愛の逃避行の行く末
ふわふわ設定の勢いだけで書きました。
厳かな空気の中1組の男女は神父様に向き合う。
神父様が背負うステンドグラスはまるで2人を祝福するかのように美しく輝いて見えた。
政略結婚とはいえ次期侯爵家当主と伯爵家令嬢との結婚式は慣例に基づきながらも出来る限り厳かに、そして煌びやかになるように計画されていて、それは確実に実行されていた。
「新郎ブラッド・ディーン・クラークよ。
あなたは新婦キャシー・サン・キャラダインを妻とし、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、死がふたりを分かつまで命の続く限り、これを愛し、敬い、貞操を守ることを誓うか?」
「誓います。」
男は女が自分を愛していないのを知っている。
自分も愛してはいない。
だが愛のある結婚なんて政略結婚よりも価値のないモノだと思う。
自分達は貴族として生まれ貴族として生きて貴族として死ぬ。
国の発展も国民の安寧も背負う側の人間である。
だからこの結婚に対して不満は1つもなかった。
しかしいざ結婚式が始まり伯爵家当主にエスコートされ今は横にいるこの女は、不満を完全に隠しきれていない。
親の決めた結婚に不満を感じるのだろうが顔合わせ時からずっと咎められない程度の不満を小出しをしてくるこの女はちゃんと侯爵家夫人としての仕事をしてくれるのか疑問にも思う。
結婚とは家と家の繋がりが重要であり個人の感情など入る余地なんかないにも関わらず、この女の態度はどうなのだろうか。
両親の人を見る目と伯爵の教育に疑問を抱いてしまいそうになる。
「新婦キャシー・サン・キャラダインよ。
あなたは新郎ブラッド・ディーン・クラークを夫とし、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、死がふたりを分かつまで命の続く限り、これを愛し、敬い、貞操を守ることを誓うか?」
「…ちか「待ってくれ!!」」
誓いの言葉の前にワザと間を置く女にため息を我慢した瞬間、参列者の中から男が飛び出してきた。
どんどんと近付いてくる男を止める者はいない。
あってはならない事態にどう動けば良いのか判らないのだ。
それは他の参列者もそうだし形だけの護衛もそうだし私もそうだ。
まさか男を止める為にヴァージンロードに侵入して良いかも判らないし俺も儀礼用の武器を抜くワケにもいかない。
思考は回転するが故に固まり動けない我々をよそに女は男に駆け寄り男は先程まで俺の隣にいた女を連れ去り、教会を出て少しした処で2人は取り押さえられた。
さて、問題は色々ある。
式中に花嫁を連れ去る行動に出た男も、嬉々として自ら男の手を取り共に式から逃げた女にも、そんな男を参列者に選び娘の管理が出来ていない伯爵にも。
当然の事だが披露宴は中止。
三次まで押さえていた各披露宴会場は急遽夜会会場に模様替え。
式場から退出して式に参列した約半数がこの事態に対応する為の話し合いに参加する事となった。
女はまだ誓っていなかったが、私は誓ってしまっていたのだ。
まったく侯爵家にとってもある意味伯爵家にとっても最悪なタイミングで式をブチ壊してくれたものだ。
男と女は教会側の御厚意で自殺防止の為に猿轡をして椅子に全身を縛り付けた状態で匿ってもらっている。
まだ死なせるわけにはいかない。
「さて、どこから手をつけようか…。」
想定外の事態に父親が悩む姿を晒している。
母親ですらもずっと怒りを隠していない。
今日は珍しい光景が見れたな…と少し現実逃避しそうになる。
「父上、もう伯爵家の事は諦めましょう。
このような事態を引き起こし既に此方にも被害があります。
今伯爵家を庇えば侯爵家の致命傷となります。」
「そんなのは分かっておるわ。
どれをどのようにすれば汚名を少しでも返上出来るか、という話だ。」
伯爵家側はそれ以降の話し合いに「はい。」以外言葉を発しなかった。
結婚式ブッ壊れ事件から3日後、私達は王宮にお呼ばれされた。
今回の結婚は王家も気にかけてくださっていたのだから当たり前だ。
ワガママを言えばもう少し時間がほしかったが、まあ3日も待ってもらえたのだからこれ以上は望むまい。
因みに伯爵家はあの後すぐに王都にある屋敷で自宅謹慎、王家の監視下にある。
「さて、ここは王宮。
今回は私的な会合となっておる。
それゆえ直答を許そう。楽にせよ。」
頭を上げて私はまた頭を下げたくなった。
国王陛下のみならず王妃様と王太子夫婦、宰相様までいらっしゃるのだから。
いくら侯爵位が貴族の階級の上位だろうと関係ない。
まさしく国のトップの家族、ロイヤルファミリー勢揃いといった風景をこんな間近で拝む事ができ、もはや現実味をなくしてしまった。
少し固まってしまっていた私が周りを見渡すと私に注目が集まっている。
固まっている間に何やら粗相をしてしまったのだろうか?
それとも固まっていた事自体が粗相だったのだろうか?
焦りとりあえずは謝罪しなければと頭を下げてしまう私に、国王陛下は「ハッハッハッハッ」と笑ってくださった。
「息子よ…結婚出来る歳になってもまだ未熟よ。
もう1人の自分をしっかりつくらんからそうなる。」
「よいではありませんか、侯爵閣下。
この場においてはそれもまた正解だと私は思いますよ。」
声色だけで父上が私を残念な目で見ているのが分かる。
恥ずかしさで顔を赤く染めている自覚があり未だ顔を上げられない私に声の若さ的に王太子殿下だろう方のフォローが入り、追撃の羞恥に更に頭が下がる。
「庇われたワケではないのですよ、ブラッド次期侯爵。
貴方のその隠しきれなかった私達への忠誠心に、私達は安心を重ねる事が出来た。
それは国にとっても王家にとっても喜ばしいものですから、あまり彼をいじめてはダメですよ?侯爵閣下。」
「…あまり息子を甘やかさないでくださいませ、王妃殿下。」
何やら気安い雰囲気が流れているが気のせいか?
しかもサラッと言われたが王妃殿下は私を次期侯爵と呼んだ。
これは王家にも私が次代の侯爵だと認められたと思っていいのか?
いや、私的な会合と宣言なされた後ということは現時点ではそう思っている程度の認識にしておこう。
「さて、概要はその日のうちに報告はされているが本人目線での話も聞きたい。
後処理の話はそれが終わってからでいいな?」
否と言えるはずもなし。
そして父上から事前に当日の説明を任されていた私は言葉を用意していたのもありスムーズに説明出来たと思う。
本人目線で、との注文もあり包み隠さずにその時その時に思った事も報告しておいた。
「…物語さながらね。
物語だから許されるのであって、現実に起こってしまえば悲劇しか生まれないのだけれども…。」
王妃殿下の感想が全てである。
国教を蔑ろにしていないアピールの為には私の誓った言葉は実行しなければならない。
つまり死がふたりを分かつまであの女を妻としなければならないのだ。
この時点であの女の死亡は確定。
女を連れ去った男も子爵家の嫡男で法的にはまだ貴族ですらなかった。
そんな男が侯爵家と伯爵家の契約をぶち壊す行動をとれば、その一族がどうなるかなんて言わずもがなだろう。
そして伯爵家だ。
王家が注目する事業の立ち上げの為の婚姻を台無しにした。
侯爵家の顔に泥を塗った。
国教の教会で行われた行事を中断、中止させた。
全方位に喧嘩を売って、没落は確定。
何故このような事態になったかの調査や、この事態をどれだけ利用出来るかの調整なんかに奔走した。
3日ではまだ粗く大雑把な道筋しか出来ていないが、それを踏まえて父上が報告をした。
「では事業に携わっていた伯爵家側の貴族は一族全て平民落ち。
伯爵家と事業の中心に近い伯爵家側の貴族は罪を被せられるだけ被せて引き摺り回しの刑にでもするか。
伯爵の領地は王家として事業は侯爵家が独占、てところか。」
「我が家が完全に被害者だと王家に宣言していただけるならば事業に王家も形だけでも参加する、というのはどうでしょう?」
「それは侯爵家にとって都合が良すぎではないか?
宣言はまあ、しよう。
であるが事業に王家が関わったという箔が付けば他の貴族は真似がしにくくなる。
利益の半分を貰っても他の貴族の顰蹙を躱す労力に見合わんよ。」
「それはそれは…。」
そんな人の命や何万という民の暮らしに関わる事が雑談のような会話で決まってゆく。
自分はまだこの領域にいない。
その肩にかかる責任に立ち止まり考え込んでしまうだろう。
目の前で行われるようなスピードで物事を決定する覚悟がまだ出来ていない。
不敬かもしれないがこの光景をしっかり脳に焼き付けるように国王陛下と父上の会話に集中する。
いずれは自分も出来なければならない領域なのだ。
そんな姿を王太子夫婦と宰相に微笑ましく見られている事にまだまだ未熟な次期侯爵は気付く事が出来なかった。
男と女は裸に猿轡を噛ませた状態で縛られて馬で引き摺り回しの刑に処された。
男女の関係を持っていて、更に事業を利用してやりたい放題し、それが私にバレかけた故の逃避行決行という筋書きになった。
伯爵家は娘1人満足に育てる事も出来ない愚者として降格。
降格に伴い伯爵家の仕事を洗えば不正のオンパレードで一族全員を鞭打ち後民による石打ちを行い火炙りにて処刑された。
歴史にも残されない非道な一族として処分されたのは、まあ、可哀想だとは思う。
今回の件に関わっていない伯爵家に関係があっただけの貴族達にも色々罪を擦り付けての粛正が行われて、まあ、災難だなとも思う。
だがしかし、事業は侯爵家主導で一本化出来てよりスムーズに事が運ぶだろうし、王家にとっても褒美に与えられる領地も貴族の枠も増えてホクホクだろう。
教会側も実際の被害はなく侯爵家からご機嫌伺いもあって今回の件について侯爵家に同情する態度を示してくれたので、悪印象はないだろう。
結果だけみればたった200にも満たない人間の犠牲で国として得たモノは莫大だった。
死んだ者達にとっては犯していない罪で裁かれ苦痛を伴う死を与えた私達を恨むかもしれない。
言い訳としてはあの男と女がやらかさなければこんな事にはならなかった、と言えるが。
清濁併せ呑む、という意味を身をもって体験出来た今回の件。
父上に「良い顔が出来るようになった」と褒められて、最初で最後になるがあの女に感謝した。
お付き合い頂きありがとうございます。