第12話
「それにしてもさっきのは一体何だったんだよ?」
リブゴンを連れて家に入った俺は、テーブルの上にリブゴンをそっと乗せると問いただす。
「かなり心配したんだぞ」
『ギギャギギャ』
俺の質問に答えるリブゴン。
と同時にテーブルの上に置いてあったボールペンを持ち上げて、メモ用紙に文字を書いていく。
そこにはこう書かれていた。
[こぼるとのどくにやられた]
「毒っ? さっきのあいつ、毒なんて持ってたのかっ?」
『ギギャ』
[つめにどくがある]
「でも、爪の攻撃を食らったあと、ゴブリンヒールで回復したはずだろ? なのになんでリブゴンの身体に毒が残ってたんだ?」
『ギギギギャ』
[ごぶりんひーるはけがをなおすわざ。どくはなおせない]
「な、なるほど。そうだったのか……」
ゴブリンヒールという技はすべて回復できるものだと思っていたが、状態異常は治せないというわけか。
「悪かったなリブゴン。俺、敵モンスターの特徴とか戦い方とかわからないのに、行けとか、頑張れとか、偉そうに指示出したりして」
『ギギャギギャ』
そんなことはないとばかりにぶんぶんと首を横に振るリブゴン。
相変わらず優しい奴だ。
「なあ、リブゴン。ダンジョン内のモンスターについて知っていることを俺に教えてくれないか?」
『ギギギャ?』
「ああ。俺も敵モンスターについて知っておいた方がいいと思うんだ。俺、ゲームとかあんまりやらないから、スライムとかゴブリンくらいしかモンスターの知識もないしさ」
『ギギギ』
「だから頼むリブゴン。お前の役に少しでも立ちたいんだ」
俺はリブゴンに対して頭を下げた。
するとリブゴンは、
『ギギャッギャ!』
わかったと自分の胸をポンと叩いてみせた。
それからしばらくの間、リブゴンはダンジョンに入ることをやめた。
その代わりにリブゴンは、自身が知り得る限りの敵モンスターの情報を、絵と文字で俺に伝えてくれた。
俺はメモ用紙に書かれたそれらのことを、リブゴンに質問しながら頭に叩き込んでいく。
「リブゴン、このオークって奴はどんな武器を持ってるんだ?」
『ギギギャ』
「リブゴン、こっちのハーピィってモンスターだけど、空を飛べるのか?」
『ギギギギャ』
「リブゴン、さっき言ってたホブゴブリンって奴はハイゴブリンとどっちが強いんだ?」
『ギギャギィ』
などなど、俺は気になることをリブゴンに訊いて、その回答を知識として吸収していった。
そんな日が連日続いて、そして四日目の朝――
「……よーし、これでリブゴンが知っている敵モンスターの情報はすべて頭の中に入ったぞ」
俺はリブゴンに教えてもらった敵モンスターの情報をすべて頭の中に詰め込み終えた。
「リブゴン、今日からダンジョン探索再開だ! 俺もお前の力になれるように頑張るから、リブゴンも張り切っていこうなっ!」
『ギギャギギャッ!』
「おっと、でもその前にまずは、腹ごしらえをしないとなっ!」
『ギギギャッ!』
こうして俺とリブゴンのダンジョン探索の第二章の幕は、ラジオから流れる朝の時報とともに切って落とされたのだった。
『ギシャァァーッ……!』
リブゴンのとどめの一撃を浴び、叫び声とともに消えゆくコボルト。
「よくやったリブゴン!」
『ギギャギャ!』
リブゴンはもうコボルト相手なら、危なげなく倒せるようになっていた。
そんなリブゴンはコボルトが残していった魔石を拾い上げると、それを口に放り込んだ。
それによってちょうどリブゴンのレベルがまたも上がる。
「いい調子だリブゴン。地下三階にはもうアイテムもなさそうだし、そろそろ地下四階に下りてみようか」
『ギギャッギャ!』
地下三階で十二分にレベル上げをおこなった俺たちは、声を弾ませ言葉を交わし合う。
リブゴンの装備品も新しくなったし、地下四階に挑んでもいい頃合いだと思う。
「リブゴンはかなり強くなった。でも一応油断だけはするなよ」
『ギギャ!』
レベルアップの恩恵か、リブゴンは賢くなっているようだった。
そのため自分が強くなっていることを自覚しつつも、油断大敵だということをちゃんと理解しているように見える。
そして頭がよくなっているだけではなく、リブゴンは見た目も前以上に凛々しくなっていた。
精悍な顔つきと鍛え抜かれた筋肉質の体。
手足も微妙に長くなっている感じがする。
言うなれば、リブゴンの見た目はゴブリンというよりむしろ、ハイゴブリンのそれに近くなっていた。
もしかしたらレベルを上げ続けていれば、いずれはもっと成長して、今とは見違えるくらいの背格好になるのではないか。そんなことを考えていると、
『ギギギギャ?』
どうかした? とでも言うように俺に問いかけてくるリブゴン。
「あ、悪い、なんでもないよ。よしじゃあ、早速行こうか!」
『ギギャ!』
俺の声を耳にして、リブゴンは地下四階へと階段を下りていった。
ダンジョンの地下四階。
そこは俺たちにとっては未知の領域だった。
だがしかし、やはり十二分にレベルを上げていたことが功を奏して、下り立ったリブゴンを見るなり襲いかかってきたハーピィをリブゴンは難なく返り討ちにしてみせた。
『ギャァッ……!』
リブゴンの放った前蹴りで転倒したハーピィに、リブゴンは容赦なくアサシンダガーを突き刺す。
その攻撃によってハーピィは煙となって消え去った。
あとに残った魔石を体内に取り込みながら、リブゴンは余裕だとでも言うように俺に見えるようグーサインを作る。
「ナイスだ、リブゴン!」
『ギギャギャ!』
俺も俺で、リブゴンにあらかじめ教えてもらっていた敵モンスターの情報によって、一目見ただけでさっきの相手がハーピィだとすぐにわかった。
やはり敵モンスターのことを知っているのといないのとでは、心構えが違ってくる。
敵の名前と戦術を知っているだけでも、心に余裕が出来て落ち着いて戦いに臨めるというものだ。
とそこへ、今度は体格のいい豚のようなモンスターがのっしのっしとやってきた。
手にはヤリを持ち、軽装の鎧を身に纏っている。
間違いない、あれはオークだ。
「リブゴン、相手はオークだ、お前の方が動きはずっと早いはずだ。だが念のためオークのヤリには気を付けるんだぞ!」
『ギギャギャ!』
リブゴンはオークと対峙すると、姿勢を低くして相手の出方をうかがうのだった。
『ブゴォォッ!』
オークがリブゴンに向けてヤリを突き出してきた。
リブゴンはそれを華麗なバックステップで回避。
そのリブゴンを追いながら、オークはさらにヤリによる連続攻撃を繰り出してくる。
大柄な見た目とは裏腹になかなかの速さでヤリを突いてくる。
がしかし、リブゴンはそれを完全に見切っていた。
アサシンダガーと銅の盾でそれらをいなしつつ、オークの隙を見て『ギギャッ!』とアサシンダガーを手に一歩前に踏み出した。
グサッ。
『ブゴォォォッ……!』
鎧の隙間を縫ってアサシンダガーがオークの身体に突き刺さる。
リブゴンは続けてそれを振り上げた。
『ブギィッ……!』
オークの血が飛び散り、宙を舞う。
「いいぞリブゴン!」
『ギギャ!』
その場から飛び退きオークから距離を取るリブゴン。
息切れ一つしていない。
かたやそんなリブゴンとは対照的に、オークは苦しそうな表情を見せながら肩で息をしていた。
『ブフーッ、ブフーッ、ブフーッ……』
オークの荒い鼻息だけがダンジョン内に響き渡る。
「遠慮はいらないぞリブゴン。相手は虫の息だ!」
『ギギギ』
頭がよくなったせいか、リブゴンは少しだけ慎重な性格になっていた。
俺が油断するなと言った言葉をきちんと理解している証拠でもあるのだが、自分より明らかに格下の相手に対しても、必要以上の時間がかかってしまうのは少しもどかしい気もする。
まあ、何も学習しない無鉄砲な奴よりはよっぽどいいのだが……。
「さあ行けリブゴン、お前ならやれるぞ!」
『ギギャギャ!』
俺の声に背中を押されるようにして、リブゴンはオークに向かっていった。
対するオークはもう先ほどまでの威勢のよさはなく、防戦一方。
そして――
『ギギギャッ!』
『ブゴォォッ……!』
次の瞬間、リブゴンのとどめの一撃がオークの額をとらえた。
額にアサシンダガーが突き刺さったまま、オークは仰向けにどさっと倒れた。
その死体からアサシンダガーを抜き取ると、オークは煙とともに消え去っていく。
リブゴンはそれを見下ろしながら、地面に残された魔石を手に取った。
そしてそれを口に運ぶ。
するとオークがいた場所に宝箱が現れた。
どうやらオークのドロップアイテムらしい。
それを見たリブゴンは、『ギギィッ』とひと声鳴いてから慎重にそれに手を伸ばす。
俺はその様子をただ黙って見守った。
宝箱の蓋が開き中を覗き込むと、宝箱の中には白い布製の袋が入っていた。
それを取り上げたリブゴンは、俺にもよく見えるように胸の前でそのアイテムを持ってみせる。
「ただの布の袋か?」
『ギギャ』
俺の問いかけにリブゴンは首肯した。
見た感じ、紐で口を閉じられるタイプのなんの変哲もない布袋のようだった。
それをリブゴンは肩を通して背中にかける。
「うん、いいんじゃないか。ちょうどアイテム入れが欲しいなと思っていたところだしな」
『ギギギャ』
リブゴンは持っていたニトロ薬と薬草と毒消し草をその布袋の中におさめた。
身軽になったようでリブゴンは『ギッギャ!』と嬉しそうに声を上げる。
「よかったなリブゴン」
『ギギギャ』
こうして一層動きが軽快になったリブゴンは、地下四階の探索を始めるため、颯爽と歩き出した。