第2話
自室に戻った俺は親父から受け取ったメモ用紙に目を通す。
そこにはダンジョンについての説明が箇条書きで記されていた。
・ダンジョン内にはモンスターと呼ばれる怪物たちが生息しており、侵入者を容赦なく襲ってくる。
・ダンジョン内には宝箱があり、その中には貴重なアイテムが入っていることがある。
・ダンジョン内の地形は一度出て再び入ると変わっている。
・ダンジョン内のモンスターや宝箱は時間経過とともにリポップする。
・モンスターを倒すと魔石と呼ばれるものが手に入る。これを使役モンスターに食べさせると経験値が貯まっていき、一定数食べさせることでレベルアップできる。
・召喚者の血液を地面に垂らし、「ウレクイエムロボロス」という召喚の呪文を唱えることで使役モンスターを召喚できる。
・召喚の呪文はダンジョン内で使うと、使役モンスターを地上に呼び戻すことが出来る。
・指を打ち鳴らすことで使役モンスターは元の世界へと戻り、再び召喚すると怪我や疲労などはすべて回復した状態で召喚される。
・使役モンスターの視覚、聴覚、嗅覚は召喚者とつながっていて、召喚者と使役モンスターは離れていても意思疎通が出来る。
・最深階には黄金の聖杯があって、どんな願いでも叶えてもらえるらしい。
このほかにここに書かれていないことでわからないことがあったら、いつでもわたしに聞いてくれ。
読んでみた限りでは俺が直接ダンジョンに入るというわけではなく、あくまでもモンスターに探索をさせるということらしかった。
痛覚まで使役するモンスターとつながっていたらどうしようかと思ったが、どうやらモンスターがダメージを受けても俺自身には影響はなさそうだ。
「黄金の聖杯ねぇ……正直にわかには信じがたいけど……」
しかし、実際にモンスターをこの目で見て、親父の話が嘘ではないとわかった以上、黄金の聖杯とやらももしかしたら本当にあるのかもしれない。
だとすれば、ノーリスクでどんな願いでも叶えられるという黄金の聖杯とやらを入手できるチャンスを、みすみす手放すのは惜しい気がする。
「そうだな……やってみるか!」
逡巡した結果、俺はそう意気込んで立ち上がると、部屋を出て裏庭へと向かった。
カッターナイフの刃を親指にそっと押し当てる。
それをおそるおそるゆっくりと引いていく。
「いてっ……」
傷口からつーっと血がしたたり落ちる。
続けて俺は召喚の呪文を口にした。
「ウレクイエムロボロス」
すると地面に魔法陣が浮かび上がった。
そして直後、その中央にボフンッと煙とともに現れ出たのは、
『ギギャギャ!』
全身緑色のモンスター、ゴブリンだった。
「おお、俺の使役するモンスターはゴブリンなのか……」
体長十センチにも満たない小さなゴブリンは俺を見上げ『ギャギャギャ』と口角を上げる。
どうせなら俺も親父みたいにドラゴンとか、もっとカッコイイモンスターがよかったのだが、まあ仕方ないか。
「なあゴブリン、お前、俺の代わりにダンジョンに潜ってくれるか?」
ゴブリンの目を見て問いかけると、ゴブリンは、
『ギギャギャギャ!』
とおもむろにこぶしを天に突き上げた。
どうやらオーケーらしい。
「おっと、そうだ。お前に名前をつけとくか」
もしかしたらダンジョン内にも敵としてゴブリンが出てくるかもしれない。
そうなった時、呼び名が一緒だとややこしいからな。
「うーん、そうだなぁ……ゴブリン太郎はどうだ?」
『グゲゲ』
ゴブリンはふるふると首を横に振る。
「うん? あまり気に入らないか? だったら……リブゴンならどうだ? なんかカッコイイ名前だろっ」
『ギギャギャギャ!』
「おお、そうかそうか。気に入ったか。じゃあお前は今からリブゴンだからな。よろしくな、リブゴンっ」
『ギャッギャッ!』
向こうの言葉は通じないが、親父の言う通り、意思疎通はなんとか出来そうだ。
しかもリブゴンの視覚を俺も共有しているようで、視界には俺が映っている。
これならダンジョン探索は問題なく行えるだろう。
「よし、リブゴン。早速ダンジョンに潜ってみるか?」
『ギギャギャ!』
こうして、俺とリブゴンとのダンジョン探索は幕を開けた。
「よし、行ってこい」
『ギギャギャ!』
大きくうなずくと、リブゴンは地面に空いた穴の中へと入っていく。
俺はそれを見届けてから、そっと目を閉じた。
目を開けたままだと、実際に俺が見ている光景とリブゴンの視覚を通して見える映像が重なり合ってしまうため、それを避ける意味で目を閉じておく必要があるのだった。
「リブゴン、聞こえるか? 聞こえたら返事をしてくれ」
『ギギャギャ!』
感度は良好。
リブゴンには俺の言葉がちゃんと届いているようだ。
それにしても――
「地面の中だってのに全然暗くないんだな」
そう。
リブゴンは今、地面に開いた穴の中を進んでいるのだが、視界はかなり明るく開けていた。
それはまるで昼間の太陽の下にいるようだった。
「もしかしたら、モンスターは夜目が効くのかな……」
なんてことをつぶやきながらリブゴンの目を通して穴の中を見通す。
しばらく歩いたところで、前方に何かが見えてきた。
「リブゴン、前の方にあるのはなんだ? もっと近寄ってみてくれ」
『ギギャ』
ゴブリンはでこぼこの地中を器用に駆けていく。
そして立ち止まり、顔を上げると正面には扉があった。
それは年季の入った錆びついた扉だった。
きっとこの扉の向こうにダンジョンがあるに違いない。
俺はそう確信し、
「リブゴン、その扉を開けるんだ」
と伝える。
『ギャギャ!』
リブゴンは扉に手をかけ、開けようとする。
が、なかなか思うように動かない。
やはりリブゴンはそんなに力があるモンスターではないらしい。
それでもリブゴンは『グギギギィ……ッ!』と両手を使って目一杯力を込めた。
すると、ちょっとずつだが扉が開き始めた。
「いいぞリブゴン。その調子だっ」
『グギギギィ……』
そしてようやく扉が開放されると、その先には石で出来た階段が待っていた。
石造りの階段を下りていくリブゴン。
まず間違いなくここがダンジョンの中のはずだ。
俺はリブゴンに注意をうながす。
「リブゴン、いつモンスターが現れるかわからないからな。用心するんだぞ」
『ギギャギャ』
リブゴンは俺の言葉に呼応して慎重に歩を進める。
ダンジョン内は床も壁も天井も石で覆われているようだった。
とその時、
『ピピュー』
何やら鳥の鳴き声めいたものが聞こえてきた。
リブゴンは足を止め、周りを注意深く見回す。
俺も一緒になって音の出所を探した。
すると斜め前の通路の先に青色の物体が見えた。
それはリブゴンよりもさらに小さく、そして微妙に愛らしい姿をしていた。
リブゴンと俺が目にしたものはまぎれもなく、
「スライムだっ」
ゲーム序盤に最弱モンスターとして登場することの多い、スライムであった。
ダンジョンに潜ったリブゴンは敵モンスターと対峙していた。
その相手はスライム。
最弱モンスターとして知られているスライムを前にしたリブゴンに、俺は優しく問いかける。
「相手はスライムだ。やれるか? リブゴン」
『ギギャギャ』
「よし。じゃあ、リブゴン行くんだ!」
リブゴンは俺の掛け声を合図にスライムへと向かって走り出す。
そして後ろに大きく振りかぶり、体重の乗った右ストレートをスライムめがけて放った。
だが、スライムはそれを横に飛び退け回避。
そのままの勢いでスライムがリブゴンへ体当たりを仕掛けてきた。
『ギギャァッ……』
「大丈夫かっ? リブゴン」
『……グギギギッ』
スライムの攻撃をまともにくらってしまったリブゴンは、おそらく痛みで顔をゆがめていることだろう。
「頑張れリブゴン! 相手はスライムだ、お前ならやれる!」
『ギギギャ!』
リブゴンは体勢を立て直し、再びスライムへ近寄ると、今度はキックを繰り出した。
その攻撃はスライムにクリーンヒット。
『ピキャッ……!』
スライムはリブゴンの蹴りをくらい床を転がる。
リブゴンはさらに、追い打ちをかけるべく床を強く蹴ると、一足飛びでスライムを上からむぎゅっと踏みつけた。
その追撃が決め手となり、スライムは伸びて動かなくなった。
すると直後、スライムは煙のようにその姿を消した。
そして床には緑色の石ころだけが残った。
「ん? もしかして……あれがメモ用紙に書かれていた魔石とかいうやつか……?」
リブゴンは足元の魔石らしきものを拾うと、
『ギャギャギャ?』
俺に何かを問うてきた。
これは勘だが、「食べていい?」とか「もらってもいい?」とか訊ねているような気がしたので、俺は、
「それはお前の好きにしていいぞ」
と返した。
するとリブゴンは、
『ギッギャッギャッ! ギッギャッギャッ!』
その場で突然踊り出した。
俺にはそれがまるで歓喜のダンスのように思えた。
しばらくの間踊っていたリブゴンだったが、
「おーい、リブゴン。そろそろいいか?」
俺が声をかけたことで我に返ったらしく、『グガァァ』と大きく口を開け、手に持っていた魔石を丸飲みにした。
するとどういうわけか、俺の身体の奥底でどくんと何かが脈動する感覚がした。
な、なんだ今の……?
一瞬だけだったので気のせいかと思い、俺はリブゴンに再度話しかける。
「おい、リブゴン。今お前が食べたのは魔石だよな?」
『ギギャギャ』
こくこくとうなずき答えるリブゴン。
なんとなくだが、リブゴンの言わんとしていることが、俺には徐々に理解できつつあった。
「じゃあ、今魔石を食べたことでリブゴンは強くなったのか?」
『ギギャギャギャ』
「そうか。そりゃよかった」
やはり先ほどの緑色の石の正体は魔石で間違いなかったらしい。
そしてリブゴン曰く、魔石を食べたことでちょっぴり強くなったのだそうだ。
「いいぞ、この調子でどんどん行こうな!」
『ギギャギャ!』
リブゴンは俺にも見えるようにこぶしを天高く突き上げた。