第十二話 封じられた中枢、そして声は重なる
“仮面の男”の影が色濃くなり、レイは自分が背負っている“未来”の重さを知ることに——
《テンペル・クロノ》中枢部——
かつて、“世界の基準時”を維持するために建造された施設。
今は偽歴教団により“過去を繋ぎかえる装置”が仕掛けられた場所であり、同時に誰も知らない“世界の本当の始まり”が封じられた空間。
通路を進むごとに、空気が変わっていく。
感覚が歪み、現実と虚構の境目が曖昧になる。
歩くたびに足元が“別の記憶”の床を踏んでいる気がした。
「……ここが“時間を塗り直す場所”……」
肩の上で、エルが目を細める。
「記憶と記録が混じってるにゃ……レイ、気をつけて。この先、“世界に刻まれなかったお前”が……現れるかもしれないにゃ」
やがて辿り着いたのは——巨大な時計機構。
それは天井を突き抜けるほどの巨大な歯車群であり、同時に人智を超えた魔法構造体でもあった。
《中心歯車塔》
その中央、背を向けて立つひとつの人影。
——仮面の男。
黒衣をまとい、銀の仮面をつけたその男は、レイの気配にも動じなかった。
「……ようやく来たか。“記録の亡霊”」
低く、冷たい声。
だがレイは問う。
「お前は……誰だ。何故、こんな真似をする」
仮面の男はゆっくりとこちらを向いた。
「名はない。“意味を捨てた人間”に名など不要だ」
仮面の奥から覗く双眸は、まるで“誰か”を知っているようだった。
「お前は……俺を知っているな?」
「否。“お前だったもの”を、知っている」
「……それは、どういう意味だ?」
「《選択》だよ、レイ・クロイツァー。
お前はかつて、この《テンペル・クロノ》で選んだ。
“誰か”を救うために、自分という存在を世界から切り離すことを」
レイの呼吸が止まる。
「だが、それでも世界は壊れ続けた。
“誰かのために”記録を改変した結果、別の誰かが消える。
それを何度繰り返しても、真実は永遠に手に入らない」
「だからって、時間そのものを書き換える権利がお前にあるのか」
仮面の男は首を振った。
「違う。“俺たちには”ある。お前もまた、“未来の責任”を背負う者だ」
その言葉に、レイは凍りついた。
それは遺跡で出会った“幻の男”と、まったく同じ表現。
「お前……あれは……まさか……!」
「言ったはずだ。名はない。だが、お前がそう呼ぶなら、“もう一人の未来”とでも呼べ」
静寂が落ちる。
レイは、魔導銃をゆっくりと下ろした。
「……お前が語る未来を、俺は受け入れない。
俺は、俺の知る世界を生きる。失われたものがあっても、改変するためじゃなく、受け止めるために生きる」
仮面の男はしばし沈黙し、やがてゆっくりと笑った。
「……ならば見せてみろ。
お前が、“過去を塗り直さずに未来を歩む”という、その選択を」
彼が背後の装置に触れると、歯車がゆっくりと動き始めた。
——“記録層”が振動し、“時の補正”が始まる。
「次に会う時は、“君か、僕か、世界か”——どれかが壊れているだろう」
男はそのまま、光の中に消えた。
残されたのは、停止直前の装置と、“選択肢”のない未来。
レイは静かに呟いた。
「俺は、“誰かの都合”じゃなく、生きる意味を取り戻す」
彼は歩き出す。
それが、どんなに無意味に見えても——それが、誰にも望まれていなくても。
それでも、それが“レイ・クロイツァー”という男の、ただ一つの戦い方だった。
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