1 戻ってきた場所
「ここは――」
気が付くと、俺は森の中にいた。
おそらくは魔族が侵攻してくる前の――四十年以上前の、世界。
「そうなのか、聖剣――?」
問いかけても答える相手はいない。
最終機能を使って、消滅してしまったんだろうか。
俺の相棒。
俺の、友――。
そうだ、本当の親友はアベルなんかじゃなく。
聖剣だったのかな――。
ふと見下ろすと、俺の体は当時に戻っているようだ。
ちょうど近くに泉があったので、顔を映してみる。
俺は【吸収】スキルによって、何体もの魔族と融合している。
そのため六十歳近くになっても、外見は十歳以上若く見えた。
とはいえ、中年の容姿ではあったが――。
ただ、そこに映る顔はそれよりもずっと若かった。
「これ、若返ってる――よな?」
泉に映し出されたのは十七歳くらいの少年の顔。
そうだ、これはあのときの――。
魔王軍が現れる直前くらいの時期だ。
家に戻ると、両親と妹が待っていた。
「ああ……」
三人を見たとたん、涙があふれだす。
魔王軍の侵攻が始まってすぐ、みんな殺されてしまったんだ。
それがこうして生きている。
「あああ……ああ……あああああああ……」
生きて、話をすることができる。
その実感だけで胸が詰まり、俺は嗚咽を漏らした。
止まらなかった。
「どうしたんだ、カイン?」
「突然泣き出して、おやおや」
「お兄ちゃん、大丈夫?」
三人は驚くやら心配するやらだが、俺の方は返答する余裕もない。
ただ、その場に突っ伏して泣き続けた。
「落ち着いた? お兄ちゃん?」
二時間くらいして――その間、ほとんどずっと泣きはらしていた――妹のリズがやって来た。
俺より二つ年下だから、このときは十五歳のはずだ。
――どくん。
ふいに、心臓の鼓動が高鳴った。
かつて、俺は妹の最期を目撃した。
恐怖で失禁しながら、魔族に頭から食い殺された場面を。
それが、こうして生きている。
不思議な気分だった。
嬉しさや懐かしさは当然ある。
でも、それ以上に怖い。
そう遠くない未来に妹の存在は失われてしまう。
両親だってそうだ。
考えるだけで、すさまじい喪失感が胸の中を駆け巡る。
「どうしたの? なんか今日はずっと様子が変だよ?」
リズはキョトンとしていた。
まずい、また泣きそうだ。
――聖剣ラスヴァールの力で戻ってきた、かつての居場所。
俺はまだ気持ちも思考も全然整理できていなかった。
ぐちゃぐちゃになった感情のまま、その日の夜を過ごしたのだった。