1 魔王との最終決戦、勇者の裏切り
魔王城――。
その最上階で、俺たちは魔王と向き合っていた。
「余の部下にならんか、勇者アベルよ。そうすれば、世界の半分を与えよう」
魔王は襲い掛かってくるでもなく、むしろ友好的な態度でそう誘ってきた。
俺の隣に立っている少年――勇者アベルが、かすかに震える。
てっきり魔王に『ふざけるな!』とでも言い返すのかと思ったけど、アベルは無言でうつむいている。
「何を言っているんだ! 勇者がお前の部下になんてなるわけないだろ!」
俺がアベルの代わりに叫んだ。
――十年前、突然この世界に現れた魔王とその軍団。
それを討つために立ち上がった勇者アベル。
俺、カイン・ベルストはそのアベルの親友であり、彼が率いる勇者パーティの『荷物持ち』をしている。
まあ、俺自身には戦闘力は全然なくて、本当にただの雑用係なんだけど。
つい先ほど、魔王自らがアベルの元を急襲し、普段なら戦闘に参加しない俺は、魔王対勇者の最終決戦にこうして巻きこまれていた。
そう、最終決戦だ。
きっとアベルはここで魔王を倒し、すべての戦いに終止符を打つだろう。
だけど、当の本人――勇者アベルは押し黙ったまま。
「どうしたんだ、アベル……?」
「世界の半分……か」
ぽつりとつぶやくアベル。
まさか、と思った。
いや、そんなはずはない。
アベルは勇者である前に、俺の親友だ。
世界の支配権の半分をもらう代わりに、魔王に服従するなんて――。
そんな真似をするはずがない。
誰よりも高潔で、誰よりも誠実で、誰よりもこの世界の平和を願っている真の勇者。
それがアベルという男なんだ。
「分かった……いや、分かりました、魔王様」
アベルは深々と一礼した。
それから魔王のもとに歩み寄る。
「あなた様に忠誠を誓います」
言って、魔王の足元に跪き、その手に口づけた。
「お、おい……」
俺は呆然と親友を見つめる。
「アベル、何やってるんだよ!」
絶叫した。
返事は――返ってこなかった。
返答代わりに、アベルは立ち上がり、すかさず聖剣を振るう。
ざしゅっ……。
エネルギーの刃が飛んできて、勇者パーティの一人――女僧侶のターニャは首と胴を切断され、倒れた。
「なっ……!?」
俺も、そして他の仲間たちも呆然とする。
アベルは動じない。
返り血で真っ赤になった顔を俺たちに向け、
――にいっ。
と、笑ってみせた。
「お前……」
俺は悟った。
幼なじみとして十年以上も一緒にいるから分かる。
アベルは、本気だ。
本気で魔王の軍門に下り、本気で俺たちを殺そうとしている。
「やれ、勇者――いや、我が腹心よ」
魔王が命令した。
「かしこまりました、魔王様」
アベルはうなずき、血まみれの聖剣をだらりと下げて俺たちに近づいてくる。
「う……ああああ……」
魔術師のシリルがうめいた。
「こ、こんなのって……嫌ぁぁぁぁぁっ!」
混乱しながらも、そこはさすがに歴戦の猛者だ。
最上級の火炎呪文を放つ。
ばしゅっ……。
火炎はアベルに到達する寸前に消え失せた。
「くくく、こやつは我が部下となった。みすみす殺させはせんぞ」
魔王が笑う。
どうやら今のは魔王が防御呪文を唱えて、シリルの火炎を防いだらしかった。
つまりは――魔王と勇者がタッグを組んだわけだ。
そんなの、勝てるわけがない。
「ぎゃあっ……!」
アベルが突進して聖剣を振るうと、シリルも首を刎ね飛ばされて死んだ。
さらに戦士のガードナーと魔法剣士のクレインに斬りかかるアベル。
二人は連携して、なんとか彼の斬撃を凌いだ。
だけど、力の差は明らかだ。
二対一でさえ、アベルの方がガードナー、クレインのコンビよりも強い。
「に、逃げるしかない……」
もはや何も考えられない。
俺は一目散に逃げだした。
背後から、ガードナーとクレインの悲鳴が聞こえてきたような気がしたが、振り返る余裕はなかった。
魔王城を出て、近くの森に駆けこんでいく。
「はあ、はあ、はあ……」
俺は命からがら逃げのびた。
幸運と偶然が幾つも重なった結果だった。
他の仲間は、全員殺されたはずだ。
今さらながらに罪悪感がこみ上げる。
「どうしようも……なかったんだ……」
俺はその場に崩れ落ちた。
自分自身が逃げるだけで精いっぱいだった。
他には何もできなかった。
しょせん荷物持ちの俺にできることなんてないんだ。
そして、そんな役立たずの俺だけが生き残った。
俺よりずっと強い仲間たちは、みんな殺されてしまった。
「俺だけが残ったって……こんなの……」
ただ、無力感だけがあった。
「なんなんだよ、これ……」
涙があふれる。
あふれて止まらなくなった。
信頼していた親友のアベルが、俺たちを裏切り魔王の側に寝返ったこと。
そして、そのアベルが仲間たちを次々に殺していったこと。
どちらも悪夢としか思えない出来事だった。
悲しみと喪失感が俺の心をぐちゃぐちゃにしていた。
けど、そんな気持ちに沈んでいることすら、奴らは許してくれない。
「見ぃつけたぁ」
にやついた笑みとともに数体の魔族が出現する。
「ひ、ひいっ……」
単なる荷物持ちの俺が、一人で魔族に勝てるわけがない。
殺される――。
ざしゅっ……!
「ぐああああっ」
鋭い爪に肩口を斬り裂かれ、俺は痛みでのたうち回る。
「へっへっへ、なんだこいつ」
「弱すぎだろ。本当に勇者一味かよ」
「くっ……」
このまま殺されてたまるか――。
と、そのとき、俺の前方で光があふれた。
空中から輝く何かが飛んできて、俺の足元に突き刺さる。
一本の長剣だった。
こいつは――。
どくん、と心臓が高鳴る。
まさか、これは……!
「私を使え」
剣から声が響いた。
いや、声というよりは頭の中に直接その意志が響き渡る感じだ。
そう、目の前の剣の意志が――。
「私を……勇者の聖剣ラスヴァールを使え、カインよ」
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