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私は、田舎の神社に生まれました。
神社と言っても、大して有名な神様が祀られている訳ではありません。
この地を何度も襲う洪水を起こす大きな蛇を鎮めるために作られたとされていたそうです。
つまり、とってもローカルな神社です。
御神体は、10mくらいの長さの蛇のミイラです。
恐らく普通サイズの蛇を継ぎ接ぎしたのでしょう。
実際に見てみると継ぎ目が分かるのですが、外部の方には見せないのでバレません。
見たがる方もいないので何の問題もありませんね。
ローカル神社ではありますが、それでも地元の方にはそこそこ知られており、多少は参拝者がいます。
おじいちゃんおばあちゃんばかりで、過疎化を痛いほど実感させる顔ぶれですが。
きっと私の父が最後の神主となるでしょう。
私は継ぐつもりありませんし。
洪水だって、上流にダムができてからは発生しておらず、この神社の存在意義は、夏祭り会場とお正月にお参りすること以外は、ハイキングコースか何か程度しか残っていません。
父が祈禱や厄払いをしてこなければ、既に維持もできない経済状況ですね。
最近は、冠婚葬祭も神社で行う方なんて殆ど居ませんから。
そんな滅びゆく神社が、私の実家です。
あの日も、私は家の手伝いで境内の掃除をしていました。
ビシッと巫女服ですが、最低賃金以下のお小遣い目当てに働いてます。
掃除以外だとおみくじの補給も私の仕事ですが、週に1度補給しておけば十分なので、結局はいつもいつも掃除。
サッサカサッサカ周りの無駄に大きな木から落ちる葉っぱを集め、葉っぱミキサーなる機械に投入します。
地元の製材屋の社長さんがくれたものですけど、これで葉っぱを細かくすることで腐葉土にしやすくなるんだとか。
最近は、落ち葉を燃やすのも色々問題が起きやすいので、こうして処理しています。
ミキサーにかけた葉っぱを一か所に集めていくと、カブトムシがよく捕れるようになるので、夏休みで帰省してくる方々がいる時期だけは少しだけ賑やかになる効果もありますが、別に売り物でもないので私には何の得もありません。
何なら全部売ってやりましょうか?
この甲虫め……、箒を食らえ!えいえい……。
……正直、触れないので全部持って行って頂けるとありがたいのですが……。
いつまでも遊んでいる訳にも行きません。
まだまだ境内は広いので。
サッサカサッサカ。
サッサカサッサカ。
サッサカサ……あら?
気がつくと、何か石造りの建物の中に居ました。
薄暗いですが、青い松明のようなものに照らされていて、一応周りを見渡すことができます。
部屋の真ん中にある大きな模様の真ん中にいる私と、それを取り囲むように立っている変な恰好の方々。
何でしょうこれは?
とにかく異常事態です。
こういう時に重要な事は、冷静な行動を心がける事です。
そのため私は、まず最初に目の前の男に対して持っていた竹ぼうきで斬りかかりました。
先制攻撃こそが戦の基本ですので。
まあ、10秒後には取り押さえられましたが。
無念です。
このまま私は、エッチな事をされてしまうのでしょうか?
これでも村では絶世の美人だと言われてきたのですが、こんなよくわからない所で汚されてしまう私。
バス通学している学校では、毎年告白されちゃうくらいには人気だったんですけど。
ああ、なんて可哀想なのでしょう。
いつか街に出て、そこそこのお金持ちの男性と結婚して初めてを捧げる予定だったのですが。
「……あー、よく参ったな異世界の勇者よ。私は、お前をこの世界に召喚した聖教皇だ。神からのお告げにより、お前には、魔王を打倒してほしい。」
よくわかりませんが、私が鼻を折ってやった男は、宗教団体の偉い人だったようです。
ただ、言ってることが支離滅裂でよくわかりません。
異世界と言う事は、私は今別の世界にいるという事でしょうか?
え?なんで勝手にそんな事したんですか?
「どんな猛者が呼ばれるのかと思えば、成程……異世界の民とは、余程の蛮族らしい。」
女の子を勝手に召喚だかなんだかしておいて随分な言いぐさです。
もう少ししっかり振りぬいておけばよかったですかね?
その後の説明によると、私は勇者らしい。
勇者って、何もしてない段階から呼んでいい肩書なんでしょうか?
安っぽいですね。
勇者に求められる役割は、魔王を打倒すること。
現在魔王率いる魔王軍が、この世界その物を破壊するために支配領域を増やしているんだとか。
全世界が魔物の領域となった時、この世界は崩壊してしまうそうです。
だから世界を救えと、聖教皇がつばを飛ばしながら命令してきました。
神がそうご神託をしたとかも言ってましたけれど、自分たちで聖を名乗る団体なんて胡散臭くてしょうがありません。
外国だとまた違うのでしょうが、日本では、神とは善の存在とは限りません。
私の実家のように、本来人間にとって悪い神様を祀っている場所だって多く存在します。
その影響もあってか、私はこの宗教団体に好意的になれません。
そもそも、年端もいかない美少女を無理やり連れ去る時点で、さっさと滅んだ方がいい人たちでしょう。
それでも、私が元の世界に帰るためには、魔王とやらを倒すしかないとのことで、私は魔王討伐の度に出るしかありませんでした。
来る日も来る日も変な生き物を叩き切り、位階上げというのを繰り返す日々。
次第に、大抵の敵は一方的に倒せるようになっていきました。
女子高生の私になんてことをさせるんでしょうかあのおじさん。
このままだと私は、チャンバラアルバイト美少女巫女なんていう属性モリモリになってしまいます。
最初は重かった聖剣とか言うゴテゴテした剣も、いつの間にか棒切れか何かのようにブンブン振り回せるようになりました。
筋肉が特別増えたわけではないようですが、魔物を倒して位階というのが上がると身体能力が上がるそうです。
何故そうなるのか聞いた所、神がこの世界をそう創られたからだそうで。
所謂、完全に信じました状態です。
やっぱり嫌いです聖教。
大きな蛇のミイラを信仰した方が多少はマシでは無いでしょうか?
数か月後、私はびっくりするくらい美人の天使と戦っていました。
……いえ、あれはもう戦いではなく、ただの虐めでしたね。
私の剣で一方的に切り刻まれていく女の子。
調べによると、彼女が魔王なんだそうです。
そして、勇者は魔王と戦うときだけ身体能力が100倍になるんだとか。
ヤケクソで作られたような設定ですが、単純に強いため魔王にも成す術がないようです。
それでも、彼女の部下が身を挺して時間を稼ぐことで、何度か逃げられてしまいましたが、ついに追い詰める事が出来ました。
この女の子を殺せば、私は晴れて元の世界に戻れるはず。
本当にそうでしょうか?
この世界の神は、たった数か月過ごしただけの私にすらわかるほど性格が悪いです。
というより、私を召喚するように提案した神が……でしょうか。
そもそも、別の世界から私を勝手に呼び出した時点で、信用するに値しないクズですが、それ以降もそう感じる機会は多くありました。
この世界には神が沢山いるらしく、それぞれが陣営を構えて支配地域をもっているのですが、私を召喚した神の支配地域以外に行った場合、ほぼ確実にその地域を支配する神の使徒から苦言を呈されるのです。
なんでも、異世界から勇者、というより人間を呼び出すのには、この世界自体のエネルギーが必要なんだそうですが、それを勝手に使ったのが今回の私の召喚だったそうで。
これにより、他の神々から私を呼び出した神はガチギレされているんだとか。
もっというと、魔王が生まれたのも、私を呼び出した神……あ、もう面倒なので神Aとします。
神Aが部下だった天使を虐げていたのが原因らしく、その天使がグレて堕天して魔王になったんだとか。
つまり、目の前で瀕死の状態になっているこの娘は、加害者ではあるけれど、被害者でもあるわけです。
こんな事態を引き起こした神が、本当に私を素直に元の世界に返してくれるんでしょうか?
あくまで私の勘ですが、そんな約束は無かったことになりそうです。
私に残るのは、奇麗で可哀想な女の子を殺したという結果だけ。
そもそも、私はそんなに元の世界に帰りたいのでしょうか?
魔物をいっぱい倒して、女の子を殺して、それでもあんないつ潰れるともわからない神社へ戻りたいかと自問自答すると、実の所そこまで帰りたいとも思えませんでした。
それに、今この娘を倒してしまったら、私のせっかくの利点である能力が100倍になるという規格外の効果も消えてしまいます。
そしたら勇者なんてただの無駄飯ぐらいです。
聖教が魔王討伐の功績を自分たちの物にするために、口封じで始末される可能性まであるかも……?
私が本当にしたい事は何か。
そう考えると、美味しいご飯を食べて、好きな男の人と結婚して、子供を産んで、おばあちゃんになって死ぬ……それくらいですね。
だったら、私が勇者だったという事実は邪魔なだけです。
かと言って、今この場で魔王を倒しても、私が勇者だった事実は消えませんし、幸せになることもできなさそうです。
そこまで考えて、そう言えばと、私は思い出しました。
魔王を守るために魔王の部下たちが身を挺して時間稼ぎをしていた時に、ある魔術を使っていたのです。
それは、転生魔術。
いつか蘇り、私に復讐すると彼ら彼女らは言っていましたが、アレを私もやってみたらいいのではないでしょうか?
勇者は、一度見た魔法や魔術はすぐに自分でも使う事が出来ます。
だから、私だって転生できるはず。
きっとこの体のままで生き返ることはできないのでしょうけれど、そこは諦めましょう。
この世界の人間として生まれ直して、普通に生きていくことにします。
とは言え、転生魔術なんて普段の私には使いこなせそうにありません。
魔王と対峙し、100倍の能力を得ている今こそが最大のチャンスです。
やはり、この娘は生かしておきましょう。
ボロボロにしてありますし、しばらくは安全なハズ。
私が死んだあと、この娘がどうなるかまではわかりませんが、それはこの娘の問題であって、私は関係ありませんし。
ウソです。
人の形をした女の子を殺したくないだけです。
本当は、多分普段も転生魔術使えます。
でも嫌ですもん。
というわけで、貴方には私のエゴで生き残ってもらいます。
そして私は、転生魔術を起動した。
媒体は私自身の体。
勇者の肉体ですから、かなり魔術的に良質な贄となるようで、色々な追加効果を付与できるようでした。
その中から私は、転生前の記憶の封印と、ジョブの封印を選択しました。
転生するまでの期間はランダムでしたが、そこはしかたありません。
これで私は、勇者ではなくなりました。
転生は上手く行ったようで、私は田舎の小さな村で生まれました。
両親とは似ていないとても美しい娘でしたが、まさかジョブが聖女だとは思いませんでした。
今思うと、あのクソ神が私を逃がさないように、使い走りとして聖女のジョブを与えたのかもしれません。
ジャガイモを食べ、ジャガイモを食べ、聖教会に連れていかれ、ジャガイモを食べ、お金持ちを治療し、ジャガイモを食べる毎日。
ある日、異世界の勇者が召喚されました。
彼女は、私と同じように毎日退屈そうにしています。
お互い、聖教会に囲われているのは不本意な状況なのもあり、意外と話が弾みました。
聖教会の神は、安定というものを嫌っているらしく、盤石の態勢を整えた最高権力者はすぐ殺されます。
これには、神がこの世界に干渉するために使われる特殊な神具が必要で、この真聖ゼウス教皇国では代々聖女に任命された女性が、神託という形で指示を受け、権力の証と嘯いてその処刑用神具を受け渡す役割を持っているそうです。
そう言った裏情報も、神託という形でもたらされました。
私、聖女なので。
そのせいで、この神は碌な物ではないと早々にわかってもいましたが、かといって私に逃げ出すだけの能力はありません。
だから、勇者が、
「逃げるなら私も一緒に行くよ?」
と提案してきたとき、これは運命なのだと思いました。
上手くすれば、このクソ神の支配領域である真聖ゼウス教皇国から逃げ出すことができるかもしれません。
私だけでは絶対に無理ですが、神がアホみたいに強化した勇者というジョブを貰った彼女となら……。
と思っていたのですけれど、現実は甘くありません。
追手を避けるために入ったミュルクの森は、私たち2人で抜けられる場所では無かったらしく、あと一歩で死ぬところでした。
死ぬときはコロッと死ぬものですねぇ……なんて思っていましたけれど、そこで私は運命の出会いをしてしまいます。
ダロス様。
彼に助けられ、私と勇者は生きながらえることができました。
それだけではなく、匿ってもらいながら、美味しい物をたくさん食べさせてくれました。
彼は、勇者と同じく異世界から呼び出されたそうで、彼が作り出す食べ物は、この世界では見たことが無いようなものが多く、にも拘らず私の舌を虜にしました。
まるで、昔からこれを食べていたかのような安心感まであり、ついつい食べ過ぎてしまい勇者に注意される毎日。
美味しい物を食べられるというだけで人生とはこうも色づくとは思いませんでした。
しばらくしてから、私たちはダロス様と一緒に再びミュルクの森へとやってきました。
位階上げを手伝って下さるそうで、勇者も私もウキウキです。
位階さえ上がれば、あの変なオオカミから情けなく逃げ回るという無様を晒すことも無くなるかもしれませんし、何よりもうちょっと腕力が欲しいのです。
おっぱいならいくらでも大きくなっていくんですけれど、力だけは中々上がりませんので。
力こぶがこんもりするくらいになりたいです。
そうしているうちに、ダロス様が、聖剣を見つけました。
神の力を帯びていて、なんだか懐かしい気持ちが生まれるような不思議なその剣は、まるで抜いてほしいとでもいうかのように、森の中の台座に突き刺さっていました。
ジャンケンで勝った私がそれを引き抜くと、何かの記憶が流れ込んできました。
それは、勇者の記憶。
前世の私が封印した記憶が、封印を上書きする形で頭に入れられたように感じました。
そこで初めて、私は私が勇者であると思いだしたのです。
まあ、私は聖女なので、勇者は今の体だとオマケみたいなもののようですが。
冗談で、
「案外私も勇者だったのでは?」
なんて言ってみましたが、誰も信じてくれませんし、それならそれでいいでしょう。
今更魔王と戦おうなんて思ってませんし。
っていうよりですよ?
なんで魔王さんがここにいるんですか?
この前アイドルやってましたよね?
なんだかこの人を見る度に心がザワザワしてたんですけど、これって憧れとかそういうのではなく、魔王に対する勇者の反応だったんでしょうか?
随分雰囲気が丸くなっていますけど、本当になんなんですか?
もしかして、ダロス様に絆されてる感じですか?
よく一緒にいますもんね?
女の子の顔してますもんね?
転生して一番驚いたのが、多分自分が転生した事ではなく、その魔王の事だと思います。
「……貴様、何のつもりだ?」
そんな事を考えながら、真夜中に外でぼーっとしていると、件の魔王が話しかけてきました。
まあ来るかなぁとは思ってましたけど、何を話せばいいんでしょう?
「私、転生したらしいんですよ。」
「聖剣を抜いたときから感じ始めたその魔力、勇者なのだろう?あの日、我を切り刻んだ。」
「はい。」
私の答えでルーちゃんさんの雰囲気が剣呑になります。
「我を殺そうというなら、それはそれで仕方ない。貴様は貴様で、あの神の被害者なのだろう?であれば、我には責任を取る必要がある。だが、周りのものまで巻き込もうというなら容赦はしないぞ。なんだかんだで、我はダロス達を大切に思ってしまっているし、奴らに罪は無い。人類の守護者を騙る勇者ならば、だまし討ちなどという卑劣な手段を使わず我に直接斬りかかると良い。」
世界を滅ぼそうとしていた時からどんな心境の変化があったのかわかりませんが、随分と人間らしくなったようです。
ただ、その覚悟は多分必要無いと思います。
「一応言っておきますが、私はもう勇者を引退していますし、貴方を殺すつもりなんてありません。そのために転生したので。」
「……どういうことだ?」
私は、彼女に全てを話しました。
異世界から召喚されて勇者になり、それが嫌で転生し、折角記憶まで封印してたのに今日聖剣を引き抜いたせいで記憶が戻ってしまった事まで。
今までの細かい身の上話まで交えて説明したのが悪かったのか、魔王がグスグス泣き出して困りました。
「そうか……!貴様は平穏に暮らしたいのだな……!?」
「そうですねぇ……。折角自由の身になりましたし、人生を謳歌したいなと思ってます。」
「うむ!うむ……!我も応援するぞ!新しい人生を大いに満喫すると良い!何かあればダロスが助けてくれるだろうから、遠慮せず言うのだぞ!?」
「はい、わかりました。」
この魔王、本当にどうしたんでしょう。
あまりに涙もろすぎて、こっちが冷静になりました。
歳を取ると涙もろくなると聞いたことがありますが、今それを言ったら怒られますかね?
その後、今度は魔王が私に斬られた後の事を話し始め、結局夜明けごろまで2人で話し合っていました。
最終的に、私の正体に関しては何かあるまでは秘密にしておくことに決まりました。
私が元勇者であることを知ったところで、特にメリットもありませんし、逆に何かに巻き込まれることもあるかもしれません。
話がややこしくなるだけなら、まあ教える必要は無いでしょう。
何より、転生前も合わせた私は結構おばさんと呼べる精神年齢です。
それがダロス様にバレるのが嫌なので……。
朝焼けが目に沁みます。
気がついたら私も、何かをきっかけに泣いていました。
何だかんだで、こうやって吐き出せる相手がいるのは良かったみたいです。
セリカにこの空気を味わわせるのはちょっと可哀想ですし、ルシファーがいてくれたのは幸運でした。
「ところで、ルシファーもダロス様の事が好きなのですか?」
「……ちょっと待て。どこからそんな話になった?」
「いえ、ダロス様といるとたまにメスの顔をしていたので。」
「どんな顔だそれ!?」




