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重い……とても重い体験だった……。
夫婦とは何か……、親子とは何か……。
そして、湯気が出る程のホットのホイップクリームとはなんなのか……。
恐ろしい事に、味は悪くなかったのが更に俺を混乱させる……。
やはりナナセは間違ってなかったんだ……。
まあいい、とにかくオリュンポスの神殿長は潰した。
ここからまた思考誘導を受けて敵対するかもしれないけれど、その時は遠慮なく消せる。
もし、今回の勇者と聖女の脱走が神々のゲームの一環であり、これを機に神聖オリュンポス王国と真聖ゼウス教皇国が戦争をすることになった場合、先頭に立つのは神の使徒である俺だろう。
どうせ殺し合いをするなら、相手は死んでも惜しくない奴が良い。
そう考えると、真聖ゼウス教皇国からセリカとマルタが逃げ出してくれたことは、俺にとって運が良かったと言える。
流石にあいつらと戦う事になったら、俺は非常に躊躇していただろう。
別に俺や俺の家族が、まったく成長もしていない勇者と聖女に負けるとは思わないけれど、勝った所で喜べるかと言うと無理だろうし。
まあ、セリカたちが位階上げをさせてもらえなかったのは、強くなってコントロールできなくなったら困るっていう非常にアホらしい理由だと思うし、真聖ゼウス教皇国に勝つためだけなら、そんなショボい勇者を切り札として使おうとしている状態にしておいた方が楽かもしれないけれど。
「……あー嫌だ!もっと幸せな事ばっかり考えていたいのに、なんでこうも鬱屈するような事が起きるんだ!?」
思わず人ごみの中で叫んでしまう俺。
きっと周りからは、俺が物凄く危ない人に見えているだろう。
でも、事あるごとにどでかいトラブルに巻き込まれ続けてればこうもなろう?
しかたない。
癒されなければ。
俺にとって癒しといえば何?
そう!ロボットか家族!
ただ、今この精神状態でロボット弄ったところで、敗北エンドのクソみたいな作品に出てくるロボットになりそうな気がする。
そう言うのが好きな人には悪いけど、最後はハッピーエンド以外俺は認めないんだ。
だから、自然と今取れる選択肢は1つになる。
「というわけで、癒してくださいサロメさん。」
「わかりました。好きなだけ抱き着いていてください。私は何時間でも構いませんよ?」
久しぶりにサロメと傷の舐めあいをすることにした。
ウジウジしているときはこれに限る。
上手く説明できないけれど、とにかくサロメと一緒にいるだけで幸せ成分がチャージされている気がする。
「それで、何があったんですか?」
「聞いてよサロメぇ……。」
「はい、いくらでも。」
俺は、サロメの胸に顔を埋めながら話した。
領地をいきなり押し付けられ、わざわざ視察に行ってから今までの数日間を事細かに。
ダラダラと話してしまったせいで、既に窓の外は暗くなっている。
差し込む月明かりに照らされたサロメの美しさは、子供を産んでも衰えないどころか、更に増したような気がした。
「それで、ダロス様は何がしたいんですか?」
「家族と幸せに暮らしたい。サロメと一生こういうことができる仲でいたい。」
「それでは、何が不安なのですか?」
「不安……?不安……なのかな俺……。」
言われてみれば、確かに何かが不安なのかもしれない。
不満なら前から色々あったけれど、ここまで精神がささくれ立つ程不安となると、あまり経験がないかもしれない。
こうなった原因があるとしたら、それはきっと今日起きた出来事だ。
なんだろう……、王に会った辺りでは別に普通だった。
アホ騎士に無礼を働かれた時も不満しかなかった。
じゃあ、どこで不安になったかっていったら……。
「あ、そうか。俺はちゃんと良い父親でいられるのかが不安だったんだ。」
「父親……ですか?」
「うん、父親。なんか今日俺と同類っぽい考え方の神殿長が家族に理不尽な事してるのを知っちゃってさ。俺もこれから似たような事をしないって保証はないなぁ……って無意識に思ってたのかもしれない。」
周りを傷つけてでも自分の趣味を優先してしまいそうな俺。
その事実に今日気がつかされてしまった。
それが嫌で嫌で、認めたくないんだ。
「何か誤解されているようですが、ダロス様はその神殿長様とはまったく同類ではありませんよ?」
「……え?そう?似てると思うんだけど……。」
「確かに、ダロス様は自分の趣味を最優先にすることも多いでしょう。そのために、周りに犠牲を強いてしまう事もあるでしょう。」
否定してくれるのかと思ったのに、割とメッタメタに言われてしまう。
まあ、ちゃんと「ですが……」と続けてくれるから、俺はこの人が好きなんだけど。
「ダロス様は結局最後、周りを守ってしまう人ですよ?命を狙ってきた敵ということであれば、ダロス様は問答無用で倒してしまいます。なので一見非情に見えるかもしれませんが、ただ巻き込まれただけの人がいれば、自分が傷つくのも覚悟で盾になってしまうでしょう?」
「そうかなぁ?俺そんなヒーロー精神無いと思うんだけどなぁ……。」
「ダロス様にはちゃんとヒーロー精神?というのもあると思います。ですが、それ以上にダロス様には重大な特徴があります。それは……。」
「ヘタレでエッチな事です。」
え?やっぱり怒られてる?ごめんなさい……。
「ダロス様は、女の子であれば例え敵であってもなんとか助けようとしますよね?」
「まあ……そりゃそうでしょう?」
「そうですね。敵だろうと女の子のおっぱいに目が行ってますしね。」
「ごめんなさい!」
だって女の子は可能な限り守るべき対象って俺の中にインプットされちゃってるし……。
別に自分で戦える能力があるならそれでいいけど、そうじゃないなら俺が守ってやらねばって思っちゃうし……。
「かといって、見ず知らずの男の子が今まさに殺されようとしているなら、やっぱり助けてしまうでしょう?」
「いや、だからそりゃそうでしょうよ?」
「この世界の常識でいえば、見ず知らずの人間を助けるために、自分が殺されかけるような選択をするのはおかしいんですよ。」
「そうかなぁ……?」
「ええ。だって、この世界にはスキルやジョブといった強力な要素がありますから。自分を盾にしたところで普通は守り切れません。それが愛しい人であるというならまだ可能性に賭けて守ることもあるでしょうけれど、ダロス様の場合はそうではありません。」
そこで一呼吸置いて休憩しながら、俺の頭をまた撫でてくれるサロメ。
「ダロス様は、誰かが不幸な目にあっているのを見て、それを忘れてしまえる程のいい加減さも、精神力も、覚悟もありませんから。優柔不断でヘタレなので、例え損があろうと切り捨てるという選択ができないんです。」
「俺ってろくなもんじゃないな……。」
「はい。ですから弱者も守るし、傍若無人な強者には立ち向かうんですよ。そう言う所だけ見れば、一見ヒーローらしく見えませんか?」
「ヒーローって、損切りできない人だったんだな……。」
最近は、2人きりの時でもたまにしか見せてくれなくなったニヤニヤ笑いをしながら、俺の耳元でサロメが囁く。
「この世界で、貴方に守られた最初の女の子が私です。それだけは、イレーヌさんにも負けない、ただ一つの自慢なんですよ私……。」
思わずキスをしてしまいました。
出産からまだそこまで日にちが経っていないため我慢しましたが、そうじゃなければおっぱじまってたかもしれません。
そろそろプリシラに母乳を与える時間だという事で、顔だけチラッと見についていく俺。
あんまり長居すると、またアルゼやエリンに怒られるため、本当にサラッとだ。
チューは虫歯菌が移るからダメ。
触れるのも手を洗って消毒してからじゃないとダメ。
確かにその通りだけど、触れられないのは悲しい!
こんど除菌ウェットティッシュでも作ろうかな!?
アルコールだと赤ちゃんがどうなるかわからないから、口に含んでも問題ない成分で作りたいな……。
子供部屋に到着すると、丁度イレーヌもマルスに母乳を与えに来ていた所だったようだ。
赤ん坊に授乳する女性は、はっきり言って神に等しい神々しさを持っているけれど、見ているとやっぱりアルゼやエリンに怒られる……。
「どうしてそこまで私が授乳している所をみたいのでしょうか……?」
「こんな奇麗な人が俺の子供を生んでくれたっていう事実に興奮する下卑たる意識と、授乳している姿が単純にとても美しくみえるから……って所だろうか……。理屈じゃないから上手く説明できない……。とにかくイレーヌが好きだ。」
「……私だって、好きじゃなければ赤ちゃんなんて産んであげませんからね?」
子供部屋を後にする俺。
久しぶりに、俺の中に活力がみなぎっているのが分かる。
これは……アレだ!
新型のロボットを作るタイミングだ!
ずっと後回しになっていたけれど、今からそれを作るべきだと俺の魂が叫んでる!
ぶっちゃけ性能だけで言うなら、タルタロスとAPLだけでも十分なんだ。
だけれど、更にすごいのを作りたいという俺のモデラー、もしくはマジカルなエンジニアの魂がシャウトしてるんだ!
俺は急いで地下まで降り、そこから地下トンネルを通ってメーティス側の隠れ家にある倉庫まで移動した。
ここには誰もいないはずだし、倉庫はまだスペースに余裕があるため、新型機を製作するには丁度いいはず。
機体のコンセプトは、戦わずに勝てるけれど、戦っても勝てる機体だ。
平和的解決も、そうじゃない解決も、両方可能な機体。
優柔不断な俺のやりたい事を全部実現できるようにしたい。
家族エネルギーをチャージした俺は、大量の神粘土を生み出し、早速機体を作り始めた。




