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走る。
走る。
走る。
枝を折り、苗木を蹴り飛ばし、トゲのある草に服を割かれながら。
勇者のジョブのおかげか、私は夜目が利く。
だから夜のうちに距離を稼ごうと思った。
今の所、追手が迫って来ている気配はない。
だけど、絶対ではない。
逃亡中の私たちにとって、絶対安全だと判断できない状況で安心することなんて無理だった。
所詮は小娘2人。
きっとプロの殺し屋たちにとっては楽な仕事になるだろう。
プロの殺し屋なんてのが本当にいるのかもわからない私たちを殺すのなんて、彼らからしたら朝飯前だと思う。
ただ、今考えるとまだ殺し屋の方が良かったかもしれない。
今後ろを追ってきている黒い何か達に比べれば。
オオカミのような、ライオンのような、とにかく大きな肉食獣を悍ましくした魔獣との追いかけっこが始まってから既に5時間。
私の体力も魔力も底を尽きようとしていた。
最初は、バンバンと聖剣から放たれていたビームのような何かも、ここ1時間は懐中電灯にもなりはしない。
神の加護も案外大したことが無いじゃない……。
「ふぁいとぉ……。」
肩から覇気のない応援が聞こえる。
何を隠そう聖女様だ。
別にこの娘もふざけている訳じゃない。
私に魔力を譲渡し続けているため、彼女は彼女で衰弱状態だから。
「何なのよこの森!?どんだけ広いの!?そしている魔物も頭おかしいくらい強いし多いんだけど!?」
「ミュルクの森……聞いていた以上ですね~……。」
ここは、私が召喚された真聖ゼウス教皇国と、この肩で死にかけてる聖女様を除くと現在唯一聖女のジョブを持っているらしい王女様がいる神聖オリュンポス王国の間に広がる大森林だ。
いや、一応扱い的にはこの森も神聖オリュンポス王国なんだっけ?
どうでもいっか!
「舐めてた!ハッキリ言って舐めてた!勇者パワーならこんな場所簡単に走り抜けられると思ってた!ごめん!ホントごめん!」
「いえいえ~……私も聖女パワーで何とかなると思ってましたから~……。」
世界唯一の勇者と、世界で現在2例だけの聖女のコンビだ。
普通のルートじゃすぐ捕まってしまうと思って、敢えてこの森に飛び込んだ。
結果はこのザマだけれど。
この世界には、私が元居た世界には無かった魔力というものがある。
これを使えば、ファンタジーでお約束の魔法も使えるし、肉体や物を強化することもできる。
魔法を上手く使えない人でも、魔道具を使う事で生活を豊かにできるらしい。
ガスコンロの代わりに魔力コンロなんてものが使われてるのを見た時は驚いた。
ただ、魔力を使えるのは人間だけじゃない。
この世界には、魔物と呼ばれる存在がいる。
魔力を扱う人間の敵で、総じて驚異的な危険性を孕んでいる。
具体的に言うと、めっちゃ人間を殺そうとしてくる。
例えば、そう!
今私たちを追ってくる奴みたいに!
「これでも私勇者っていうジョブ持ってんのよ!?肉体強化しながら走ってんのに何アイツら平気で追って来てんの!?」
「勇者っていっても、位階が低いですからねぇ……。」
「悲しいわねホント!」
私が知ってるこの世界の情報はとても少ない。
追ってきてる魔物が何ていう種類なのかはもちろん、弱点があるのかすらわからない。
弱点に攻撃ができなければ、あとはあの見るからに分厚い毛皮をぶち抜く威力で心臓なり脳に攻撃をするしかなくなる。
まあ、もう魔力が足りなくてそんな攻撃できそうにないから走って逃げてるんだけれども。
私はゲームが好きだった。
だから、位階という仕組みを知った時にレベル上げするように位階上げもしたかった。
でも、この世界に私を召喚した奴らは、私を閉じ込め自分たちの都合のいいタイミングでしか外に出してくれなかった。
勇者のジョブのおかげで、魔王と戦う時はステータスが跳ね上がるので、敢えてレベル上げをする必要もないという理屈だったけれど、実際には自分たちが勇者を完全に掌握していると見せたいがためのアピールに過ぎないのはわかっていた。
結局私が倒したのは……違う、殺したのは、この世界を壊そうとする邪教徒ではなくて、私を召喚した奴等にとって邪魔だっただけの人だったらしい。
それを教えてくれたのは、多少ヤサぐれモードだったこの聖女様だった。
まあ、彼女も金払いの良い人間しか治療させない聖教の人間たちに嫌気がさしてたのもあったんだろう。
だから逃げた。
聖教でも序列が上の方のメンバーしか住めない城から、全力で逃げた。
人生で、ここまで必死に逃げてるのは当然ながら初めてだ。
必死という言葉は、必ず死ぬって意味なのかな。
だとしたら正に今の状況にピッタリ。
アハハ。
あー思考が混濁する!
ダメだダメ!
まず生き残ることを考えなきゃ!
死んだ時の事なんて死んでから考えればいい!
私は死にたくない!
聖女様も死なせたくない!
何だかんだでこの世界唯一の友達なんだから!
「聖女様!最後の魔力ポーションここで使うよ!」
「……そうですね、温存したまま死ぬのも悔しいですしねぇ……。やっちゃいますか!」
「了解!」
腰のベルトから薬瓶を取り外す。
この液体を飲むと、魔力がかなり回復する。
これ一本で、この世界の平民が10年生きられる金額らしいけれど、背に腹は代えられない。
背も腹も、生きているからこそ価値があるんだから。
高級品だからか、案外美味しい魔力ポーションを飲み干す。
これで後1時間は全力疾走できそうだ。
でも、全力疾走しても後ろからくる魔獣の方が速い現状で、それはあまり意味が無い。
ならやるべきことは1つ。
私は、腰のホルスターから聖剣を引き抜く。
先ほどまでケミカルライト程度だった光が、また眩さを取り戻していた。
「切り裂け!」
「なんど聞いても貴方のその掛け声かっこいいですよねぇ……。」
「アンタ割と余裕ない!?」
光の斬撃が飛ぶ。
何体かの魔獣を両断しながら、最後に爆発して更に多くの敵を消し飛ばす。
衝撃で魔獣たちが怯んでるうちに距離を稼ぐ。
これを数回繰り返し、30分もしないうちにまた聖剣の輝きが陰ってきた。
やっぱり体内や武器内に留めておくのと違って、外に魔力を撃ち出す使い方は燃費が悪い。
かといって、温存してたら絶対にここまで逃げてこれなかっただろうけど。
あとはもう小細工は無しだ。
というか、小細工する余裕が無いんだ。
とにかく走る。
走る。
走る。
走る。
大分森が開けてきた気がする。
もう少し頑張れば森を抜けられるかもしれない。
だけど、背後から私たちを追う魔物の息遣いを感じる。
これはいよいよダメかも……。
「私を捨てて逃げた方がいいですよ……?」
「は!?アンタ何言ってんの!?」
「単純な話です……私は現状ただの足手まといです……。それを捨てることで数秒を稼げるだけの囮にはなれるかもしれません……絶対に2人死ぬ状況を変えるために……もしかしたら1人だけでも助かるかもしれない未来に賭けた方がよくないですか……?」
確かに、このまま逃げて生き残れる保証はまったくない。
というか、多分2人とも死ぬ。
でも、もしかしたらこの聖女様を捨てて逃げれば私だけでも助かるかもしれない。
それはまあ理屈としてはわかる。
わかるけど。
「友達見捨てて生きていける程私も人間できてないのよ!!」
「友達……ですか……。」
「そうよ!悪い!?アンタしかこの世界で友達いないのよ私は!」
「奇遇ですね……。私も貴方しか友達なんて居ません……。」
「だったらゴチャゴチャ言わせないで!喋るだけで疲れる!」
理想論でもなんでもいい。
2人で逃げるって決めたなら、その誓いを守り通したい。
詰まらない意地かもしれないけれど、それが私が私だって道しるべだから。
まあ、そんな青い気持ちなんて、この世界は容赦なく踏みにじってくれる。
とうとう私の魔力も尽きそうだ。
回復手段もない。
聖女様も既に空元気を発揮することすらできないらしい。
魔力による身体能力の強化が切れる。
それでも慣性によって動いている自分の体に、強化の無くなった脚の動きでは追いつけない。
私たち2人は、かなりアクロバティックに転んでしまった。
あと少しで森が終わるのに、あと少しで逃げ切れたのに、魔獣の口の中がどんどん大きく見えて来て、
そして弾けた。
「おーギリギリ!大丈夫かそこの2人!?ちょっとそこで大人しくしててくれ!」
何故か、元の世界のSFに出てきそうな人型のロボットと、脚がいっぱいあってちょっと気持ち悪いロボットと、
「貴様ら随分ひどい傷だな……そこの男に治させるから、しばらく我慢するがいい。」
黒い翼に、黒い髪に、碧い瞳で、そして何故か胸がざわつく、あまりに浮世離れしている程美しい天使がいた。




