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第10話

 強敵を倒したお祝いではないが、夕飯には思い切ってうな重の特上を二人前注文した。

 もうじき出前が家に届く頃だろう。

 親父も今か今かと待ちわびていて、観ているテレビの野球中継が全然頭に入っていないようだ。

 リブゴンは一旦向こうの世界に戻したあと、再び召喚して、体力も魔力も万全の状態でこちらの世界にいる。

 今日の主役であるリブゴンがいなくては話にならないからな。

 そんなリブゴンは親父と一緒にソファに腰かけ、テレビの野球中継を観戦していた。

 リブゴンが野球のルールを知っているのかは不明だが、それなりに楽しんでいるように見えるので放っておこう。

 そんな時、

 ピンポーン!

 と家のチャイムが鳴った。

「あ、俺が出るからいいよっ」

 と親父を制して玄関に向かう。

 玄関の扉を開けて注文していた品を受け取り、お金を払うとリビングに戻る。

 すると親父は目をらんらんと輝かせ、「早く食べよう!」と急かしてくる。

 一方のリブゴンも俺の持つうな重に興味津々といった様子だ。

「ああ、わかったわかった。じゃあみんなで夕飯にしよう」

「待ってました!」

『ギギャッギャ!』

 そうして俺と親父とリブゴンの三人は特上うな重に舌鼓を打つのだった。

 

 翌日はリブゴンを休ませることにした。

 体力も魔力も全回復してはいるが、ハイゴブリンと死闘を演じたのだから一日くらい休養をとっても罰は当たるまい。

 それに、リブゴンは俺の部屋にあった漫画本が気になっていたようなので、一日俺の部屋で好きにさせてやることにしたのだった。

 それを親父に伝えると、

「いいんじゃないか」

 と返してきた。ただしそれに付け加えて、「ダンジョンに潜らないんだったら、比呂は学校に行くんだぞ」と諭されてしまう。

 なので俺は仕方なく、リブゴンを家に置いたまま学校へと行くことにした。

「リブゴン、俺は学校に行ってくるけど、あまり派手に散らかさないでくれよ。部屋の掃除をするのは俺なんだからな」

『ギギャッギャ』

「じゃあ行ってくる!」

 そう言い残し俺は自分の部屋をあとにした。

 

「おっす比呂! お前この頃よく休むよな。ま、まさか……彼女が出来たとかじゃないよなっ?」

「そんなんじゃないさ。ちょっと面白いことをみつけてそれにハマってるだけだよ」

「なんだそりゃ」

「それより走ろう桑原、遅刻するぞっ」

「あ、おいっ、ちょっと待てよ比呂っ……!」

 ――教室に入るとクラスがざわめいていた。

 それを横目に席に着くと、今井さんが駆け寄ってくる。

「比呂くん、おはよっ」

「ああ、おはよう今井さん」

 俺が返事をすると今井さんは俺の耳に顔を寄せ、「リブゴンちゃんにあのスカーフ渡してくれた?」とささやいてきた。

「ああ、うん。リブゴンの奴、すごく喜んでたよ。それにあの赤いスカーフかなり似合ってたしね」

「そうなのっ? よかった~っ。わたし気になってたからホントは昨日訊きたかったんだけど、比呂くん、学校休んじゃうんだもんっ。あっ、ていうか比呂くん、体調大丈夫なのっ? 最近よく休んでるけど」

 ころころと表情を変える今井さんは、嬉しそうな顔をしたと思ったら、今度は心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。

「ああ、全然大丈夫だよ。俺、別に調子が悪くて学校休んでるわけじゃないから」

「え、そうなのっ?」

「うん。実は……」

 俺は声を抑えて、ダンジョン探索のためだと説明した。

 すると今井さんは得心のいったような顔で「そうだったんだ~。それならよかった」と返した。

 どうやら今井さんは俺のことを気にかけてくれていたようだ。嬉しい。

「ねえ、それよりなんかクラスが騒がしくない?」

 俺は気になっていたことを今井さんに訊ねてみる。

 いつもならクラスの連中は今井さんを中心にして話に花を咲かせているのだが、今日は不安そうな、それでいて緊張した面持ちでクラスの連中はみんなそわそわしているのだ。

「それはさっき、体育の小野田先生が今日の体育は体力測定をやるって伝えに来たからだと思うよ」

「あー、なるほど、そういうことね」

 体力測定はいつもの体育の授業とは違い、男女合同でやるから、相手を意識し合ってみんな浮き足立っているのだろう。

 まあ、俺にはどうでもいいことだが。

 そこへ担任の松原先生がやってきた。

「さあ、みんな席につけっ。朝のホームルームを始めるぞ!」

 そして松原先生の掛け声とともに、俺の一日ぶりとなる学校生活が幕を開けた。


 給食を食べ終えて五時間目の体育の時間。

 男子は教室で、女子は専用の更衣室でジャージに着替えると、全員が校庭に集まった。

 体育の小野田先生が号令をかけて授業の開始だ。

「さあ、今日は朝も言った通り、体力測定を行う! みんな気合い入れていけよ!」

「はーい!」とそこかしこから声が上がる。

「では最初は握力を測るから、体育委員の男女二人はおのおの男子と女子の握力を順番に記録していってくれ。いいな!」

 小野田先生に言われて男子と女子の体育委員は前に出る。

 そしてその体育委員の生徒たちの正面に、男子と女子がそれぞれ列を作って並んでいく。

 俺と桑原はその列の最後尾につけた。

「うおおりゃぁぁーっ!」

「ぅんんん――っ!」

 男子も女子も握力計を握り締め、声を張り上げ全力を振り絞る。

 歯を強くかみしめて、腕はぷるぷると震えていた。

「はぁはぁはぁっ……」

「はぁっ、はぁっ、はぁ~っ……」

 握力を測り終えた生徒たちは、息も絶え絶え、続々と地面に腰を下ろしていく。

 ざっと見ていた限りでは、男子の握力の平均は40キロ前後といったところだろうか。

 そんな中、

「うがぁぁぁ――ーっ!!」

 クラスで一番体格のいい、柔道部の上村が叫び声とともに72キロという記録を叩き出した。

 ここまでの最高記録だった。

「うお、すげーっ」

「上村、マジかよっつ」

「上村くん、すっごーい」

 男子も女子もその記録に目を奪われている。

「ほらほら、騒いでないでさっさと次の奴、測れっ!」

「あー、はいっス」

 上村の次に並んでいた桑原が一歩前に出た。

 サッカー部とはいえ、毎日体を鍛えているので腕力にはそれなりに自信があるらしい、桑原は、

「見とけよっ、50は超えてやるからなっ!」

 と俺に向かって宣言した。

 上村の次ということもあり、男子も女子もみんなが注目している中で、桑原は「うおらぁっ!」と右手に力を込めた。

 ――――まあ、結果から言うと、桑原の握力は39キロという平凡な記録だった。

 

 そして、最後に順番が回ってきたのが俺だ。

 男子も女子ももう興味など失せたとばかりに、そこここで談笑を交わし合っている。

 俺にとっては好都合だ。

 変に注目されたくはないからな。

 だがそう思っていた俺に、「比呂くん、頑張って~っ」と声援を送ってくる者がいた。

 それはよりにもよって今井さんだった。

 今井さんに応援してもらえるのは正直かなり嬉しい。

 嬉しいのだが、いかんせん今井さんはクラスの、というより学校のアイドル、マドンナ的存在である。

 そんな今井さんが俺にだけ声援を送るものだから、周りの生徒たちは何事かと俺に目を向けてきた。

 そして結局、俺は針のむしろ状態で握力測定をする羽目になってしまった。

 マ、マジかよ。

 そんなにじろじろ見るなよな……緊張するだろうが。

 普段クラスでも目立たない存在の俺からしたら、急にスポットライトが当たったようで居心地が悪い。

 こうなったらさっさと終わらせてしまおう。

 そう思い、俺は「じゃ、行きますっ」と握力計を握る右手に力を込めた。

 その瞬間、握力計の針がぐんと一気に動く。

 それを見て、

「「「っ!?」」」

 周りにいた生徒たちが絶句した。

 体育委員の男子がおそるおそる俺の握力計を取り上げ、その数値をみんなに報告する。

「え、えっと、比呂くんの握力は95キロ……です」

 それを聞いた生徒たちは一瞬静まり返って、そして直後、「おおぉぉーっ!」と歓声を上げた。

「比呂くん、すごっ!」

「なになに、どういうことっ!?」

「なんでそんなに力あるのっ?」

「比呂くんって帰宅部だったよねっ?」

 あっという間に取り囲まれてしまう俺。

 よっぽど俺の出した記録が信じられないようだ。

 とは言え、この時は俺も、自分で自分の記録をまったく信じられずにいたわけだが……。


 結論から言うと、俺はリブゴンのレベルアップの恩恵により、知らぬ間に身体能力がかなり強化されていたようだった。

 そのため、日頃から特段鍛えているわけでもない俺が、握力95キロなどというとんでもない数値を叩き出してしまったわけだ。

 その後も体力測定は続いたが、百メートル走にしろ、懸垂にしろ、垂直跳びにしろ、俺はことごとく学校の歴代最高記録を塗り替えてしまった。

 俺もよせばいいのに、みんなにおだてられて気をよくしていたので、身体能力をセーブすることなく、むしろそれを最大限引き出して披露してみせた。

 そして、最後のソフトボール投げで、野球部のエースの倍近い記録を叩き出したことで、俺は一躍校内で時の人となってしまった。

 

「し、しまった……調子に乗りすぎた……」

 俺は下校途中、ずっと後悔していた。

 みんなに褒められ、気分よくなってしまい、ついつい本気を出してしまったことを今さらながら反省する。

 五時間目の体力測定でとんでもない記録を出し続けたものだから、体育の時間が終わるやいなや、野球部やサッカー部、柔道部や相撲部などから一気に勧誘されまくった。

 それを断るだけでもひと苦労だったのに、各部活動の顧問の先生たちにも目を付けられてしまったようで、放課後になるとひっきりなしに先生方が俺の教室へとやってきて、「うちの部に入ってくれ」と頭を下げた。

 元来、目立つことをあまり良しとしない性格の俺としては、少々、いや、かなり困った事態だ。

 こうなったら当分は学校を休んで、みんなの記憶から今日の出来事を忘れ去ってもらうしかない。

 そんなことが果たして可能なのかは、はなはだ疑問だが、俺はそう心に決め、早速明日から学校を休むぞ。と心の中で宣言した。

 そんな帰り道の途中、後ろから、

「比呂くーん、ちょっと待ってー!」

 と俺を呼び止める声が届いてくる。

 俺は振り返ってぎょっとする。

 その声の主は今井さんで、俺に大きく手を振りながら、爽やかに微笑みつつこちらに駆けてきていた。

 その様子は青春映画のワンシーンのように画になっていて、道行く人たちが今井さんのはつらつとした、それでいて美しい姿に目を奪われる。

 かく言う俺も目を奪われていたのだが。

「はぁっ、はぁっ……よかった、追いついたっ」

 膝に手をつき、声を弾ませる今井さん。

 俺はそんな今井さんに話しかける。

「どうしたの? 俺になにか用でもあった?」

 すると、今井さんは顔を上げ、

「今日の体育の時間、比呂くんすごかったね!」

 とにこっと笑った。

「あ、ああ、ありがと……え、それを言いにわざわざ?」

「あ、ううんっ。そういうわけじゃないんだけど」

 言うと今井さんはスカートをぱっぱっとはたきつつ、おもむろにスカートのポケットからスマホを取り出した。

 そして俺を見上げ口にする。

「わたしと電話番号交換してくれない? それとメアドも」

「え、俺と?」

「うんっ。だって比呂くんと話そうとしても、リブゴンちゃんとダンジョン探索があるから、いつ学校来るかわからないんだもん」

 今井さんは少し頬を膨らませ、冗談めかした感じで言う。

 さらに続けて、

「わたし、リブゴンちゃんの様子とかたまに聞かせてほしいからさ。それにもっと比呂くんのことも知りたいしねっ」

 とそんな嬉しいことをおっしゃる今井さん。

 好きだ。

「あ、ああ、わかった。交換しよう」

「うん、ありがとっ」

 こうして俺は今井さんの電話番号とメールアドレスを難なくゲットしたのである。

 これはもうリブゴンに足を向けて寝られないな。

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