10 動き出す真の物語
「これは……俺が『未来で』体感した記憶なのか……!?」
アベルは呆然とつぶやいた。
なぜ自分にそんな記憶があるのか。
「思い出した……」
アベルの表情がこわばっていく。
そう、彼は未来からこの時代にやって来た。
未来の世界では、彼は勇者だった。
だが、その立場を捨て、魔王の配下となり、魔王軍の戦士として人類の敵となった。
人間としての体を捨て、魔王から『魔族の肉体』を与えられ、彼は生まれ変わった。
そんな中、アベルが捨てた聖剣をカインが手にして、新たな戦士となった。
やがてカインと魔王との戦いの際に、魔王は人類すべてを滅ぼした。
すでに魔族の肉体を得ていたアベルは、生き残ったわけだが――。
次の瞬間、どうやらカインは聖剣の力で時間を逆転させたようだった。
過去へ――魔王が世界侵攻を始める直前の時代へと舞い戻ったカイン。
そしてアベルもまた、この時代にやって来た。
「そういう、ことか」
すべてがつながった。
どうやら時間逆行の衝撃で記憶が一時的に混濁していたようだ。
魔王軍侵攻以降の記憶が一時的に封印されていた。
同時に、魔族の力も体の奥底に眠った状態だった。
「それが――幸いした、か」
おかげでカインはアベルのことを怪しまなかった。
よもやアベルがカイン同様に『一周目の世界』からやって来たとは気づかなかったようだ。
カインが今のアベルを見たら、記憶が戻っていることも魔族の力を持っていることも見抜くだろう。
そして容赦なく攻撃してくるはずだ。
「あいつにとって、俺は憎い敵だろうからな……」
今、アベルがカインと戦っても勝てる可能性などまったくない。
とにかく正体を知られないよう、逃げ続けるしかない。
もしも、カインに感づかれたら殺されるかもしれない。
アベルは、行方をくらませることにした。
母に何も言わずに出て行くのは気が引けたが仕方がない。
まずは自分の身の安全が第一だ。
カインは魔族の前線基地に向かったということだから、とりあえず反対方向に行こう。
そして、どこかの町にでも身を隠すのだ。
かつて勇者だった男と、勇者を超える『荷物持ちだった男』、そして聖剣と魔剣の邂逅は、まだもう少し先の話――。




