグレンは、十年前の内戦で死亡したはずだった。


青年は微笑む。


「正確には、君の記憶にあった“兄”を模して再構成された、改歴機関所属《再定義体リデファインド》……グレン=コード29」


ミラが小さく息を呑む。


「人の記憶を元に、“別人として再構築する”……それが、改歴機関のやり方?」


グレンはゆっくりと歩み寄り、淡々と言葉を続けた。


「我々は記録の整合性を保つため、“不整合な要素”を排除または置換する。

レイ・クロイツァー、君はすでに“記録不適格”と判断されている。

このまま干渉を続ければ、君もまた“再定義”の対象になる」


「ふざけるな……兄貴の顔で、そんなこと言うな!」


レイが叫び、《ウロボロス》を構えた。


グレンもまた、背の剣を抜く。音もなく抜き払われた刃は、光のように鋭い。


「仕方がない。記録は感傷に左右されない。

これは、“修正のための戦闘”だ」


次の瞬間、空間が震える。


レイの放った雷撃が、グレンに届く寸前で捻じ曲げられ、横に逸れた。


「……空間転写術式?」


「君の記録には存在しなかった術式だろう。だが、君が“そうあってほしいと願った兄”に、この能力を持たせて記録していた」


グレンが踏み込み、鋭く刃を振るう。

レイは辛うじて銃で受け止めるが、重い衝撃が腕を痺れさせる。


「くっ……!」


ミラが叫ぶ。


「この人、本当にレイの記憶から……!?」


エルがうなずく。


「“想いの強さ”が残滓を引き寄せ、それをもとに“形”にしたにゃ……。

つまり、レイの“罪悪感”と“喪失”が、あの姿を作ったにゃ」


レイは歯を食いしばる。


「俺が……この世界で一番消したくなかった記憶。

それが、あんな風に“武器”になって、俺を殺しに来るってのかよ……!」


グレンが刃を振り下ろす。


「ならば示せ。お前が今この世界に抗う理由を。

記録を書き換えられてなお、“ここに在る意味”を——!」


レイは一瞬、目を閉じる。


ミラの手。エルの声。

思い出したはずの“誰か”の笑顔。


そして、小さく呟いた。


「俺は……忘れたくないだけだ」


グレンの刃が振り下ろされるその瞬間。


レイの《ウロボロス》が形を変え、眩い光を放った。


「展開コードβ——《逆流リグレッシブ》モード、起動!」


時間の記録が巻き戻る。


レイは、直前の一秒を遡り、回避軌道を描いていた。


「お前は俺の記憶だ。だったら、俺が選び直してやる!」


放たれた一撃が、グレンの胸を貫いた。


——その姿は、まるで砂のように崩れ、虚空へと消えていった。


静寂が戻る。


ミラが駆け寄り、そっと問いかける。


「……大丈夫?」


「ああ。でも、これが“改歴機関”のやり方なら、次はもっと手強いのが来るだろうな」


レイは空を見上げる。


——誰かが、記憶の奥底を覗き込んでいるような感覚。


記録を守ることは、すなわち自分自身の輪郭を守ること。


そして、それを塗り潰そうとする者との戦いは、まだ始まったばかりだ。

読んでくれてありがとうございます。続きもどうぞ。

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