二つの勇気と二つの思い
『○月○日会えることになったよ!楽しみだね!』
あの人からそんなメッセージが来て、楽しみなような、そうでもないような、複雑な感情を抱いた。
最後に会ったのは二ヶ月くらい前だったか。距離もあるしお互い忙しいのだから、このくらい期間が空くことは決して珍しいことではないだろう。
とはいえ、私にはその日がとても待ち遠しかった。前回別れたときからずっとゆらゆら揺れていたこの気持ちが、最近ようやく固まり、伝える決心がついたところだったからだ。次に会ったら絶対に伝えたい、そう思っていた。たくさん悩んだ分、はっきり決めてしまえば、早く伝えたくて気持ちも急いていた。次会ったときは~――なんて会話をしながらも、会う予定がなかなか決まらなかったことに、うずうずしていたというのもある。
ただそれは、場合によっては私とあの人の関係に終止符を打つことになるかもしれないようなことだった。それが怖かったから悩んでいたのも事実である。
しかし、もう私の意志は固まっていた。だからこそ、素直に思った。
――早く会いたいなぁ。
これが私の、一つ目の勇気の物語である。
会うまでの期間、脳内で細かくシュミレーションしたり、事情を知る友人にこのことを報告したりして、正直、心の準備は万端だった。
一人暮らしの私の家に、あの人が退勤後の電車で来てくれることになっている。待ち合わせ場所である駅に、時間通りに現れたその人は、相変わらずといった感じだった。二ヶ月くらいの空白ならそんなものだろう。なんとなく疲れた顔をしているのはご愛嬌。社会人なのだから仕方ない。
その日はすでに遅い時間だったので、ひとまず一緒に自宅に帰った。ゆっくり休んで、遊ぶのは翌日。買い物をしたり散歩したり。
進学により地元を離れた大学生と、進学せずに地元で就職した社会人という間柄なので、一緒にいられる時間は長くない。しばらく遊んで、辺りが薄暗くなった頃に時計を確認すると、その人の帰りの電車の時刻まで残り二時間となっていた。
いざとなると、やはり緊張してしまうものだ。それでも私は覚悟を決め、「ちょっと公園にでも寄ろう」と誘った。
近くにあった静かな公園に着き、肌寒いので自動販売機でコーヒーを買い、並んでベンチに座る。
「楽しかった。ありがとねー」
「……うん、私も楽しかった」
話がしたくて誘った割には、突然口数が減ったうえに若干俯き加減な私に、その人は異変を覚えたらしく、心配そうに「どうしたの?」と声を掛けた。
――あぁ、伝えなければ……。怖さはあるものの、私は勇気を振り絞り、口を開いた。
「……あのね、大事な話があるの」
「えぇ、どんなこと?」
「実は少し前からすごく悩んでたんだ、――私と君の関係について」
話の趣旨と私の緊張の理由を理解してか、その人は自然と背筋を伸ばした。
そして、その真剣な態度に応えるべく、私も姿勢を正し、その人と目を合わせ、大きく息を吸った。
「――やっぱり君とは付き合えません!ごめんなさい!」
「……え?」
その人は全くの予想外といった表情で固まってしまった。――というより、厳密には想像と真逆のことを言われて困惑している。
私たちは、付き合っていない。距離や価値観などを理由に、好きだけど付き合わない、よくある友達以上恋人未満のような関係を、結構な期間続けていた。たまに会えると、普通に体も求められる。その人はどっちつかずな関係も好きだから恋人になることにはこだわらないと言っていたが、白黒つけたい派の私には理解のできないことだった。付き合わないならただの友達としていてほしい。体を求めるのをやめるか、いっそ遠距離でもいいから彼氏になるかどっちかにしてくれ。もちろんそういった話し合いをしたことがないわけでもなく、いい加減にはっきりさせたい気持ちは少なからずお互いにあった。だからきっとその人は、今日正式に交際を申し込まれると思っていたに違いないのだ。しかし冷静に考えると、会う時間も、じっくり話す時間も満足に取れないというのも現状としてあったため、これでは例え付き合っても上手くいかないだろうという結論に至った。
というのは、いくつかある理由のうちの一つであり、一番の本音はもっと深いところにあった。
遠距離恋愛では、少しでも相手を身近な存在として意識しておけるように、連絡はなるべく頻繁にとるのが望ましい。だから私たちも、毎日のようにLINEをしたり、通話する時間を作ろうとしたりと、それなりの努力はしていた。しかし、これがどうにも上手くいかない。日中の私の空き時間とその人の空き時間が想像以上に合わないことや、寝る前なら話せると思って頑張って用事を片付けても、先に待っていた方が疲労や睡魔に負けてしまうことなどによる物理的なすれ違いが、どうあがいても起こってしまう。「今日は話せる時間ある?」という趣旨の会話しかしない日も多かった。
それだけならまだよかった。
そうして会話する時間を作ろうと奮闘し、できないことにもどかしさを感じ、ふと疑問を抱いた。――そこまでしてしたい会話って、何?時間ができたとして、どんな話をすればいい?
何を話すかは、その都度考えればいい、ただ毎日連絡を取り合いたいのだと、その人は言うけれど、私にはとても難しいことだった。せっかく作った時間の中で、何を話せばいいのか、どんな話をすればお互いが満足できるのか、それを考えているだけで時間は過ぎていく。たまには「無理に話さない」という選択肢があってもいいのではないか、と思うこともあった。しかしそれを口にすると、話すのが嫌なのかと不安にさせてしまう。量より質じゃないけれど、連絡は余裕のあるときに、時々できればそれで十分だと思っているだけなのに。会って顔を見ながらゆっくり話したいと思っているだけなのに。精神的なすれ違いに気付いたのはその辺りからだ。恋愛関係における価値観に致命的なズレがあった。そのうち、自分は本当にその人と話がしたいのか、頑張って話して本当に楽しいのかと、余計なことまで考えてしまうようになり、楽しいと感じることが減り、会話に疲れるようになり、気付けば、その人の何が好きだったのかも、よく思い出せなくなっていた。
――もうこの人とは、時々気軽に連絡を取り合う、仲良しの友達でいい。そう思った。
「……そっかぁ。気持ちが薄れないように、たくさんお話したいなと思ってただけなんだけどな。ちょっとガツガツし過ぎちゃったか」
「ごめんね。なんか、毎日話すのってやっぱりちょっと私には厳しいって感じちゃって」
「焦ってたのかもね」
その人は私にクスッと笑って見せた。納得や諦めや後悔なんかをごちゃ混ぜにしたような控えめな笑顔に、少し胸が痛んだ。
「あーでも惜しいなぁ。僕今日告白しようと思ってたのに」
「え、そうなの!?てっきり付き合う気はないんだと思ってた」
それこそ、好意があるのはお互いわかっていたのに付き合わないままでいたのだから、もう「恋人になる」という選択肢は出て来ないものだと思っていた。だから二ヶ月前に会った辺りから、諦めることを真剣に考え出していたのだ。
「まあ、元々はそうだったんだけどね。二ヶ月前に会ったじゃん?あの辺りから結構真剣に考えてたんだ。あ、だから余計に焦ってたのかも。他の人に盗られたら嫌だから」
「……ここでもすれ違い起こってたかぁ」
私も思わず笑った。――やっぱりこの人は友達だ。
「……あのさ、もし嫌じゃなかったら、これからも友達として仲良くしてくれる?」
最後に残っていた小さな不安を口にする。恋愛関係が終わるとなんとなく気まずくなって、そのまま友人関係まで薄らいでしまうことはよくある話だが、私はどうしてもそれが嫌だった。せっかく仲良くなった、大事な友達なのだから。
「そりゃあもちろん!時々でもいいからまた話そ!また遊ぼうね!」
「本当?良かったぁ。ありがとう!」
握手しようと手の方に視線を落としたとき、まだほとんど中身の残っているコーヒーの缶が目に入った。話に夢中で二人ともその存在を忘れていたらしい。私たちはまた小さく笑い合い、お互いの缶をカチッと触れ合わせて、ゆっくりと飲み干した。コーヒーはもうすっかり冷めてしまっていたが、おいしくて心がじんわり温かくなった気がした。
駅に着くと、その人は思い出したかのように、あ!っと声を上げた。
「っていうことは、やっぱり前に話してたお友達に告白することにしたの?」
「あ~、そうだね。正直あんまり期待はしてないけど」
「え、期待してないの?」
「だって、悩んでたとはいえ、デリケートな話ばっかり聞かせちゃってたし、恋愛対象から外されてる可能性があるから」
「そうかなぁ。……じゃあ、もし本当にフラれたら、どうするの?」
「どうもしないよ。気持ちさえ伝えられればいい。あ、バイト先は一緒だから気まずくならないようにだけはしないとだけど」
「……なんか、すでに色々覚悟決めてるって感じだね」
あくまでも爽やかに話す私に、その人は感心したように言った。そりゃあ、もうやることは決まっているんだから、今は平常心でいられる。もっとも、その時が来たら、再び心の奥の方から勇気を引っ張り出さなければならなくなるのだろうが。
しかし、私のわずかな不安を見抜いたのか、その人が私の顔を覗き込んできた。
「でも、落ち込むようだったら話聞くからね?」
「……うん、ありがと」
そのタイミングで電車が来た。乗り込んだその人が「またね!」と元気よく手を振ってくれたので、私も同じように「またね!」と返した。
あの人が指していたのは、私の大学の同級生で、あの人とのことを唯一相談できる友人だ。今日会うことも彼には報告してあった。大雑把に言うと、悩みや愚痴を聞いてもらっているうちにうっかり好きになってしまった、ありがちなパターンだ。あの人と付き合わない選択をしたもう一つの理由でもある。ちなみにあの人が焦っていた理由もここにあったらしい。彼のことは以前からあの人にも『仲の良い友人』として話題に挙げていたからだ。
「ごめんなさい」を言われる怖さが無いと言ったら噓になる。でも、どうしても伝えたい気持ちが、私にはあった。
スマホを取り出し、彼に今日のことを報告しようとしたが、やめた。今じゃなくていい。次にバイトで会ったとき、全部言おう。全部直接伝えたい。
そのタイミングで、持っていたスマホが鳴った。彼からのLINEの通知だった。
『近々流星群見れるらしいから次のバイト終わりに見に行こ!』
――神様、わざわざそんな素敵なシチュエーション用意してくれなくてもよかったのに。
これが私の、二つ目の勇気の物語である。
バイト先で出逢った彼とは、音楽の趣味が一致したことですぐに仲良くなった。家も近いので、シフトが被った日はよく一緒に帰るようになった。週に二日だけ訪れるその日が、私の密かな楽しみとなるのも早かった。
彼はとてもお喋りで、音楽やバイトの話だけでなく、友人とのエピソード、最近ネットで見つけたネタ、愚痴すらも面白おかしく聞かせてくれる。いつも楽しそうに話す彼を見ているのが、とても楽しかった。だから、自然と私も自分の話を積極的にするようになり、笑ってくれる彼に安心感や信頼感が芽生えたのか、ある時、うっかりあの人との関係の悩みまでぶちまけてしまった。友人とはいえ、異性を相手にこんなデリケートな話をしてもいいのか、頭の中ではそう悩んでいるのに、口は止まらなかった。もう、誰でもいいからこの悩みを聞いてほしかったのだ。さすがに引かれる、絶対困らせると思った。――しかし彼の反応は、過去一番の大爆笑だった。
予想外、かつ想像以上の反応だった。私とあの人のやり取りが面白かったのか、打ち明ける私の必死さが可笑しかったのか。ただ、不思議なことに、全く嫌な感じがしなかった。むしろ清々しかった。どうしようもないような問題も、吐き出して、盛大に笑ってもらうことで、どうにかできそうな気がした。上手くいかなくて悩んでいても、その笑顔を見ていたら、なんだか大丈夫な気がした。
一通り話すと、彼はおもむろに自動販売機の前に立ち止まり、温かいコーヒーを二本買って一本を私に手渡した。「また何かあったら聞いてやるから、あんま抱え込むなよ」この時も、彼は笑顔だった。
私はあの人の話を何度もするようになり、その度に彼は笑い飛ばしたり、自分の話をして私を笑わせたりしてくれた。悩みを言っているはずなのに、不思議と楽しかった。週二日のバイトの帰り道。時には寄り道したり、大学でも顔を合わせたり。会わなくても、ふと話したいことができた時に気軽にLINEし合ったり。どんなことでも、彼と話すのは楽しかった。
話が面白いところ、友人思いなところ、何でも言い合える雰囲気、好きになれる要素はたくさんあったが、きっと私は、彼の笑顔に一番惹かれたのかもしれない。別に、私の悩みを笑い飛ばしてくれたからだけではない。他の友人と話しているときも、楽しいことや嬉しいことがあったときも、子供のようなキラキラした笑顔で全力で喜びを表現し、周りも楽しませる。そんな、見ているだけで無条件に元気になれる彼の笑顔が好きなのだ。ずっと見ていたいと思った。もっと彼を笑顔にさせたいと思った。自分の物にしたい、なんて高望みはしなくとも、彼の笑顔を、一番近くで見る権利が欲しいと思った。
「聞いて!今一個流れ星見た!」
ゴミ捨てに出ていた彼は、戻るなり満面の笑顔で報告してきた。
「ねぇズルい!フライングすんな!」
文句を言いながらも、ウキウキしている彼につられて私も自然に笑う。バイトが終わったら、近所の公園でお喋りしながら一緒に流星群を見ることになっている。純粋に楽しみにしているのもあって、不安も緊張もほとんど無かった。自然と仕事にも身が入った。仕事が終わると、例によってお喋りしながらゆっくり公園へ歩いて向かった。あの人との話はまだしていない。『きちんと自分の気持ち話して問題解決させてくる』とは言っていたが、結末は直接報告したくてまだ温めている。彼も敢えて訊くようなことはせず、代わりに流れ星に何をお願いしたいか訊いてきた。「やっぱり平和かな」と答え、同じことを聞き返したが、恥ずかしいのか教えてくれなかった。いやなんでだよ。
到着した公園は、近くに高い建物が無く、空がほとんど一望できる場所だった。満天の星空がシンプルに綺麗で、それだけで気分が上がった。遊具に登ってみたりベンチに仰向けになってみたりして一番綺麗に空が見られる位置を探す、二人できょろきょろしているうちに流れ星が出てどちらかが見損なう、たまに飛行機と見間違える。その間、会話も笑いもほとんど途切れることはない。そのうちはしゃぎ疲れて、ベンチに座ってぼーっと空を眺め出した。
不思議な感覚だった。時間が止まっているのか動いているのかも分からなくなるほどに静かで、でも時々顔を撫でる風は痛いくらいに冷たくて、なのになぜか心地好い。この静けさに、頭を空っぽにして浸りたいと思うのに、無意識に色んなことを考えてしまう。そしてとうとう、抗うように口が勝手に開いてしまう。
「あの人にちゃんと伝えられたよ、付き合わないって」
彼がこちらを向く気配がした。
「あれ、付き合うんだと思ってた」
「え、そうなの?」
「だって、『早く会って話がしたい』ってずっと言ってたから、そういう意味だとばかり」
「あぁ、なるほど……」
若干誤算だった。ギリギリまで本音を伏せておくために、確かに少し分かりにくい言い方をしてはいたが、上手くいき過ぎて真逆の捉え方をされていたらしい。まあ普通に考えてみれば、「早く会いたい」なんて言ったらそういう意味でしかないか。
「まあでも、早く話を完結させたかったのは本心だしね」
「で、わかってもらえた、と」
「うん、これであの人とはもう普通の友達。ほんと、会えて良かったと思う」
「おーそっかそっか、良かったな」
彼は満足したように空に向き直った。今度は私が彼の方を向く。
あの人にも話したが、正直、告白に対してOKがもらえる自信は無かった。私が彼に話していたことは、あの人に対する愚痴や、恋愛相談まがいなことなど、意中の相手には聞かせるべきではないようなことばかりだった。ただの友達だと思っているうちは気にすることもなかったが、自分の気持ちが傾き出していることに気づくと、大失敗をしてしまった気がしてならなかった。こんな文句ばっかりな私なんて好きになってもらえないのではないか、私に好かれることは彼にとって迷惑になるのではないか、そもそも他の男の話ばかりする私は恋愛対象にはならないのではないか。もはや恋人になることなど、始めから諦めていると言っても過言ではない。だからこそ、まだこの気持ちを本人に知られるわけにはいかないと思い、わざわざ分かりにくい言い方をすることで上手く隠していた。それでも私は、あの人との話が終わったら、勇気を出して思いを伝えようと決めた。もういっそフラれてもいいとすら思っていた。恋心よりももっとちゃんと伝えたいことがあるからだ。
「――ありがとう」
「え、何が?」
ちょっと驚いたようにもう一度こちらを向いた彼と目が合い、私は再び空に目を向けた。やっぱり今日でよかった。目のやり場に困らないし、暗くて静かな空を見ていると緊張も和らぐ。
「これまでたくさん話聞いてくれて、たくさん励ましてくれて、嬉しかった。どうしても直接お礼を言いたくて。多分、そんな特別なことしてた自覚はないんだろうけど、私の話を君が笑って聞いてくれると思うだけで救われてたし、一緒に笑ってるだけでいつも楽しかった。あの人のことに決着をつける勇気ももらった。私の心の支えになってくれてありがとう」
ありがとう、だけは彼の顔をきちんと見て言った。彼は「いやいや」と少し恥ずかしそうに笑みを零した。
「私、君が笑ってるの見てるだけでも元気になれてたし、どんどん好きにもなっていった。これからももっと見たいし、もっとずっと一緒に笑いたいって思ってる。……良かったら、お付き合いしてもらえますか……?」
「……え?」
そこまで言うと、やはり彼は驚き、そして軽く頭を抱え始めた。――あぁ、やっぱり困らせたかな……。
正直、最後の部分だけはギリギリまで言うかどうか悩んだ。恋人になることよりも、感謝と好意をしっかり伝えることが目的だったからだ。ただ、私の中できちんとその目的は果たせたと感じたので、せっかく出した勇気で気持ちを消化させておこうと思った。大丈夫。もし本当にダメだったとしても、最初からほぼ諦めている分ショックは少ないはず。あの人の時と同じように、これからも仲良くしてほしいとお願いしよう。そうすればこれからも一緒にいられる。なにも恋人になることにこだわるつもりはない。好かれているなら話は別だが。
「――待って、俺も好きなんだけど」
――は?
「……マジ?」
「マジ」
「……ほんとに?」
「ほんとに」
彼は若干顔を隠しながらも、動揺する私をまっすぐ見つめていた。よく見ると、その口角は少し上がっている。
――どうしよう。嬉しいけど気持ちの整理が追いつかない。というより、喜びより先に疑問が湧いてくる。好きっていうのはつまり、私と同じ気持ちってこと?
「びっくりしたぁ、少しも恋愛対象として見られてないと思ってたのに」
「いやそれは俺も。絶対あの人のとこ行くと思ってたから全然自信無かった。あの人の話するとき、ちょっと楽しそうでもあったから好きなんだと思ってた」
「それはだって、君がずっと楽しそうに聞いてくれるから話すの楽しくなっちゃって。え、じゃあ、実は結構しんどかった?」
「ちょっとはね。俺だって最初は友人の話として聞いてたからそんなことなかったけど、色んな話たくさんしたり遊んだりするのが楽し過ぎて、気付いたときには……ねぇ?」
嬉しいのか、ずっと口角が上がりっぱなしの彼につられて、私まで顔の力が抜けてきた。だんだん体も熱くなっていく。めちゃくちゃ同じ気持ちじゃん。
「でも、本当にちっとも気付かなかった」
「まあ、大変そうではあったから、今好きバレしようものなら確実にそっちの負担になると思って。それこそ、あの人のこと好きなら、俺が好きって言ったところで困らせるだけじゃん?なら、友人として楽しい話ばっかりして、笑ってくれてた方が嬉しい。俺気まずいのも嫌いだしさ」
――ねぇ、そこまで思考が一致してるってどういうこと?
「困らないよ。なんなら時々考えてたもん、君も私のこと好きだったらいいのにって」
「……好きでしたね」
「じゃあ……いいってことですか?」
「……よろしくお願いします」
彼は顔を隠すのもやめて、小さく頭を下げた。もう二人ともニヤけが抑えられなくなってしまい、クスクスと笑い合う。私はもう一度「ありがとう」と伝えた。嬉しくて、恥ずかしくて、温かかった。やっぱり、勇気を出して全部伝えられて、本当に良かった。そのうち、「あ~あっ」と彼が声を上げ、空を見上げた。
「叶うわけないと思ってたのに、流れ星にお願いしたかったこと叶っちゃったじゃん」
恋人になってからも、私たちの付き合い方は友人だった頃とそこまで大きく変わることはなかった。基本的には時々ご飯に行ったり遊びに行ったり、頻度が少し上がったくらいで、これまで通りな部分が多い。連絡がない日もそこそこあるので、自分の時間を好きに過ごすこともできるし、いざ暇になったときや会ったときのお喋りも弾む。それに、彼には彼の大好きな友人がたくさんいて、私はその話を聞くのが好きだったので、彼には私だけでなく、友人との時間も大事にし続けてほしかった。キラキラした笑顔で楽しかった話を報告してくる彼を見ていると、私も満たされるし、彼の楽しい交友関係に憧れすら抱いてしまう。だから、彼が誰と遊んでいようが全然嫌にならなかった。変わったようで変わらないこの関係が私には心地好かった。ただ、もちろん普通の恋人同士が普通にしているようなことも大体したので、私は彼がかなり上手に好意を隠していたことを思い知らされた。もっとも、ずっと悩んでいた当時の私が全く気付けなかっただけなのもあるけれど。でも、そうしてお互いの気持ちを深め合っていき、良い関係であり続けた。
「俺の地元の友人がさ、こっちに遊びに来れたらお前とも会いたいって言ってるんだけど、一緒に遊ぶ?ってか、会いたいだろ?」
いつものバイトの帰り道、例によって彼はニコニコしながらそう言ってきた。
「あ、それいつも話してる親友君でしょ?遊びたい!いつかみんなで遊ぼ!」
「おぉ、やっぱ乗り気だな。アイツにも言っとくわ。酒も飲むぞ!」
「おぉ~楽しみ!」
彼の友人の何人かとは、彼のLINEを通して話したこともあった。どの人たちもみんな楽しい人だ。まだ日付も決まっていないのに、とてもワクワクした。彼の友人の話を聞いて、ふと思い出した。
「そういえば聞いて!あの人から少し前に連絡が来たんだけどさ、最近彼女できたんだって!」
「お~、そうなのか」
「うん、わざわざ私に報告してくるくらい嬉しかったんだな~って、こっちまで嬉しくてなっちゃって。やっぱり友人の素敵な報告って気分良いねぇ」
「それは良かったな。まあ、あれから一年くらい経ってるし、みんな色々変わっていってるんだろうな」
そう言った彼は、ずっと楽しそうに笑ってくれていた。彼のこういうところは何も変わっていない。多分、これからもずっと。どんなときも、彼とならきっと笑っていられる。
歩いているうちに、あっという間に彼の家に辿り着いた。
「じゃあ、私帰るね」
「あれ、今日、うち来ない?」
「あ、どうしようかな」
「いや、来てほしい」
一瞬返事を迷った私に、彼はおねだりしてきた。私は思わず顔をほころばせる。
「わかった、行くよ」
「やった、ありがと」
返事をすると、彼は再び満面の笑みを浮かべた。