8 黒と白と1
「お、俺のせいじゃねぇ! これは事故だ!」
叫んで男は逃げ出した。
「く、くそ……」
アベルは立ち上がれない。
目の前が揺れ、だんだんと意識が遠くなっていく。
「まずい……このまま意識が途切れたら、俺は……」
死ぬ。
直感的にそれを悟った。
こんな誰にも知られないような牢獄で、事故のような形で命を失うのか。
罪人の汚名を着せられたまま、死ぬのか。
これが――。
人類を裏切り、魔王に服従した元勇者の末路なのか……。
「い……や……だ……」
喉の奥から振り絞るような声が出た。
自分の人生が、こんな終わりを迎えるなんて間違っている。
もともと自分は栄光の勇者として選ばれた存在なのだ。
魔王を倒し、世界中から英雄と称えられるはずだった。
その魔王が予想以上の強さだったため、相手の軍門に下ったが――。
そうなってからは、魔王軍の大幹部として厚遇されてきた。
勇者としても、魔王軍の大幹部としても――『選ばれた存在』としての人生を謳歌し続けてきたのだ。
なのに、なぜ――。
「いや……だぁぁぁ……じにだ……じに、だ、ぐ……なぃぃぃいいいいいい……」
生きたい。
生きたい。
生きたい!
湧き上がる渇望で全身が燃えるようだ。
だが、そんな衝動とは裏腹に体温はどんどんと冷めていく。
自分の中から『命』が失われようとしているのが分かる。
駄目だ、俺は助からない。
アベルは絶望とともに、意識が深く――深く沈んでいくのを感じた。
気が付けば、黒い世界にいた。
空も、大地も、全てが黒。
黒一色に塗りつぶされた世界だ。
「えっ……」
呆然としたまま、しばらくうごけなかった。
「やっと目が覚めたか」
前方から声がする。
そこに視線を向けると、ローブ風の白い衣装をまとった人物がいた。
顔は、アベルそっくりだ。
「き、君は……?」
驚いてたずねるアベル。
「俺は、君だ。平凡な村人。魔王を倒すために選ばれた勇者。人類を裏切った背徳者――」
白いアベルが笑う。
「ややこしいから、俺のことはカオスとでも呼べばいい」
「混沌……だと……?」
「光と闇が交じり合った存在……君のもう一つの姿さ」
白いアベル――カオスが笑う。
「しかし、無様だね」
「……なんだと」
「『一周目』でも『二周目』でも上手く立ち回れず、今ではただの囚人だ」
カオスの笑みは嘲笑に変わっていた。
「貴様……」
「君は今、頭部に致命的なダメージを負っている。このままなら死ぬ」
「……!」
アベルはそれを聞いてもショックは受けなかった。
やはり、という確信が補強されただけだった。
俺は、死ぬのか――。
怒りでも悲しみでも絶望でもない。
それは、虚無一色に塗りつぶされた感情だった。
「だが、助かる道もある」
カオスがクスリと笑った。
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