10 さ迷うアベル
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SIDE アベル
時間は少し遡り――。
城の牢獄を脱出したアベルは、城内の兵を斬り倒して脱獄していた。
彼の元に現れた黒い魔剣リヴァ―ルの能力はすさまじく、並の兵などまったく相手にならない。
時折現れる追っ手も、リヴァ―ルが自動的に感知し、アベルに知らせてくれるため、不意打ちを受ける心配もない。
こうして、アベルは易々と辺境まで逃げ延びていた。
それからしばらくして、アベルは勇者選定の儀式が行われることを聞いていた。
ここからほど近い神殿で行われる儀式――。
そう、『一周目の世界』でアベルはこの儀式によって勇者に選ばれたのだ。
「懐かしいな……また俺が勇者に選ばれるのか?」
感慨にふけるアベル。
「いや、君はすでに魔剣を得ている。この上で聖剣も得ることはできない」
腰に下げた魔剣リヴァ―ルが言った。
「新たな勇者は別の者が選ばれることになるだろう」
「聖剣か……」
アベルはニヤリと笑った。
「魔剣のお前に加え、聖剣まで得られれば、俺は無敵になるだろうな」
「聖剣と魔剣――二つを得たものなど歴史上存在しない」
「なら、俺が最初の一人になればいい」
「ほう」
リヴァ―ルが笑う。
「俺は誰よりも強くなる。『一周目の世界』のような無様な生き方は御免だ」
アベルは大きく息を吐き出した。
『一周目の世界』において平凡な農民の子だったアベルは、勇者に選ばれ、英雄としての人生が始まった。
世界の誰もがアベルのことを知り、称えた。
『選ばれた特別な人間』としての人生を、アベルは謳歌していた。
もちろん魔王軍との戦いは命懸けで厳しいものだったが、それでも最後には必ず彼が勝つ。
聖剣の力は絶大だったし、勇者パーティの仲間たちも頼もしかった。
だが――魔王との決戦からすべてが変わり始めた。
アベルは敗れた。
魔王の力に。
そして精神的にも魔王に屈してしまった。
アベルは仲間たちを手にかけ、魔王のしもべとして生まれ変わった。
英雄としての人生は地に堕ちた。
「俺はこんなものじゃない……もっと世界中から賞賛されるような人間に――」
「なら、魔王を倒して世界を救うのか?」
魔剣リヴァ―ルがたずねた。
「そうなれば、君は『一周目の世界』と同じく英雄になれるぞ?」
どこかアベルを揶揄しているような口調にカチンとくる。
「口の利き方に気を付けろ、貴様」
魔剣をにらみつけた。
「それに……魔王は簡単に手を出せるような相手じゃないだろ。現に『一周目』じゃ、俺は手も足も出なかった」
「今はそうでもあるまい」
と、リヴァ―ル。
「何?」
「今の君には私がいる。魔王といえど、勝てない相手ではない」
「……へえ」
アベルの口元に歪んだ笑みが浮かぶ。
「お前がいれば魔王を倒せる、と?」
「今度こそ――真の英雄を目指してみるか?」
魔剣の言葉にアベルは沈黙した。
歪んだ笑みが、深まった。
アベルは支度をして、神殿へと向かった。
おそらく先日の事件で手配されたままだろうから、追っ手に見つからないように慎重に。
目的は、勇者選定とともに出現するであろう聖剣だ。
それを手に入れ、アベルはさらなる力を得るだろう。
『一周目』の勇者時代を凌駕する力を――。
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