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機械仕掛けの人形師  作者: 六轟
第3章

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60:

 私の名はアルゼ。

 姓もありますが、名乗ることは許されておりません。


 父は貴族で、母は使用人。

 無理やりの関係で作られた子供が私です。

 被害者は、どう考えても母のはずですが、責められるべき父はお咎めなし。

 母の妊娠が発覚した後も、仕事をクビにされる事は無く使用人を続けていた母ですが、夫人からの覚えは最悪。

 当然ではありますが、夫が自分以外の女に夢中となれば、怒りの矛先が向くのは夫かその相手でしょう。

 ですが、そこで私の母を恨むのは理不尽だと今でも思います。

 無理な仕事を押し付けられたり、いびられるなんて日常茶飯事。

 酷いと扇子で叩かれていました。


 夫人からの呼び名は、いつも「売女」でした。


 それでも母がこの屋敷で仕事を続けていたのは、偏に私のためでしょう。

 この世の中、母一人子一人で生きていくのは並大抵の事ではありません。

 仕事も一から探すとなれば尚の事。

 少なくとも、私はこの屋敷に住んでいる間、食べ物には困りませんでした。

 暖かいものを出してもらえた覚えはありませんが。


 私も小さいころから屋敷の手伝いをしていました。

 母は、その事で私によく泣きながら謝っていましたが、私は別に辛いとは思いませんでした。

 たまにお使いを頼まれて出かけると、必ず浮浪児を見かけます。

 服はボロボロで異臭が漂い、栄養状態も悪いのか肉付きが悪く活力も無い。

 彼らと比べれば、母と一緒に生活できていて、とりあえず食べるものにも困っていない私は幸せでした。


 それに、この屋敷には、母以外にも1人だけ私の味方がいました。

 リリス。

 それが彼女の名前でした。

 同い年で、父と夫人との間に生まれた子供。

 つまり、私の異母姉妹ということになりますか。


 同い年の私たちは、自然とすぐに仲良くなりました。

 ですが、仲良くしているところを夫人に見られると怒られるため、いつも人目を忍んで遊んでいました。

 私の立場上、屋敷の外の子供と遊ぶこともできなかったのと、リリスが少々人見知りだったのもあり、お互いが唯一の友達だったと言えるでしょう。

 まあ、本当は姉妹なのですが。


 いつも表情があまり変わらず暗い雰囲気の私とは正反対に、リリスはとても明るい子でした。

 なぜこれで人見知りになるのかわからないと思う程度には。

 私には全く臆さず話せるのに、何故か他の者とは上手く話せません。

 慣れれば多少話せるのですが、慣れるまでがとても長く、その期間を待ってくれる子供などそうは居ません。

 親同士が仲良くさせようと自分の子供を連れてきたところで、リリスは自分の使用人の後ろに隠れているだけ。


 初めのうちは、成長すれば人見知りも解消されるだろうと楽観視していた父たちも、成長しても改善される兆しが全く見えないリリスに焦りを覚え始めました。

 人見知りの原因は何なのかを考え、たどり着いた答えが、私と遊んでいるからという事だったようです。


 上手く隠れて遊んでいたつもりだったのですが、そこはやはり子供の浅知恵。

 実際には、多くの使用人たちに目撃されていたようです。

 多くの者は、面倒な子守りを押し付けられると思い見逃していたようですが、父たちがリリスの人見知りの原因究明をしようとしていると聞いた一部の使用人が、点数稼ぎに密告したようです。


 父と夫人は、烈火の如く私を叱責しました。

 母も庇ってくれましたが、流石に夫人に腹を何度も蹴られては耐えられなかったようです。

 ビクンビクンとした後、動かなくなりました。

 それを見て、夫人は狂ったように雄たけびを上げ、興奮したように私への殴打を再開しました。

 その光景を見て戦慄している父にも気がつかない程の精神状態だったようです。

 母を殺した夫人ですが、特に犯罪に問われる事は無く、後からわかった話ですが、暴れた馬に殺されたことになっていました。


 夫人がつばを飛ばしながら叫びます。

 そのつばが顔に掛かり、更に母の血が混じった吐しゃ物の中に叩きつけられ、とても不快でした。


(汚い……。)


 痛みも何もかもが麻痺し、ただただ汚いという気持ちしか湧きませんでした。

 これが、私の潔癖症の発端でしょう。

 潔癖症の方の中には、菌がどうのと嫌がる方も多いようですが、私はとにかく自分が汚いと思ってしまったものは、それが何であれ汚く感じてしまいます。

 汚いものが触れた物もやはり汚く感じ、触れた所を石鹸でしっかり洗うまで落ち着けません。


 そしてこの日以降、リリスと会う事は固く禁止されました。

 たまに遠目に見る機会がある程度です。

 私の住まいも使用人寮ではなく、敷地内の端に作られた小屋になりました。

 今まで屋敷内の雑用を行っていましたが、新しい私の仕事は馬の世話です。

 といっても、多くのウマを世話するようなものではなく、私の母を殺したことになっている馬を可能な限り長生きさせるように飼うという仕事です。


 これは、夫人にとってとても気持ちのいい拷問のつもりだったようです。

 私にとっては、ただの普通の馬の世話でしたが。

 困った事といえば、とにかく臭くて汚いということ。

 馬は、よく食べよく出す生き物です。

 その生き物を清潔に保ってやるためには、こちらがドロドロになるくらいの苦労が必要です。

 屋敷の中からこっそりと石鹸を盗んできて、それで手の皮がひりひりするくらい洗っていました。

 洗っても洗っても体から汚れが落ちていない気がして、体の中身を全て交換してしまいたい気分にさせられます。


 それでも、まだこの時はマシな方の扱いだったとわかったのは、私が10歳になってジョブを得てからです。

『淫魔』、それが天が私に与えたジョブでした。

 周囲の性的な興奮を増幅させたり、興奮自体を糧に自分を強化できるというものでしたが、母を「売女」と呼び続けた夫人にとっては、攻撃する格好のネタだったようです。

 週に何度か、飽きるまで私を扇子で打ち、「売女」と吐き捨てるようになったのです。


 この頃から、私への食糧供給は無くなりました。

 生ごみが小屋の前に捨てられるようになりましたが、どう頑張ってもあんなもの食べられません。

 一度馬用の飼い葉や豆を食べてみたこともありますが、激しくお腹を下したのでそれ以降試していません。


 あまりの飢餓感に、私は近くの森へと赴きました。

 何か食べられる草や木の実が落ちてないかと思ったのです。

 そんな知識も無かったため、結局碌な食料は得られませんでしたが。


 しかし、幸か不幸か、私には淫魔というジョブがありました。

 淫魔とは言いますが、これは別に自分が性的な行為をする必要はありません。

 周りから吸収するだけで、自分の体を生かしてくれるエネルギーが補給されていくのが分かりました。

 吸収する相手は、森の草花や虫たち。

 人間では無くても、生物の営みの中にある者たちであれば問題が無いようです。


 夫人や他の使用人たちは、私がいずれ餓死すると思っていたようで、いつまでたっても死なない私を見て相当不思議がっていました。

 寧ろ、このジョブを得る前より相当健康的な体となっていったので。

 ジョブの影響なのか、私の胸は男をとても興奮させる大きさになりました。

 何度か私を押し倒そうと男の使用人がやってきましたが、その度にジョブの力を使って脳を過剰反応させ、再起不能のダメージを負わせてから使用人寮前に捨てていました。


 どんなに辛い生活でも、慣れてしまえば案外続くもので、私はそのまま18歳までそこで暮らしていました。

 その間、何も食べていません。

 どういう仕組みなのかはいまいちわかりませんが、ジョブでエネルギーを吸収するだけで事足りたようです。

 もっとも、潔癖症になってしまったことで、誰かの手が触れたであろう料理を食べるのが困難になっていたのもありますが。



 転機が訪れたのは、森へ出かけエネルギーを吸収するという日課をしている最中でした。

 最近、妙に森の中が騒がしいとは思っていたのですが、その日はとても森の中が焦げ臭く、山火事でも起きているかのようでした。

 一応確認のため森の奥の方まで進んでみると、何があったのか黒焦げになった魔獣たちが落ちていました。

 1頭や2頭ではなく、辺り一面に広がる魔獣の死体からは、まだ細く煙が上がっているような状態。


(これは……まずい……。)


 私の本能が、ここにいるのは危険だと囁いてきます。

 だからすぐに逃げようとするのですが、何故か脚が動きません。

 それどころか、何故かこの焼け焦げた魔獣たちの間を縫うように、私の意思を無視して歩きはじめてしまったのです。


 何が起きているのかさっぱりわからないまま、私の脚が向かった先は、魔獣ではなく人間の焼死体がある場所でした。

 なぜこんな所に人がいるのかとも思いましたが、それよりも自分の体のコントロールが効かない事の方が問題です。

 そうこうしているうちに、私の手はその焼死体へと伸びていました。

 焼かれても完全に服が無くなるわけではないんだなと感心したのを覚えています。


 汚くて、気持ち悪くて、絶対に触りたくない筈のそれの懐をまさぐり、私の手が取りだしたものは、黒い翼の形をした飾りのようなもの。

 とても禍々しい雰囲気を醸し出すそれは、一瞬光ったかと思うと黒い煙のようになり、私の体に吸われていきました。

 どう考えても不味い状況のはずなのに、何故かそう感じる気持ちは薄れていき、すぐに違和感も薄まります。


 逆に、何故か私の中に怒りや憎しみが湧いてきました。

 何故、私がこんな目に合っているのか。

 何故、誰も助けてくれないのか。

 何故、神はいつも私にこんな嫌がらせをするのか。

 何故、石鹸を無料配布してくれないのか。


 あれ?神様になんて会ったことは無いはずですが、何故かすごく何度も会って、その度に負けてきたような屈辱が蘇ります。

 頭のどこかで今の自分がおかしいという事はわかっても、じゃあどうするかという事を考えられない状態。

 そんな中、私の頭を支配していたのは、私を苦しめた家族や、女神を奉じるこの国への復讐でした。

 いや、この国に対しての復讐なんて今まで考えたことも無かったのですが、何故かこの時からそれも目的に追加されていました。

 きっと、それらを奇麗に掃除出来たら、私はスッキリする気がしました。


 気がつけば、いつの間にか私の家はお取り潰しとなっていました。

 犯罪行為の証拠集めも告発も、全て私が行ったにもかかわらずです。

 頭と体が別々に存在しているかのようなフワフワとした感じ。

 誰かに操られているかのような感覚が続きます。


 もし私を操っている人がいるとしたら、その人はとても優秀な人だと思います。

 現に、私は数か月で第2王子の秘書へとなり上がっていました。

 まあ、彼は性格が悪く、求心力も無かったため、優秀な人材が自分から名乗り出れば即採用していたというのも大きかったのでしょうが。


 このバカ王子を利用して、王都に古代から残されている超広域魔道具を用いて、神々が楽しく遊んでいるこの国の人間を全員エネルギーに分解し、それらを全て吸収することで神に等しい存在へと戻る。

 そんな計画を黙々と遂行しているその誰か。


 憎しみなどの悪感情と一部の記憶を私に植え付ける事で操っているようですが、どうも私が潔癖症なせいで、その方の計画にも多少影響が出ているようです。

 まず、私を操っている方は、私に女の体を使っての計画遂行をさせたかったようですが、誰かと体が触れ合うなんて絶対無理です。

 握手する時でも手袋を外さない私に、そんなことをさせるのは無理だと早々に結論付けたようで、そこからは絡め手の連続。

 私ひとりじゃ絶対思いつかない発想がどんどん頭に湧いてきて、それを第2王子に教えれば、国政にも良い影響がすぐに出始めました。

 これにより、第2王子の派閥が多少力を取り戻していったので、それだけわかりやすく結果が出ていたのでしょう。

 第2王子から私への評価と信頼はうなぎ登り。

 今なら何を指示しても疑いなく行う事でしょう。


 ですが、事あるごとに胸を触ろうとするのは許せません。

 手を払うだけでも、手洗いに行く回数が増えて肌が荒れます。

 いっそのこと王子の腕を2本とも斬り落としてしまいたい所ですが、返り血も汚そうなのでやめました。


 そんな中、私の、もしくは私を操っている者の計算外の出来事がありました。

 ダロス・ピュグマリオン男爵という方が、短期間で頭角を現してきたのです。

 イリア王女殿下の派閥に属している唯一といってもいい貴族だそうですが、元々はピュグマリオン公爵家の末っ子だったとか。

 ジョブに恵まれず、冷遇をされていたという噂は聞きますが、後は結婚式が派手だったという事しか知りません。

 強いて言うなら、イレーヌ・ソルボン伯爵令嬢という社交界でも人気の方と結婚したことで、いらぬ妬みを買っているようだという認識です。


 大きな魔道具みたいなものを操っているようですが、私にはアレがなんなのかよくわかりません。

 私に植え付けられた記憶だと、恐らく神の使徒になって得た力だという事で、警戒度は上がっていましたが……。

 それでも、メーティスへと赴き学園に通っているという事で、常に動向を把握しておくような対象にはなっていませんでした。


 しかし、気がつけば隣国との小規模な戦争を即時集結させ、ドラゴンを倒して王都に凱旋したのです。

 驚きを通り越して、もはや不気味でした。

 神から力を与えられたからと言って、ここまで派手な者なんて今までにいたのでしょうか。

 よっぽどの目立ちたがり屋か、もしくはよっぽど運が悪く巻き込まれてるだけなのか、それすらわかりません。

 最悪な事に、第2王子のバカが以前勝手に暗殺者を送り込んだというではありませんか。

 バカなんですか?


 何とか男爵から敵意を持たれないように、友好関係を築こうと思っていた矢先に、今度は第1王子がやらかしたというではありませんか。

 本当にバカなんでしょうかこの兄弟。

 第3王子もかなりアレだったようですが。


 そして、イリア王女殿下は、王女でありながら男爵と婚約してしまいました。

 恐らく今の王家の王子と王女の中で一番優秀なのは彼女なのでは無いでしょうか。

 にも拘らず、王位には興味が無いようでこちらとしては助かりますが。


 なんとか男爵と交友を持つか、最悪でも敵対しないようにしようと、彼へ贈るものを考えました。

 調査によると、かなりの女好きだとか。

 周りには女性を多く侍らせ、既に2人もいる妻は、結婚後ほどなく妊娠しているようです。

 戦争に勝ったのも、ドラゴンを討伐したのも、イリア王女殿下との婚姻を認めてもらうための箔付けだったと考えれば納得できます。


 というわけで、いつか役に立つだろうと思い確保しておいた令嬢たちを使いましょう。

 彼女たちは、親族が不正を働きお取り潰しになったり、自身が何かの問題を起こして貴族籍を剥奪された者たちです。

 私が強引に予算を付けて、空いていた元貴族の屋敷で生活させていました。

 美人揃いですし、娼婦になるよりは貴族の愛人にでもしてもらう方がきっと幸せでしょう。

 現在殆ど使用人もいないようなので、最悪は一から使用人教育を受けさせてもらえるかもしれませんし。

 その中にはリリスもいますが偶然です。

 彼女は、憎くて憎いあの父親とその嫁の子供なので別に幸せになってほしいとは思っていません。

 今私は憎しみに支配されているのです。


 ある程度計画を立てて、男爵の屋敷を訪ねた私。

 しかし、男爵は忙しいのか出かけているようでした。

 こういう場合、私はとても困ります。

 出されたお茶も、菓子の類も、汚く感じてしまうのです。

 ここでも同じように色々出されましたが、殆どが食べられません。

 そもそも、もう10年近く何も食べていないのですが。


 しかし、一つだけ私でも食べられるものがありました。

 個包装されたクッキーです。

 なんと、製造工程が全て魔道具によって行われているそうで、素材の投入後は人間の接触が全くないそうです。

 私だって甘い物は好きです。

 リリスに分けてもらったお菓子はとても美味しかったのを覚えています。

 殆ど無意識のうちに、久しぶりの甘味を摂取してしまっていました。

 口の中に広がるサクッとした食感と甘さ。

 涙を流さなかった自分を褒めてあげたい所です。

 長期間食事をしていない人間は、消化器官が機能しにくくなっているという話を聞いたことがありましたが、私の場合は特に問題がありませんでした。

 恐らくジョブによるエネルギー補給によって、体の機能を損なわずに絶食できていたのでしょう。

 クッキーを10枚食べても何も起きなかったので間違いありません。

 ……卑しい者だと思われたでしょうか……?


 気がつくと、この屋敷に来てから数時間が経っていました。

 帰って来た男爵に待たされたことを謝られましたが、あまりに堪能していたため一瞬でしたとはいえません。


 初めて会った男爵は、特別凄そうには見えませんでした。

 私に植え付けられた記憶によると、女神の気配がするということでしたが、よくわかりません。

 強いて言うなら、私の胸に視線が行く回数がとても多いのが印象的でしたが。

 これは、女好きという噂の信ぴょう性が増しましたね。

 屋敷内の女性たちもとても幸せそうにしていますし、純潔を奪われる覚悟さえ決めれば、リリスたちも幸せになれるのではないでしょうか。

 いえ、別に幸せにしようとは思っていませんが。


 試しに私の体を使ってみましたが、反応から察するに効果は覿面です。

 倫理的な物でイマイチ踏み出せないようですが、押せばいけそうです。

 結局、当日用意しておくように言われたのは果実水だけでしたが、問題ないでしょう。

 逆に本当に私の胸を触ろうとしてきたらはたいてしまっていたかもしれませんし。


 男爵邸から引き揚げようとしたときに、男爵から渡されたハンドソープというものは、私の世界を大いに変えてしまいました。

 何でしょうかこれは。

 頭の部分を押すことで手軽に手を洗えて、しかも肌に優しいそうです。

 香りも良く、バラか何かの香料がつかわれており、高級感もあります。

 最近売り出された商品だという事で、次に会った時に大量購入を即決意してしまうものでした。

 もうこの国をあーだこーだするより、これを使って奇麗にしながら生活しているだけでもいいのではないか……?なんて考えも浮かんでしまう程。

 あとは、クッキーとリリスがあればそれでいいのでは?

 私に植え付けられた記憶と感情が、それを必死に否定してきたので一応言う事を聞いておきますが。


 次の日、王城までやってきた男爵は、私にハンドソープを売ってくれるだけではなく、職場環境の心配までして下さいました。

 この人になら、おっぱい揉まれても良いとすら思えます。

 計画が失敗したら私も愛人になりましょうか。

 あとその使い捨て手袋というのもあるだけ下さい。


 第2王子と男爵の会談は、はっきり言って大した意味はありませんでしたが、それでも男爵が元貴族令嬢たちさえ希望するなら引き取るという言葉を引き出せたので良しとしましょう。

 恐らく、そこまで敵対的な関係にはならないでしょう。

 バカ王子が早々にバカをやらかしてくれたおかげで、それ以上のバカを晒す前に会談を切り上げられたのも良かったかもしれません。

 男爵に思わず私のジョブが淫魔だという事を教えてしまいましたが、蔑むような態度はありませんでした。

 それだけでも私の中で好感度が急上昇です。

 にも拘らず、その後は私を想ってのヘッドハンティング。

 思わずYESと答えそうになったのを、私の中のアレが必死に食い止めます。

 はいはいわかりましたよ。


 私の計画だと、時間稼ぎさえできれば、いくら男爵と言えど邪魔をする機会すらなく終わるでしょう。

 だから、私から敢えて彼に戦いを挑む必要などありません。

 ただ黙って私にハンドソープと使い捨て手袋とトリートメントというのを供給していてください。

 あ、あと個包装のクッキーもお願いします。

 お金ならあります。

 食費かからないので。



 そんな折、私の計画は一瞬にして頓挫することになった。

 何故か、王都を大きく囲んだ円状の古代魔道具が、突如として機能不全になりました。

 装置のどこかが断絶したような反応です。

 防衛用のクイーントールアントの反応もほとんど消えてしまいました。

 性欲等を操るスキルを利用することで、知能の低い魔物相手であれば思考すら乗っ取れるようになった私が用意した最強の防衛機構なのですが……。

 しかも、バンバン卵を産んで増えてくれるので、淫魔のジョブを持った私との相性も良し。

 試しに配下にした狼よりよっぽど使い勝手も良く、重宝していた彼らが全滅……。

 数日前に、多数のクイーントールアントの反応が消えたのも気になっていましたが、こんどの事態はそれをはるかに上回るトラブルです。

 流石にこれは、私自身が確認に行く必要があります。


 古代魔道具の断絶している部分は、反応によるとメーティスとの間にある地下への入り口付近のようです。

 というわけで、私はこっそり王城から抜け出し、淫魔らしく空を飛んで向かいます。

 淫魔は飛べるらしいです。

 実物は見たことありませんが。


 まっすぐに入口へ向かっていると、今度は狼たちの反応が消え始めました。

 消えていく地点へ向かうと、謎の巨人と巨大な虫のような何かが。

 取り囲んだ狼を巨人が蹴散らす様に屠っていました。

 よく見ると、巨大な虫のような何かの中で、男爵と少女たちが食事をしています。

 何なんでしょうかこの状況?

 男爵が古代魔道具を破壊したのでしょうか?

 まさか、私の計画に気がついた……?


 恐らくですが、もし私の計画に気がついていて、男爵が正面から私と戦おうとした場合、私は勝ち目がありません。

 あの巨人の拳一発でミンチにされるでしょう。

 私が戦いに使える能力なんて、性欲を暴走させるような半端な物しかありませんから。

 私に植え付けられた記憶によると、他にも湧き上がる大量の魔力で色々できるようですが、そもそも他人に触れるのが嫌な私に戦闘とか向きませんから。

 ハンドソープで洗うにしたって、やらずに済むならそれに越したことはありませんし。

 そもそも、それを供給してくれる人を害するとかバカなんですか?


 あ、でも私の計画だとこの人もエネルギーにしちゃうんでした。

 やっぱりこの計画は無かったことに……あ、だめですか記憶さん……?


 なんて考えている間に、どうやら周辺の狼たちは一掃されたようです。

 あの狼、ポンポン増えてくれるかと思ってたのですが、群れの中の最強のメスと最強のオスしか交配しないため、淫魔の私とは相性が最悪でした。

 今のうちに逃げよう、と思った瞬間、巨人たちの瞳が一斉にこちらを向きました。

 心臓が飛び出るかと思う程の緊張が私を支配します。

 私に植え付けられた記憶が今すぐ撤退しろと叫んでいますが、無理無理無理です。

 だって、あの巨人の瞳からなんの感情も感じられませんし。

 今私が変な事をすれば、一瞬で殺しに来るでしょうし、恐らく私はそれを避けきれない。

 生物でもなさそうなので、私のジョブは効かない。

 これは詰みました。

 何とかおっぱいを揉ませるだけで許してくれないでしょうか。

 最悪キスまでは許しますから……。



 数分後、変な虫みたいな乗り物の中で個包装のクッキーをご馳走になっている私。

 どうしてこうなったんでしょう?



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