この狂った国
2070年、日本という国では一人の殺人鬼により国家というものが破綻した。
法、秩序がなくなったとも言える。
しかし、一部の金持ちを除く元国民の八割はこの衰退した島に残されたのだ。
ーー2092年、伊狩下部八 廃れた商店街
暗い路地裏のような場所では漂う異臭を物ともせずに、男たちが喋っている。
「おい! 聞いたか? なにやら元日本国民が世界的に差別されてんだってよぉ」
「結局、逃げた先でも良い待遇ではねぇっちゅうことか」
「うちらはなにもしていねぇってのにねぇ?」
「そういやさ、お前さんの家の娘さん! 今年で十八だって?」
肩をポンと叩かれた男は振り返って話す。
「えっ?そおだな〜……伊狩家ーー上部の方でうまくやって欲しいものだけどなぁ〜」
「いやいや! 下部の方でもうまくやれば四十は生きれるらしいからなぁ! しかも結構な美人さんになったって聞いたわ!」
「まぁ これでも、あの上部から流れてきた妻の娘やからなあ!俺の自慢であり誇りや!」
「へっへっへ、そうかい!」
(男たちが路地裏で話している。興味はないな。でも俺と同じ思いをしているなら……)
カッ……シャリシャリ
ここ、伊狩の下部では哀愁や劣等、背徳感が飛び交う人間の下層の世界である。
伊狩の下部とは、五占家と呼ばれる前浜家、十八女家、嘉慶家、子能多神家、伊狩家という五つの家が占領している国の一つ。
そしてその伊狩という中でも上部と下部に分かれている。
下部では食料の生産を行う植民地的な集落であり、下部の中でも十数ほど区分がある。
上部は伊狩家の住む文化的な都市である。
また上部では伊狩家当主によって認められ、信用における人物が暮らしている。そのため下部では当たり前のような差別的な扱いを受けていたのだ。
そんな所で育った私は明日で十八歳になる。
十八歳になると伊狩下部の門をくぐり、人としての価値を見て配属を割り当てる検品という行事がある。
配属先とは職場だ。
主に他の占領地と戦う軍部。
下部での食料生産を基本とする植部。上部での建築や物作りの職人で構成される造部。上部の伊狩家にて、お世話や事務をする補佐部。などなどだ。
また検品では他の占領地に物として売られることや、子孫を残す必要すらない場合は処刑されることもあるらしい。下部からの検品では一般的にそのまま残留。つまり植部への配属である。
「リーナ!ちょっとこれ持ってくんねえか?」
私の父は食料奉納者の責任者だ。
食料奉納者とは上部の偉い人に作れた食料を預け渡して、ここらの私達下部の食料を貰ってきて配る人だ。
「はいはいお父さん! よいしょっと!」
「ありがてぇーな〜リーナ! 毎度毎度助かるよぉ!」
「お父さんが力無いのにこんないっぱい運ぶ仕事受けるからだよ〜」
「まあ、これでも母さんの夫なんでね! それも将軍の右腕と呼ばれた人だったからなぁ! 伊狩様も俺のことを少しは頼ってくれてんじゃねぇかと思って仕事してるんだよ」
「はぁ……お母さんの話はもういいよ〜」
私はため息を吐きながら言う。
なにもこの下部の人の自慢話しに付き合い切れなかったからではない。
母は伊狩家の妃としてすごく地位のある人だった。
容姿も良く伊狩家当主に気に入られていて、桃色の頭髪に化粧を感じさせない白い艷やかな肌。小柄でありながら、色気を放つ体。そして真っ直ぐな青い目をした瞳と鶯の華やかな着物を纏っていた。また、彼女はは武人の才もあり、将軍の右腕として活躍をした人だった。
しかしある時、当主様と母は酷く揉めたらしい。
当主様は彼女と同じ才能を持つ子を作り、使いやすい駒を手に入れるために、子供を産ませようとしていたらしく、母は到底それを受け入れることができなかった。しまいには母を拘束し、強制的な性的暴行を企てたため、母は牢屋と上部から逃げ出したのだ。
そして母はその身を庇ってくれた今の私の父と結婚した。また結婚した母は、私と姉を産んでくれた。
母は私の記憶の限り、ずっと笑顔でニコニコしていた。優しい、温かい声がいつも私達を支えていてくれた。本当に幸せだったのだろう。
だが、私が4歳の頃に母は捜索に来た上部の人たちに捕まって、父は罪に問われた。母はずっと叫んでいた。「私の子供に手を出すな!!」と。咄嗟に私は近くのバケツの中に隠れた。耳をぎゅっと塞いで、「もうみんなやめてほしい」と願いながら。
罪に問われた父は姉を伊狩家に差し出した。
苦肉の策であり、涙の決断だったのだと思う。
そして私を守る行為だったのだ。
なにせ、私の姉を【一人娘】として差し出したからだ。
父はそれに免じて罪が流れ、下部での重役な仕事を任された。おかげで私と父は下部に残ることができた。だが、母と姉は上部の検索員に連れて行かれた。
当然、父には娘が居ない形となっていたので、私は父の親友である神挿家に引き取って貰い、神挿リーナとして生きている。もちろん普段は父と、この一軒のボロ屋敷で暮らしている。
私達が下部に残れた後、母は自殺したらしい。
その体は十分に役目を果たしたくれたのだ。
このような酷い話だから聞きたくもない話題である。
「リーナも、もう十八かぁ!……検品! 上手くいくといいな!」
そう涙ぐみながら私を励ましてくれる。
この検品という行事は下部の人にとってはとても重要なものである。そして、私にとっても重要なことなのだ。私には夢がある。それはこのクソみたいな環境をぶっ壊すこと。
今ある5家の占領地を統一し、法や秩序を取り戻し本来の日本というものに戻すということだ。もう下部や上部で苦しむ人を見たくない。
そのために第一の目標として軍部に入ること。
軍部なら他の占領地を難なく潰すことができるし、伊狩家を打ち取る戦力を集めることができるかもしれないからだ。だから、検品の軍部の試験でいい成績を取りたいんだけど……生憎私には戦闘の経験がない。
ここ下部では戦闘向けの人はいないのだ。
少し遠くの『下部十一』には、長く続いている道場が軍部用に組織されているらしんだけど、私は父の仕事を手伝う必要があるから、ここを離れるわけにはいかなかった。
「父さんはな、きっとリーナにとって幸せなことが起こるって、いっつも感じてんだ」
お父さんの誇らしげな顔は私の見ている中で一番好きな顔だ。私を純粋に褒めてくれているような気がする。
「その母さん似た綺麗なラベンダー色の髪と青い宝石のような目には、伊狩様もさぞお喜びになるだろう」
とても複雑な感情であろう。父は母を苦しめた伊狩家に、私に行ってほしくないと思っているのだろうに。父の優しさには度々涙が出る。伝えてくれる分だけ、私も返す。
「違うよ、お父さん。私は今までが一番幸せだったよ!」
私が見せれる最高の笑顔でお礼を言った。
父は私に抱きついてしばらく泣いていた。
でも別れを伝えるのは父だけにではない。私には親友がいるのだ。
父が畑仕事に戻った頃、私は親友に会いに行こうとした。
「ちょっとミナちゃんのところ行ってくるー」
「おおぅ! 検品の時間を忘れるんじゃないぞー?」
「はーーい」
ミナちゃんこと数賀谷南は私の幼馴染みたいなものだ。
母親が十八女家からこっちに売られてきたらしく、同じ下部生まれの同い年であるからとても仲の良い唯一の友達だ。
ポタポタ ピチャッ。 ……カンカン!カンカン!
昨日は土砂降りの雨が降ったため道には水溜まりがあちこちにある。
その中を走って荒んだチェーン店に駆け込む。そこはミナちゃんの家だ。
「やっほー! ミナ!」
「あっ! リーナちゃん! ごめんね今雨漏りしてるからちょっと待ってて!」
「いいよ〜私も手伝うって!」
「ありがとぉ! 昨日は雨すごい強かったからさあ」
今、細長い腕を伸ばして、屋根に板を運んでいて、眼鏡をかけた優しそうな子が私の親友のミナちゃんである。弟の面倒見が良さそうで、私より少し背が低い子の可愛らしい女の子だ。
ミナちゃんは元々はカレーのお店だった場所に住んでいる。もちろん経営などの機能は停止していて、勝手に家として使っているのだ。下部では建築をしてくれる人も建材もないから、こういう残っている建物を民家にするのは珍しい話ではない。
「おっ! リーナちゃんじゃねぇか!」
「お父さん、すいませんお邪魔しています」
ミナちゃんのお父さんの数賀谷賢治さん。少し太っている明るいお父さん。
「なぁに、こんな所もう家として言えねぇよ! だから俺は家ねえよってか! ワッハッハ!」
「パパ!そんなしょうもないこと言ってないで早く屋根直してきてよ!」
「わかったわかった、リーナちゃんゆっくりしてけよぉ?」
「あっ、ありがとうございます!」
再びカンカンという金槌の音が聞こえるようになった。
「リーナちゃん、明日が検品の日でしょ?」
「うん……そうなんだけどさぁ〜、私自信ないよぉ」
「でもリーナちゃんならきっと大丈夫だよ! 力持ちだし頭もいいから!」
「これで売られたりしたらどうしよぉ」
ミナちゃんは私の愚痴を「そんなことない!」と慰めながら聞いてくれる。他にもいっぱい相談して、色々なことを元気づけてくれながら聞いてくれた。こんなに甘えられる人もミナちゃんだけなのかもしれない。
数時間後。私は検品の支度をするため、家に戻ることにした。
「じゃあ! 私行くねっ!」
「うん! 頑張ってきてね!」
みなちゃんとはある約束をした、絶対にまたいっぱい喋ることを。
店を出た私はコツコツと同じ道を歩いて帰る。みなちゃん家に行くのも、いや、これでこの街も最後かもしれないんだ。
そう思うと私は思い出深いある場所に向かった。
私が着いた先は下部の街が一望できる丘の上であった。橙色の夕焼けが目に染みる。それも家族全員で見たことがあったという思い出からか、今の暮らしとの別れからかは分からない。ただ、この林檎の木が夕日の影が重なって、前よりも黒く輝かしく思えた。
すると、木の下に寝ている横顔がうっすら見えた。
ん? ……誰かいる。
その木の下には二十代くらいに見える男性が、コクン……コクンとぐっすり寝ている。
すると、急にぶわっと風が吹き、一つの林檎が彼の頭の上に落ち、彼は目を覚ました。
彼は私を見て睨み、見つめ合ってしまった私は声を掛けてみた。
「貴方、なにしてるの?」
彼はボソっと答えた。
「あんたが来なければ寝ていたな」
「あ、そう」
嫌味を含んだ彼の発言は私達の距離を離し、もう関わるなと言われたようなものだった。だが、彼は私の様子を伺い、話しかけてきたのだ。
「あんた、ここを離れるのか?」
私はビクッとしたし、意外にも私の感情を読み取ってきて、ズバリ当てたことに驚いた。そのまま彼は続けて言った。
「やめといた方がいいぞ、ここはとてもいいところだ。…………メシも比較的ただで食えるし、人柄もいいやつばかりだ。他の所に居たことがあったんだが……そこはてんでだめだった」
「他の所に居たって……貴方名前はなんていうの? 私はリーナ、神挿リーナよ」
「九里河日継だ」
「九里河? ふーん」
確かにここでは聞いたことがない名字だ。
遠くの伊狩の下部にいたか、別の占領地から売られてきたか。
または外道から来た人だろう。
外道とは五家の占領地に含まれない場所だ。なにもない無法地帯であり、逃げ道とも呼ばれる。
なぜならそこにいる人は仕事、労働から逃げた人であるからだ。
配属された人達は基本的にずっと同じ仕事を一生続けるのである。しかし、誰しもそこから逃げ出したい、自由になりたいと一度は考えるのであろう。でも、一度外道に入ってしまうと、ほぼ二度と占領地には入れてもらえず、餓死をしていくのだ。
当たり前だ、仕事から逃げ出したやつなんて、信用はゼロに等しいからだ。たとえ下部でも信頼のないやつはいらないのだ。
「離れるって言っても、まだ分からない……私、明日検品の日なのっ……」
「そうか、シャリシャリ」
「貴方はどうせ逃げてきたんでしょ?」
「そうだな、結果的に見ればそうかも知れないな」
この人はやっぱり逃げてきた人なんだ。でも何か、雰囲気が違う。
「怖いのか?」
「だって!軍部になるのは難しいらしいの……私、武道なんて習えなかったし……」
「なんだ、軍部に入りたいのか……」
彼は驚いたような表情を見せた。
「そうよ、こんな国は間違ってる!」
「【やめておけ】」
「え?」
この非情な男は私の夢を否定してきた。今までずっと色んな人に励まされていたからか、この人の反応が正しく思えた。分からないけど私は怒りが抑えきれなかった。
彼は私の表情を見て、話し始めた。
「別に目指すのも、志すのも、間違ったことではない。だが軍部を利用するのはやめておけ。お前みたいな野心の強いやつは軍部でこき使われるか、あわや軍部の性奴隷だ」
私は何も理解ができなかった。この男が何を言っているのかなんて。この人は何を知っているというの?
彼は立ち上がり私に近づいてきて、肩をポンッと触り、そのまま去っていった。私は彼を追うことはせず、彼の言葉についてずっと考え込んでいた。
日暮れが完全に終わるまで。
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