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「君は、正義とは何だと思う?」
純白の生地でできた高そうな服の上から、ゴテゴテと金と宝石類で固められた下品なアクセサリーを身に纏った男が話しかけてくる。
「さぁ?正義なんて人の数だけあるんじゃない?私にとって、って言う事であれば、今この瞬間だとカツカレーかしら。エビドリアでもいいわ。アナタには絶対用意できない食べ物だけれど。」
「異世界の食品……か。成程、それは無理だろうな。近い物なら用意できるかもしれんが。」
「でも、貴方自身は作れないのでしょう?手を見ればわかるわ。今までの人生、周りの人たちに指示するだけで、自分で何かを一生懸命作ったなんて経験無さそう。」
「ふっ……。確かに、私にそのような経験は無い。必要が無かったともいうがな。」
思わせぶりな話し方、舐めた態度、品の無い香水の臭い。
全てが気に障る男だ。
こんな奴が教皇なんて立場にいるのだから、この世界も救いようがない。
「君に教えておいてやろう。正義とは、私だ。」
「それは無いわね。」
「いいや、私こそがこの世界の正義なのだ。私が白だといえば、どんなに疑わしい黒でも白になり、例え黒だとしても、私が白だといえば純白の輝きを放つ。」
つまるところ、コイツは自分をゴミだと言いたいのだろうか?
だとしたら初めてコイツの意見に同意することになってしまうけれど。
「私を邪魔するものは全て消え去った。その結果、私はここにいる。」
「良かったわね。でも、相当恨みも買っていそう。後世の人々に、三日天下なんて呼ばれないと良いけれど。」
「それは無いさ。この部屋に入れるのは、私と君だけだ。私が君に危害を加えることはできないが、君も私に危害を加えることはできない。この部屋を作るのにどれだけ苦労した事か……。」
ビビりの方が長生きするというけれど、コイツがここまで生きていたのもそう言う事なのでしょう。
でも、本当にビビりなら死ぬ最後の瞬間まで隠れてればよかったのに。
そうすれば、目もつけられなかったのに。
「確かにこの部屋に入れるのはアナタと私だけかもしれない。でも、アナタは今日ここで死ぬそうよ?」
「……ん?何の冗談だ?ハハハ、誰が私を殺せるというのだ?」
「誰って、アナタが本当に敬虔な信者だというのであれば、わかるのではないかしら?」
目の前の男の醜い顔が、更に醜くなる。
怒りだろうか?恐怖だろうか?
まあ、どうでもいいけれど。
「ソイツによると、アナタにもう飽きたそうよ?」
「……まさか!いやありえない!何故ですか!?」
「何故って……、アナタ自分で言ったじゃない。自分を邪魔するものを全て消し去ったって。」
やはり、コイツは何もわかっていなかったようだ。
権力を求め、最も重要な事を忘れてしまった。
「邪魔も入らず、変化も起きないモノ。そういうの、一番嫌われるのよ?」
「そんな!?お待ちください!どうか!どうか今一度チャンスを!」
「神よ!」
その言葉を最後に、下品な男は消え去った。
まるで最初から存在していなかったように。
燃えたわけでも、腐り落ちたわけでもない。
ただ、そこにあったのは空気だけであるかのような物質の消失。
下品なアクセサリーと白い服だけが、彼が存在していた事を証明していた。
「……ハァ。何が勇者よ……。女の子と話したいなら、キャバクラとか言うとこにでも行けばいいのに……。」
数週間前、私はこの世界に召喚された。
高校3年の春休み明け、学校へ行こうと家の玄関を開けると、そこは薄暗い部屋だった。
事態が理解できず、慌てて振り返ってみても玄関は無い。
混乱する私に、周りを取り囲んでいた奴らは言った。
「勇者様」
と。
囲っていた人間たちの中で、もっとも偉そうだったのが先ほど消え去った男。
奴によると、異世界から人間を召喚すると、神の気まぐれによって何かしらの素晴らしい力が与えられるそうだ。
元の世界には存在しなかったジョブとスキルと呼ばれる力。
この世界で生まれた人々にも等しく与えられるそうだけれど、強いジョブとなると本当に稀らしい。
それに比べ、異世界から召喚された者に与えられる力は、方向性はまちまちだとしても、破格の性能の物なのだそうだ。
そのため、この世界では昔から何か困難な問題が発生した時には、異世界から人間を召喚しているらしい。
その者たちを勇者と呼んで、世界を救ってほしいと懇願するのだ。
呼び出した時点で、互いを傷つけられないという縛りを課しながら。
何て身勝手なんだと最初は思ったけれど、それでもこの世界の人たちが救われるのであれば……と納得しようとした。
しかし、いざ外へ出て見れば、私の役割は世界を救う事では無かった。
あくまで、この宗教団体の邪魔者を倒すための存在。
それが、異世界から召喚された勇者というものだった。
私に与えられたジョブは、そのままズバリ『勇者』。
魔王が存在している時にしか与えられないジョブであり、位階の上がる速度も、位階が上がる際の上昇ステータスも破格。
魔法は、見ただけで覚える事ができ、1回までなら生き返れる。
そして、魔王と戦う時だけ身体能力が100倍になるんだとか。
明らかに悪ふざけの産物だ。
ゲームでこんなキャラを出したら、SNSは即炎上だろう。
だけど、このジョブを作った奴等にとってみれば、おふざけでもなんでもないらしい。
つまり神様たちだ。
何ぜそんな事が分かるかというと、奴らが自分たちから話しかけてくるから。
勇者というジョブは、神からの声を受信することがあるらしい。
その神が言うんだ。
「あの迷惑な魔王を殺せ」
って。
私からしたら、アンタの方がよっぽど迷惑なんだけれど、気にならないらしい。
寧ろ、この無礼な神を名乗る奴を怒らせる魔王とやらに興味が湧いてしまうほどだ。
「終わりましたか?」
「……ええ。見てて気持ちのいい物じゃなかったわ。」
「でしょうね。まったく、次はどんな方がこの地位に就くのでしょうか。たとえ誰だとしても、半年もてばいいほうだと思いますけれど。」
新たに入ってきたこの女の子は、この宗教団体で聖女と崇められている人らしい。
宗教内で上からの序列が2位までの人間しか入れないこの部屋だけれど、教皇が死んだおかげで聖女が入れるようになったようだ。
この宗教は、聖地であるこの場所を中心とした宗教国家を本部として、他のこの宗教を信奉する国々に支部のようなものが作られているそうだ。
本部と各支部でそれぞれ一人ずつ、回復魔法、もしくはスキルが使える若い女性を聖女と認定しているんだとか。
とは言っても、回復魔法やスキルは大抵そこまでの効き目が無い。
ただたまに、聖女というジョブを与えられて生まれる者が出る。
このジョブを与えられたものは、他にどんな候補者がいたとしても繰り上がりで聖女に認定される。
何故かというと、それだけこのジョブが強力だからだ。
体の欠損部位を再生するほどの強力な回復の力、それがこの聖女の特異性だ。
現在、この世界で把握されている中だと、2人の女の子が聖女というジョブを持っているらしい。
1人は、神聖オリュンポス王国の第1王女イリア・オリュンポス。
彼女は、聖女というジョブを持ちながら、それを使いこなすことができない半端者だったそうだ。
だから、この宗教内では彼女を軽視する動きもあったそうだけれど、勝手に期待して勝手にがっかりしたのに、勝手に嫌がらせするこいつらの人間性は腐っている。
まあ、彼女自身権力に執着が無く、最近聖女の位も王位継承権も捨てて下位貴族と結婚した変わり者だったそうだけれど。
そしてもう1人の聖女ジョブもちが、今目の前にいるジャンヌだ。
聖女もまた、神々から神託が下ることもあるジョブで、今日この瞬間ここで教皇が消去されることも教えてもらっていたらしい。
多少なりともこの娘の好感度を上げていれば警告くらいはしてもらえたかもしれないけれど、権力欲に憑りつかれ、全てを支配したつもりになっていたあの男には大した効果は無かったかもしれない。
人間が1人消え去ったというのに、このジャンヌにとってどうでもいい存在だったからか、何の感慨も沸いていないようだ。
どうせ今回も、次の教皇を神様から教えられて、そのまま新しい支配者が任命されるだけでしょう。
私も、そしてきっとジャンヌも、この宗教にうんざりしていた。
無責任で傲慢な神に、何も期待できなくなっていた。
どこかにいないだろうか。
私を元の世界に戻してくれるか、もしくはこの世界で死ぬまで生きていたいと思えるような何かを用意できる誰か。
「はぁ……。聖女を辞めたら、私も恋しても良いのでしょうか?」
「良いんじゃない?てか辞めちゃう?逃げるなら私も一緒に行くよ?」
「まあ!それは素敵ですね!では今すぐ逃げましょう!」
……え?マジでこの娘言ってるの?
ちょっとした冗談のつもりだったんだけど……。
まあいいや。
この宗教に義理も何も無いし、本当に逃げちゃおっと。
行き先は……そうだな。
例の元聖女様がいる神聖オリュンポス王国にしようかな。




