第16話
「えっと、ところで、この進化の秘石だっけ? は俺がもらってもいいわけ?」
「ああ、もちろんだとも。おれには必要ないものだからね。もうダンジョン探索に夢中になるって年でもないし、そんな時間的余裕もないからさ」
と頬を掻きながら和彦叔父さんは言う。
「ああ、うん。じゃあありがたくいただくけど……でもこれってどんなアイテムなの?」
レアアイテムとは聞いたが詳しい使い道はまだ聞いていない。
すると和彦叔父さんは唐突に、
「説明する前に比呂くんの使役するモンスターを見せてくれないかな? いいだろ?」
そんなことを言い出した。
「え、別にいいけど……あ、でも今はダンジョンの中にいるんだった!」
そう。
俺はダンジョン内にリブゴンを残したまま昼ご飯を食べに来たところだったのだ。
「じゃあ悪いけど呼び戻してもらってもいいかな? 進化の秘石を使うには使役モンスターがいないと話にならないからね」
「あ、うん、わかった……じゃあ」
そう言うと俺は「ウレクイエムロボロス!」と唱えリブゴンを目の前に呼び出した。
「悪い、リブゴン。実はちょっと話があって。ダンジョン探索はまた今度にしような」
『ギャギャギャ?』
不思議そうに俺を見上げるリブゴン。
それから隣にいた和彦叔父さんに視線を移して『ギギャ?』と首をかしげた。
「あー、この人は俺の伯父さんで親父の弟の和彦叔父さんだよ。それで、和彦叔父さん、このモンスターが俺の召喚したゴブリンだよ。ちなみに名前はリブゴンだからね」
「よろしくリブゴンくん」
『ギギャーギャ』
お互いに頭を下げ合う両者。
和彦叔父さんは俺に向き直って、
「ところでリブゴンくんだが、レベルはいくつなんだい? 進化の秘石はレベル20以上じゃないと使えないんだけど」
と訊ねてきた。
それならちょうどいい。
リブゴンのレベルはついさっき20に上がったところだからな。
「リブゴンのレベルは20だよ」
「おお、それなら大丈夫だ。では進化の秘石の効果を説明するとしようか」
言うと和彦叔父さんはソファに腰かけ、おれとリブゴンを交互に見ながら話し始めた。
「まあ、簡単に言うとだね、進化の秘石はレベル20以上の使役モンスターが食べることで別の種族にランクアップできるっていうアイテムなんだよ。ランクアップすれば当然強いモンスターになるんだけど、その代わりにレベルは1になってしまうんだ。でもレベルを上げていけばもとのモンスターよりかなり強くなることは間違いないよ」
「へー、そうなんだ」
『ギギャギャ』
「人格や記憶はそのまま残るようだから、別にリブゴンくんそのものが変わってしまうわけではないんだ。あくまでも見た目と強さが変わるだけでね」
「ふーん」
『ギギィ』
「昔、おれも一回だけ使ったことがあるんだけどね、まあその時はおれはもう高校生だったからダンジョン探索はそこで諦めてしまったんだ。ちなみに兄さんは高校生になって部活が忙しくなったからダンジョン探索をやめたみたいなんだけどね」
「へー、それは初めて聞いたよ」
『ギギギャギャ』
「ってわけだから、まあ、使うも使わないも二人の好きにしていいよ。おれはそれを渡したかっただけだから、もう帰るよ。じゃあね」
言うなり和彦叔父さんはソファアから立ち上がって、そのまま帰っていってしまった。
リビングに残された俺とリブゴンは顔を見合わせ、
「……どうする?」
『ギギィギ……』
考え込む。
「リブゴンが今の姿が気に入っているなら、何もランクアップなんてしなくてもいいぞ。俺はリブゴンに任せるよ」
言うとリブゴンは『ギィ……』と押し黙ってしまった。
それからしばらくリブゴンは頭を悩ませ続けた。
そして俺の腹がぎゅるるる~と空腹を訴え出した頃、
『ギギャギギャ!』
俺に顔を向けリブゴンはそう言った。
「そっか。進化の秘石を使ってみることにするのか」
『ギギャ!』
リブゴンが決めたのなら俺に異論はない。
俺は手にしていた進化の秘石をリブゴンに差し出した。
それをリブゴンは両手で持って、大きな口を開ける。
『グガァァ……』
とリブゴンにはやや大きな進化の秘石を、無理矢理口の中におさめていく。
そしてごくんと丸飲みしたリブゴン。
すると次の瞬間、パアァァッと金色の光がリブゴンの身体から放たれて、部屋中にまばゆいばかりの金色の光が充満した。
「うっ……!」
『ギギャァ……!』
俺もリブゴンも思わず目を閉じる。
どれくらいの時間そうしていただろうか、光がおさまるのを待ってから俺は目をゆっくりと開けた。
すると俺の目の前には、細身で背の高い、精悍な顔つきのゴブリンの姿があった。
引き締まっているものの筋肉質なその身体は、戦闘に向いていそうな体型をしていて、凛々しい顔からは賢そうな雰囲気が漂っている。
「お、お前……リブゴンなのか?」
おそるおそる訊ねた俺に、そのゴブリンはたどたどしい口調でこう返した。
『ギギギィ……ギブゴン、ギ、リブゴン、ギギャ!』
「リブゴンお前、自分の名前喋れるのかっ?」
『ギブゴン……リ、リブゴン。ギギギャギャ!』
進化の秘石を食べた効果なのか、わずかではあるが、リブゴンは自分の名前を発することが出来るようになっていた。
「すごいじゃないかリブゴンっ! そ、そうだっ。俺の名前を言えるかっ? 比呂だ、言ってみろ」
『ギギィ……ギ、ビ、ビロ、ビロッ!』
「うーん、惜しいっ。でも上出来だリブゴン!」
『ギギャギギャ!』
リブゴンは嬉しそうに目を細める。
ランクアップしたことで今まで以上に表情も豊かになった気がする。
気になったので俺はリブゴンのステータスも確認してみた。
すると、リブゴンの種族名がゴブリンからゴブリンナイトに変わっていた。
「カッコイイ名前だな。ゴブリンナイトか」
『ギギャッギャ!』
リブゴンも今の体型が気に入ったようで、自分の身体を見下ろしては飛び跳ね、見下ろしては飛び跳ねを繰り返している。
「あー、でも和彦叔父さんが言ってたようにレベルは1に戻ってるな。とはいえゴブリンの時よりも初期ステータスは高いし、ゴブリンヒールは覚えたままみたいだし、ここからレベルを上げればもっと強くなれるぞきっと!」
『ギギギギャ!』
「レベル上げ、頑張ろうなリブゴン!」
『ギギッギャー!』
リブゴンもやる気充分、闘志がみなぎっているみたいだ。
「じゃあ、早速ダンジョンに行こう……と言いたいところだけど、俺、腹減りすぎてもう倒れそうだ。ダンジョン探索は明日にしような」
『ギギギ』
こうして、新たにゴブリンナイトとして生まれ変わったリブゴンとのダンジョン探索は、翌日に持ち越しとなった。
「悪いな、リブゴン」
『ギギャギギャ!』
翌日からリブゴンのレベル上げが始まった。
ゴブリンナイトに進化したリブゴンのレベルは1に戻ってしまっていたが、ゴブリンの時よりもレベルの上がり方が早かった。
そのため、みるみるうちにリブゴンのレベルは上がっていき、三日目にしてそのレベルは20になっていた。
ゴブリンの時と同じレベルまで上がったわけだが、ステータスを比較すると段違いでゴブリンナイトの方が全パラメータが高い。
やはりランクアップして正解だったと言えるだろう。
しかもリブゴンは新たな特技もマスターしていた。
その特技の名はゴブリンテイム。
消費魔力20で敵モンスターを仲間にすることが出来るという特技だった。
だが、その成功確率は恐ろしく低い。
なので、まだそのゴブリンテイムという特技を成功させたことはないが、いずれは成功させてリブゴンに仲間を作ってやりたいと思っている。
宝箱から新たな装備品も入手し、新調できた。
そのおかげでリブゴンは地下六階までなら、目をつぶっていても敵モンスターを軽々と撃退できるまでになっている。
「リブゴン、お前は充分強くなったぞ。この調子なら地下十階くらいまでは一気に進めるかもな!」
『ギギャ!』
「そんでもっていずれは最深部にあるっていう黄金の聖杯をいただこうなっ!」
『ギギャギギャ!』
俺とリブゴンは気合いを入れ直すとともに、地下深くに眠るという黄金の聖杯を手に入れることを固く誓い合った。
勢いそのままにリブゴンは地下七階へと下り立つ。
そこは広々とした大きな一つの空間だけで構成されたフロアだった。
逃げ道も隠れ場所もない、すべてが見通せる大部屋だ。
目を凝らすと、はるか遠くの方に下へと続く階段があった。
だがその階段の前には複数のオーガたちがいて、階段を守るように取り囲んでいる。
オーガはリブゴンの姿に気付いたようだったが、こちらに向かってくることはなく、階段の周囲を固めたまま身動き一つしない。
俺たちの目的が下へ続く階段だとわかっているような雰囲気だ。
「リブゴン、ここは広い。大勢のモンスターに囲まれたら面倒だ、一体ずつおびき寄せて倒そう!」
『ギッギャ!』
鬼のような形相で、額に角を生やした筋骨隆々のオーガたち。
そいつらにリブゴンは近付いていく。
新たな武器であるシャムシールは、これまで使っていたアサシンダガーより刀身がかなり長いので、ある程度離れた間合いからでも攻撃が届く。
なので、射程圏内に入ってもいまだ動こうとしないオーガめがけて、リブゴンは剣を振るった。
『ギギィッ!』
『グゴッ……!』
オークの片腕を簡単に斬り落とすことに成功したリブゴン。
だが喜ぶ暇もなく、その攻撃がスイッチだったかのごとく、階段を取り囲んでいたオーガたちが一斉にリブゴンに襲いかかってきた。
なんとかそれらの攻撃を避けつつ、間合いを取るリブゴン。
オーガたちは腕を怪我したオーガを先頭にして、リブゴンをにらみつけてくる。
その数は五体。
今のリブゴンならば倒せない数ではないが、ゴブリンテイムを使用したばかりで、残り魔力が二しかないので、もうゴブリンヒールは使えない。
回復アイテムはあることにはあるのだが、いざという時のため温存しておきたいという思いもある。
なので俺はリブゴンにこう指示を出した。
「リブゴン、眠り玉を投げつけるんだ!」
眠り玉はその名の通り、眠りガスが充満した玉で、割れると中から眠りガスが発生するというアイテムだ。
ここは大きなワンフロアの大部屋なので、眠り玉の効果が敵全体に行き渡るはずだ。
だがそれと同時にリブゴンにも眠りガスは作用してしまう。
なのでリブゴンは今井さんからもらった赤い色のスカーフで口元を覆い、
『ギギギャ!』
眠り玉をオーガたちめがけて放り投げた。
パリィィン!
眠り玉が割れて中からピンク色の眠りガスが噴き出る。
リブゴンはそれを吸わないようにするが、オーガたちはまともに体内に取り込んでしまい、
『……ウゴォォ……!?』
『……ウゴォォー……!?』
『……ウゴォォォ……!?』
『……ウグッ……!?』
『……ウゴゴォォーッ……!?』
地面にばたりと倒れてしまった。
「今だリブゴン!」
『グギギィ!』
その隙に、リブゴンは足元のオーガたちを跳び越え階段へと向かい、地下八階へと歩を進めた。