9:
金貨500枚を受け取り、モヒカンと別れて冒険者ギルドを出る。
時刻は、大体2時ごろだろうか。
朝食を食べた時間が少し遅かったので、昼食にはいいタイミングかもしれない。
「金も手に入ったし、なんか食べてく?」
サロメには、もっと上手い飯一杯食わせてやりたいんだ。
そしておっぱい更に成長しろ。
そう思って聞いたんだけど、どうにも乗り気じゃなさそうだ。
「いえ、私は別に……」
「金なら気にしなくていいぞ?流石にこんだけあればしばらく大丈夫だろ?」
どうしたんだ?
あんだけ食い物に関してはグイグイきてたのに、何かあったのか?
そう思ってみてみると、なんだかモジモジしてる。
ちょっと可愛い。
「……その……このメイド服、ちょっとボロボロなので、レストランに入るのが恥ずかしくて。」
言われてみれば、確かにボロボロかもしれない。
自分で直したのか、少し下手な修正もされているようだし。
「じゃあ、一回戻ってから着替えて出直すか?4号に乗ればすぐだし。」
「いえ、持ってる服は、これと同じメイド服があと1着だけなので……。」
強いられすぎでは?
ダロス何してたんだ!?
こんなかわいい子に服も買ってやってなかったのか!?
「よし、服を買いに行こう。その様子だと下着も必要だな。ぜひ買おう。買おう買おう。」
「……もしかして、ダロス様は私を自分色に染めたいという感じですか?」
はいそうです。
適当に、近くの服屋っぽい店に入ってみる。
すると、流石は王都と言った所か、華やかな店内だ。
といっても、普通の貴族は商人を家に呼ぶから、直接店に買いに来るのは一般市民なんだろうけど。
若い女性店員さんが、早速応対してくれた。
「いらっしゃいませ。どういったものをお探しですか?」
「この娘の服を何着か、あとあれば下着も。予算は、100金貨くらいで。多少オーバーしても構わない。」
さっと要求を伝えてみたけど、イマイチ飲み込めてないような顔してるなこのお姉さん。
「……はい?」
「この娘の服を何着か、あとあれば下着も。予算は、100金貨くらいで。多少オーバーしても構わない。」
「か……かしこまりました!」
もう一回全く同じ説明をして、やっと理解ができたようだ。
にしても何を慌ててるんだ?
他の店員まで呼んできたし……。
「なぁ、あの店員たちなんであんなに騒いでるんだと思う?」
「ダロス様がポンと大金を使おうとしてるからです。」
大金か?
精々給料2か月分だろ?
って思ったけど、そういえば公爵家の使用人が最高で月50金貨だったか。
という事は、平均月給はもっと安いって事になって、庶民の数か月分の給料の買い物してるってことか。
「まあ、別に無駄遣いって事でもないし、問題ないだろ。むしろ、公爵家の人間なら少なすぎる額なんじゃないか?」
「そうなのかもしれませんが、使用人の服にそこまでかけるのは……。」
「っていってもさ、もしかしたら俺はもうすぐ追い出されるかもしれない訳で、その時ついてくる気なら使用人じゃなくて相棒って事になるだろ?美人の相棒に衣装を貢ぐなんてすごく童貞らしくないか?」
「……そうですね。童貞っぽいです。」
顔は赤いけど、喜んでるっぽいサロメ。
年頃の女の子が私服も無しってどうかと思うんですよ。
是非是非可愛い服を着てほしいものですね。
主に俺のために。
待っていると、慌ただしかった店員たちがサロメを呼びに来た。
カーテンの向こうで着せ替え人形にされているらしい。
たまに店員の「きゃっ大きいですね…!」とか「スタイルすごくいいですね…」なんて声が聞こえる。
これ男が聞いててもいい奴?
俺その辺りの機微わからないよ?
何となく恥ずかしいので店の外にでも退避したい気もするけど、新しい服に着替える度に着飾ったサロメを見せられて、店員に感想を求められる。
そりゃさぁ!求められたら言いますけどさぁ!
サロメ美人だから何着ても大体似合ってるからさぁ!
なかなか俺の語彙も追いつかねぇよ!
臭い台詞吐くと店員たちが「キャ―!」とか言い出すし!
にしても、なんでサロメは私服全然持ってなかったんだろう。
別に奴隷とかでもないんだから、給料はちゃんと出てるだろうに。
可愛い服に興味が無いってわけじゃないのは、今の表情を見ればわかるけどさ。
まあ、女の子の内面なんて俺には全然わからんな。
ダロス君の記憶を調べてもサロメの事なんて殆どないし。
逆にすごいなアイツ、一つの小屋に年頃の男女で住んでここまで興味を持たずいられるもんなのか?
その分イレーヌちゃんの事は妄想まで含めてすごい量脳内に情報があるけども。
だから、脳が壊れちゃったんだなぁ……。
そういえば、結局イレーヌちゃん昨日あの後どうしたのかな?
ダロス君の感情に引っ張られて、当てつけみたいに色々言って逃げちゃったけど、冷静になってきた今思うとやっぱり可哀想な事したよなぁ。
ダロス君本人は、奇麗さっぱり消滅したんだし、是非気にせず幸せに生きてほしい。
あーでも、あの王子は殺しておいた方がいいんじゃないか?
なんかあいつが原因で内乱とか起きそう。
結構色んな女の子に手を出して揉めてるらしいし、何よりダロス君の残留思念が俺に殺せと囁く。
ダロス君って結構粘着質で攻撃的だね……。
神様連中は、派手な展開が見たいらしいから内乱もアリかもしれないけれど、俺としてはナシだからなぁ。
それくらいなら、王子暗殺っていう展開の方が派手さはあっても平和的な気がする。
暗殺人形とか作れるかな?
でもなぁ、あんまり離れると操作精度落ちるからなぁ……。
だからって王城になんて入れないし……。
俺が物騒な事を考えてるうちに、店員たちによるファッションショーは終わったようだ。
1着だけ着て帰ると伝えておいたが、最終的に青を基調にしたドレスっぽい服になったようだ。
といっても、貴族が舞踏会に行くときに着るようなものじゃなく、商家のお嬢さんが休日にお出かけするような服装。
うん!俺に女性の服の知識はないから説明できないな!奇麗としか言えねぇわ!
「すごく似合ってるぞ。」
「……ダロス様が気に入ったならそれでいいんじゃないですか?」
なんか拗ねてる。
残りの服を袋に詰めてもらい、代金を払ってから店を出る。
知らなかったけれど、この世界は普通に植物で作った紙が流通しているらしい。
この袋も紙製だ。
技術レベルがよくわかんねぇな。
4号に荷物を積んで、また適当に選んだレストランに入る。
メニューもよくわからないから適当に選んだけれど、何かの魚料理だった。
ちょっと不安だったけど、味はとても美味しかった。この店は個人的にあたりだと思う。
食事中に気が付いたけど、サロメの食べる姿はすごく奇麗だ。
ナイフとフォークの使い方ひとつとっても、明らかに洗練されている。
流石は、元貴族のお嬢様!なんて言ってみたら「いえ、アサシンのジョブによるものです。」なんて返された。
ナイフとフォークで殺されたくねぇなぁ……。
体は貴族でも、魂が一般市民のダロス君こと俺は、知識を引っ張り出すことはできても、こういう何気ない所作で本物との差を感じてしまう。
でもさ、俺だって箸で食べる姿は奇麗だって言われてきたよ?飲み会に来た親戚連中に!
女の子にこの奇麗な所作を見せた事はねぇなぁ!
イノシシは売れて、サロメの服を買って、遅めの昼ご飯も食べて、非常に充実したお出かけを完遂して公爵家の邸宅(の敷地内にある小屋)に帰って来た俺たち。
第二の人生2日目は、なかなか効率的に過ごせたんじゃないでしょうか?
いえーい!女神様みてるー!?今夜のイベントは多分もうご飯くらいしかないよー!
頭の中で、俺を特殊な状況に巻き込んだ女神に話しかけていると、服を買った辺りから口数の少なかったサロメが話しかけてきた。
「ダロス様は、これからどうなさるおつもりですか?」
「うん?そうだなぁ、今日はもうダラダラして、夕食食べたらお風呂入って、さっさと寝ちゃおうかなぁ。」
「いえ、今日の予定ではなく、この先の未来の話です。」
難しい事聞いてくるな?
この世界2日目の俺に何を求めているというのか。
「今日、ダロス様の操る人形に乗って移動して確信しました。アナタのジョブはおかしいです。魔獣を討伐したのもそうですし、きっとこれからも何かしらで目立つ事になると思います。そうなったとき、アナタはどうなさりたいですか?」
「うーん、正直あんまり先の事は考えてないけど、とりあえず神人形師とかいうのをもう少し練習して、最悪誰も知らない場所に逃げても生き延びられるようにしたいなぁ。あんまり公爵家に拘りないし。うん、人形作りまくりたいってのが今一番の目標って言っていいかもしれない。」
「そうですか……。」
「あ!そういえば一つやっておこうと思ってることがあるんだけど、あのイカロスとかいう第3王子ぶっ殺したい!」
「サラッと言いますね?そんなこと考えてるのがバレただけでも一族郎党皆殺しですよ?」
「どうせさぁ、ダロス君の事を散々虐めてきた奴らでしょ?知ったこっちゃないね。それに、俺とは関係なく、あの第3王子は敵が多そうだし、暗殺しても犯人が俺だってバレにくいんじゃないかな?」
「……わかりました。もし、国に追われるような事になったら、必ず私も連れて行ってくださいね?」
「昨日も言ったけど、本当に俺についてくるのか?多分ろくなもんじゃないぞ?」
「むしろ、昨日よりもずっとアナタと一緒に居たいと思っています。」
この娘、しばらく誰からも優しくされてこなかったせいで、ものすごくチョロくなってないか?
ヤンデレの才能ありそう。
俺は、好きな相手がヤンデレになるのは嫌じゃないタイプだけれど。
「わかった。結局2人とも冒険者登録しちゃったし、昨日よりも計画が具体的になって来たな。」
「王子暗殺なんてとんでもない追加案件が入ったので、難易度は跳ね上がりましたけどね。」
「ははは、違いない。」
それだけ言うと、満足したのかサロメは小屋に入っていく。
大事そうに袋を持ちながら。
その姿だけでも、買い物した価値はあったな!って思ってしまう俺は、きっとキャバクラとかにハマると身を破滅させるタイプなんだろう。
うん、自覚はあるよ?だって絶対サロメより俺の方がチョロいもん。
ちょっと優しくされたらコロッといっちゃうもん。
具体的に言うと、レジでお釣りを受け取る時に手が触れるだけできゅんと来る。
暗くなるまで、3号と4号の整備をする。
特に3号は、水で洗ってやるとまだ血なまぐさい臭いがする気がする。
想定外の戦闘で、想定外の戦果を出してくれたけれど、所詮は木製。
こんな使い方してたら、いくら強化してるとは言え寿命は短いだろうなぁ。
金は手に入ったし、次は金属製の人形に手を出してみようか?
いやでも、こんな感じで使ってたらすぐ金が底をつきそうだな。
公爵家の人間が何をチマチマ考えているんだと言われそうだけど、だってダロス君極貧生活だったんだもん。
いや、本来貴族だって細かく金勘定してるのかもしれないけど、今日まで一銭も持ってなかったダロス君なんだもん。
下らないことを考えていると、時間は早く流れるもので、気がつけばもう辺りはだいぶ暗くなってきた。
夕食用に残しておいた魔猪肉と、帰りに買ってきたパンと野菜で、簡単な夕食を作る。
昨日までと比べると、食生活はだいぶ改善されたと言えるだろう。
サロメは、もっと太ももと尻に肉をつけるべきだ。
ダロス君?野郎の肉付きがよくなって誰が喜ぶんだよ?
もちろん風呂も沸かす。
今までは、2日に1回くらいの頻度でしか入浴してなかったらしいけど、これからは毎日沸かすぞ。
本当なら朝だって入りたいのを我慢してるんだからな?
俺は、清潔でありたいんだ。
というより、女の子に臭いって言われたら死にたくなるから、何が何でも防ぎたいんだ。
風呂から上がり、歯も磨き、あとは寝るだけだ!
そう思ってベットに入り、目を閉じていると、ドアが開く音がした。
何かと思ったら、ネグリジェ姿のサロメが立っていた。
「びっくりした……。どうした?」
「私本来の役目を果たしに来ました。」
そう言うと、俺の隣に潜り込んでくるサロメ。
なんだなんだ?本格的に狼狽えてるぞ俺!
「私がこの家に雇われたのは、多分公爵様が、私が貴方に汚されるのを望まれたからです。」
「……んん?汚す?」
そして、サロメは自分の生い立ちを話し始めた。
自分が元々貴族だった事。
その家が、人身売買に手を出していた咎で、自分以外一族郎党皆殺しとなり、幼くてまだ人身売買に関わっていなかった自分だけが、平民にすることを条件に見逃された事。
そして、当時丁度ジョブが判明し、疎まれ始めたダロス君の専属メイドに任命されて、この小屋に住むようになった事。
「私も、きっとすぐお手付きにされるものだと思っていました。けれど、前のダロス様にとって、私はなんの興味も無いか、もしくは恐怖の対象だったようで、殆ど会話も交流もありませんでした。」
「あー、ダロス君の記憶でも、確かにサロメの事全然ないわ。」
「でしょうね。私としても、好きでもない相手に積極的に犯されたいわけでもなかったので都合は良かったんです。それに、いくら平民になることで刑が終わったと言っても、私の一族が人身売買に手を染めていた事実は変わりません。だから、周りの人たち皆が、私を鬼畜の娘だと非難しているように感じてしまうようになってしまったんです。そんな私にとって、殆ど誰にも会わず、ただ一人一緒に暮らしている人からも興味を持たれないこの生活は、案外悪くなかったんですよ。本当は、お金なら多少あるんです。服だって買おうと思えば買えたんです。でも、誰に見せるわけでもないし、買いに行くのも怖かったんです。」
そう言って、俺の腕に抱き着いてくるサロメ。
「アナタのせいで、私の平穏な生活は壊れました。たった1日とちょっとだけ一緒にいただけなのに……。全部アナタのせいなんです。」
「それは、えーと、ごめんなさい?」
「嫌です。許しません。責任を取って、ずっと一緒にいてください。」
なんだろう?これプロポーズか?
でも、解消されそうとは言え、ダロス君には婚約者がいるんだよなぁ。
「でもさ、俺にはイレーヌちゃんが。」
「はい、もちろんわかってます。もし婚約が解消されないのであれば、専属メイドとして今まで通り一緒に居させてくれるだけでいいんです。昨日も言いましたが愛人でも構いません。でももし婚約が無かったことになるのであれば、私と結婚してください。お金はなくてもいいんです。貴族じゃなくてもいいんです。誰にも認められなくても、祝福もされなくても、アナタさえいてくれれば、それだけで私は幸せです。」
非常に嬉しい言葉だけど、やっぱり辛かった所にちょっと優しくされて絆されちゃってるだけだと思うんだよな……。
だから、このまま受け入れるのもフェアじゃない気がするというか……うーん……。
「俺はさ、前世からモテた試しが無いし、多分今サロメが感じてるのも、今まで虐げられてきた中で珍しく優しくしてくれたから、ついときめいちゃったってだけなんだと思うんだよね。」
「違います。愛してます。」
「……いや、うん……。ありがとう。だからさ、サロメが俺といたいなら、好きなだけ一緒に居たらいいと思う。少なくとも、俺はサロメと一緒に居られるのは嬉しい。美人だし、おっぱい大きいし、性格面とかはまだまだわからないけど、前世も含めた今までの人生で、一番の女の子だと思ってる。」
腕に抱き着いているサロメの力が少し増した気がした。
「でも、俺と一緒にいる事だけが、サロメが幸せでいられる道だとは思わないほうがいい。もしかしたら、もっと幸せな未来もあるかもしれないだろ?今は、きっと自分の選べる道が見つかってないんだ。その選択肢が分かってからでも、視野が広がってからでも、答えを出すのは遅くないと思う。」
「私は、アナタのいない未来なんて要りません。」
「……まあ、最終的にそういう結論に至ったなら、それでもいいと思う。」
「はい、精々抗ってください。いずれアナタの方から、私無しじゃいられないと言わせて見せますから。」
とりあえず、サロメはその答えで満足したようだ。
童貞にしては、頑張って抵抗した方じゃないだろうか?
「それで、犯さないんですか?」
「ここまで色々言っておいて、手を出すわけにはいかんだろ人として。」
「では、黙って抱きしめられててくださいね?」
サロメを見ると、ニヤニヤ笑っている。
また揶揄ってるつもりらしい。
顔真っ赤だぞ。
俺も真っ赤だろうけど。
ところで、なんで寝巻にブローチつけてんの?
ちょっと痛いんだけど……ってもう寝てるのか。
仕方なく、俺もそのまま眠ることにした。
今までの人生で一番ぐっすり眠れた気がする。