もとどおり以上の日常
亜衣は、目覚めてベッドから出るなり、文庫本を片手に、自作ダンベルで筋トレを始めた。
だけど……。
頁は捲れど、内容が、ぜんぜん頭に入ってこない。企みが大成功した余韻なのか、不登校だった友たちの顔が、脳裏を巡る。
亜衣は、奉仕の精神で、その子らの心のケアをしてきた。それは、父を理解しようとする試みでもあった。
旅行に行きたがる母を放っておいて、週末に、お寺に通って、ボランティアをしていた父。そのせいで、母がギャンブルに走ってしまったというのに、それでも、習慣を改めなかったのはなぜだったのだろうか。
ずっと、父の背中を追うように、弱者の味方をしてきて、気付いたことがある。
それは、自分が幸せ側にいて、不幸側の人間を見ていると、きっと、自分のパートナーも同じ側にいるから、大丈夫だと、勝手に思い込んでしまうということだ。
亜衣にとって、七宮がそうだった。初めは、クラスメートから嫌われていて、可哀そうだと思って同情していたけど、もっと深い傷を負ったキタアツや吉水と関わっているうちに、七宮は大丈夫だと、勝手に決めつけてしまっていた。
生徒会長を騙す作戦に、何の躊躇もすることなく、七宮に協力を依頼した。本人は、不登校の生徒に構ってる余裕なんか、なかったはず。自分も嫌われて、独りぼっちだったのだから。
実際に、生徒会室で、七宮は生徒会長からひどい仕打ちを受けた。亜衣が、依頼しなければ、そんな目に遭わずに済んだのに……。
「でも、ま、いっか。上手いこと、ストレス発散させてたみたいやし……」
七宮は、グランドで、飯塚の代わりにスマホ怪人に立ち向かう時、散々、飯塚の悪口を言っていた。台本にも無いのに、アドリブであんなに毒を吐いたんだから、きっと、スッキリしているに違いない。
話を父に戻すと、父は、母は大丈夫だと、勝手に決めつけてしまったのだ。だから、二人はすれ違っていって……。
亜衣は、朝のトレーニングを終えると、朝食をとるべく、一階に下りた。
朝日の差し込むダイニングに、朝の情報番組が流れている。ノースリーブのお天気お姉さんが、今日は、晴れますよって、ユーモアを交えて教えてくれた。
「ねぇ、亜衣ちゃん、今、ちょっと話をしてもいい?」
亜衣が、朝食のトーストをかじりつつ見上げると、母が、向かいの椅子に座った。
「な、なに? どうかしたん?」
壁にかかっている時計をチラリと見る。
そろそろ、学校に行かないといけない時間だった。
「亜衣ちゃんさぁ、ずっとママと二人きりで、パパがいたらよかったなぁなんて、思ったことない?」
亜衣は、ドキリとした。
「え? ど、どうしたん、きゅ、急に?」
亜衣が小学二年生の時、父はこの世から、いなくなった。
正確に言えば、この世にはいるんだけど、母の助言もあって、ずっと、そう思うようにしている。
「なに? 今さら? パパがいた方がいいと思ったこと? 別に、そんなん、思ったことないよ」
なぜか、口をついたのは、そんな嘘だった。
直接の離婚の原因は、母と父のすれ違いだったのだろう。でも、母が父を追い出す格好で、離婚したんだなと悟ってからは、文句を言いたくなるタイミングも、何度かあった。結局、言わなかったけど。
「た、確かに、今さらかもしれへんけど……」
亜衣は(何を言い出すんやろう)と、脳みその奥の方で、ボコボコとマグマが湧くような感覚を覚えた。母を警戒しつつ、手に着いたトーストのカスを、パンパンと、皿の上で払う。
「……ママさ……さ、再婚しても、かめへん?」
亜衣の頭の中で、火山が噴火した。
「はあ!? な、なんや、それ!?」
亜衣は、リュックを手に取って、勢いよく立ち上がる。
「いらんって! いまさら、なんなんっ!? 新しい父親なんて、いらへんよ!」
完全拒絶。
ただの母の願望であったとしても、妄想であったとしても、そんなことは、聞きたくもない。
想像したくもない。
「イヤやで、わたしは、絶対!」
「せ、せやかて、ママは……ママは、もう、決めてしもてん……」
「はあ!? なんやって!?」
「ママ、再婚すんねん……。ゴメンね、事後報告になってもて……」
亜衣は、想像を超えてきた急展開に、二度、三度と、マグマが噴き出した。四度、五度、六度……と、いつまでたっても噴火がやまない。
頭がクラクラして、意識を失ってしまいそうだった。
「し、し、信じられへん……」
よろよろと、吸い寄せられるように、ダイニングのドアから廊下へ出る。亜衣を、こんな状態にした母は、潤んだ目で、こちらを見ていた。
泣きたいのは、亜衣の方なのに……。
「ほんまに、ゴメンね……」
許しを請う母は、若返ったように見える。いや、化粧をしていた。
(こ、こんな朝から? しかも……)
よく見ると、着ている服も、いつもと違って、若々しい。
母にとって、再婚するという話が、いい影響を与えていそうだった。たぶん、それは間違いない。でも、亜衣にとっては、間違いなく逆効果になることは、容易に想像できる。
(やさぐれそうやん……)
家庭環境の悪い変化は、不登校になってしまう可能性だってある。
「絶対イヤや。今さら、この人がパパよって、紹介されたかって、受け入れられるわけ、ないやんっ!」
亜衣は、玄関へと駆け出した。新しい父との生活が、想像できない。
したくもない。だって、悪いようにしか、ならないに決まっているのだから。
冗談であってほしいと、心から願いながら、廊下を疾走する。そして、走り幅跳びの選手のように、上がり框を飛び降り、ハイカットのコンバースに足を突っ込んだ。
「違うんやって! ちょ、ちょっと、待ってや、亜衣ちゃんっ!」
(何が、違うん!?)
「違うって、何がよ? 冗談ってこと?」
声に出したとたん、希望の光が差した。
母は、ずっと、冗談を言っているのかもしれない。亜衣を困らせようと、いじわるをしているだけなのかもしれない。
「いや、冗談やない。再婚は本当にするねんけど……」
違った。
カッと踵を返して、サムターンに手を伸ばす。
(お相手見つけて、勝手に、結婚決めて……。それで、新しいパパだから、受け入れろって……そんなん、無理や、絶対……)
亜衣がサムターンに触れる直前、カチャリと、勝手に回った。
「え?」
「もう、家に呼んでしまってん……」
背後から、母の声がした。
ギィィイと、ドアも勝手に開き出す。
光がさしこんできた。
玄関の外に、大きな男性の影が……。
「パ……い、和泉さん!?」
扉の向こうに、スキンヘッドで和服を着た和泉さんが立っていた。
「おはよう、亜衣ちゃん」
和泉さんは眉尻を垂らして、ひょいっと、右手を挙げた。
亜衣は、あいさつすることも忘れて、振り返る。
「そ、そうなのよ、亜衣ちゃん……。ママが再婚するのはね……」
母は、乙女のように、体をくねらせた。
そして、母よりも先に、亜衣が問い質す。
「ママの再婚って……、パパと?」
母は、恥じらいながら、首を縦に振った。
「ウ、ウソッ!? マ、マジでっ!?」
小二の時に出て行った父……それまでにも、お手伝いしていた伯父のお寺に駆け込んで、住み込みで住職を始めたという父。
亜衣は、それを知ってから、ちょくちょく、父に会いに行っていた。母には内緒で。
和泉さん……もとい、父の方を向くと、父もウンウンと頷いている。
父は、九年ぶりに家に帰ってきた。
「おかえりっ! パパっ!」
亜衣は、父に抱きついた。
(ということは、わたしの苗字も、また、和泉に戻るってこと!? ……ま、いいっか。そんなことは、どうでも)
「ただいま、亜衣ちゃん。パパは、もう、出てかへんからな」
亜衣は、頭を撫でられつつ、父の胸に顔を埋める。気を緩めると、涙が出そうだった。
「亜衣ちゃん、じゃあ、ママたち、再婚しても、いいんやね? かまへんね?」
「当たり前やん。大歓迎に決まってるやん!」
「ありがとな、迎え入れてくれるんやな……。パパは、脱サラして、住職になったけど、これからは、休みはちゃんと取るよ。で、ママや亜衣ちゃんと旅行とかしたいな……」
亜衣は、うん、うんと、と頷いて、胸いっぱいに空気を吸い込む。
視界がぼやけているのは、瞳が潤んでいるせい?
「いやいや、泣いてへんし」
強がりを言っても許されるほど、清々しい朝だった。
亜衣は、ママチャリを必死に漕いで、鞍馬街道を南下していた。
家では、大変なことが起こったけど、今日は、朝からクラス委員長会議がある。
悦に浸っている暇はない。
「七宮、おはよう!」
レース仕様の自転車に乗る七宮が、亜衣の方に振り返った。
「ああ、おはようございます。あれ? 今日は、自転車ですか?」
七宮は、音もさせないで、自転車を停めた。
「せやから、その敬語、やめなさいって。ため口で話さんと、これ以上、距離が縮まれへんってゆうたやんか」
お堂で行われたパーティで、七宮といっぱい話して、だいぶ打ち解けている。ただ、パーティ会場でも亜衣は、告白されなかった。
でも、七宮が亜衣と交際したがっていると、確信している。あとは、どうやって告らせるかだけ。
歯痒くはあるけど、急いでもいないので、ちょっとずつ、七宮を改造していこうと思っている。どうせ彼氏にするなら、人から羨ましがれるくらいの方がいいに決まっている。
鼻高々でいられるわけやし。
だから、もっともっと、イケてる男子にしようと、亜衣は考えていた。
「敬語は、少しずつ直しますので、少々、お待ちください。小さな頃から身に沁みついちゃっていますので……。それより、これ、ちょっと考えた方がいいですかね?」
七宮は、ポンポンと、頭を叩いた。
自転車レース用のヘルメットのことを言っているらしい。
「何? ヘルメットがどうかしたん?」
「せっかく朝、髪型をセットしてるのに、これのせいで、ペッタンコになっちゃうんですよねぇ」
(うん、いい! その心がけ! 確実に、色気づいてきてる。見た目を気にしだしているやん)
七宮は、アゴのベルトを外し、ヘルメットをとった。ペッタンコになった茶髪を掻きむしったあと、前髪を下ろして整えている。
「確かにね……。ちょっと早めに家を出て、学校でセットし直すとかは、どう?」
「そうか……そうですね……」
その時、制服のポケットに入れていたスマートフォンが、ブルブルと震えた。亜衣は、それを取り出し、スワイプして、何の通知だったのか、確認する。
『出荷のお知らせ 発送作業が完了しましたので、お知らせします』
亜衣が、定期購読している格闘技雑誌の発送連絡だった。
「あれ、どうしたんですか、それ?」
ハッとして顔を上げると、七宮が口を尖らせて、亜衣の手元をのぞき込んできていた。
(えっ!? この状況、前にもあったような……?)
ずっとずっと前……格闘技雑誌を手に取ったのを見られたのが恥ずかしくて、背中に隠した……。
たしか、あれは……。
亜衣は、急いでスマートフォンをポケットに戻し、睨むような鋭い視線で、七宮の顔を確かめる。
くっきりした二重のパッチリした目に、鼻筋が通って、少し口角の上がった薄い唇……。
シュッと尖ったアゴのラインが、亜衣の頭の中で丸くなり、目元や鼻筋も、子供のものに変形していく。
すると、その顔立ちに、いつか出会ったことがあるように思えてきた。
「し、七宮……七宮? ひょ、ひょっとして、七宮って、わたしと会ったこと、ある?」
七宮は、口をすぼめ、女の子がはにかむように、アゴを引く。
「香川さん、いまだに、その格闘技の雑誌、購入されているんですね。フフフ」
七宮の笑い方も、ぼんやりと、記憶の中にあるものと重なった。
「えっ!? えっえっ、えぇぇぇぇえええぇーっ!? う、嘘っ!?」
「あ、やっと、思い出されましたか?」
小学生の時、格闘技雑誌を買いに、隣町の本屋に行った時、同い年くらいの男子にナンパされかけた記憶が、鮮明な映像となって、亜衣の脳内に蘇った。
「あ、あの本屋で声を掛けてきたのって、七宮やったん!?」
「そうですよ。強烈なかかと落としを食らって失神したのは、当時、小学四年生のボクです」
「うっ、うっ、嘘でしょっ!? ぜんっぜん、性格ちゃうやん。めっちゃ、性格変わったやんか」
「刺激的すぎたんですよ、香川さんのかかと落としが。パンツが丸見えで、目を奪われた途端に、脳天から稲妻に打たれたような衝撃を受けて」
「ど、ど、どういうこと?」
「失神から、目覚めたら、すっかり性格が変わってしまっていたんです。世界観が変わってしまった。チャクラが開いたみたいです」
「な、なんや、それ? だ、大丈夫やったん?」
「大丈夫も何も、香川さんのおかげで、ボクは改心したんです。香川さんはボクの恩人です。あのままの性格だったら、ボクは、ろくな人生を歩まなかったはずですから」
今思い返しても、声を掛けてきた時の七宮の性格は、好きでは無かった。世間一般的に考えても、小学四年生の時からナンパしたり、万引きさせようとしたりする男なんて、ろくな人生を送らないような気がする。
「い、いつから? いつから、あの時の女子がわたしだって、わかってたん?」
「京四条高校の入学式で見かけた時、すぐに、わかりました。だって、香川さん、あの頃の面影を残したままでしたから」
七宮は、入学した時から、亜衣のことを意識していた。
「小学生の頃も可愛かったですけど、入学式で見たときは、それが倍増していましたよ。それは、もう、美しかったです……」
恥ずかしげも無くそう言う七宮だったけど、言われた亜衣は、こっぱずかしくて仕方がない。
ほっぺたが熱くなってきた。顔が赤くなってしまうのを見られるのも恥ずかしい。
亜衣は、ペダルを踏んで、漕ぎ出した。
(そういうことは言えても、結局、告ってけえへんのやろ、どうせ……)
顔を見られたくなくて、先頭を走りたかったが、あっという間に七宮に追いつかれる。
「どうしたんですか? 急に出発して。ボクは、もう少し、話がしたかったんですけど」
(あかん、筋力があっても、自転車の性能で、かなわへんやんか……)
亜衣は、前に出ようと加速するが、七宮は悠々として、横に並んできた。
「ちょっと、聞いてますか、香川さん?」
「もう、ええって。褒められるの、柄や無いから、照れんねんて」
「そんな、もっと言わせてくださいよ」
「ええって、もうっ!」
フルパワーを出そうとして、ペダルを踏み込む。
ガコッ
「あれ!?」
チェーンが外れ、高速にペダルが回転し、突き放すつもりが、逆に、七宮に置き去りにされた。
(も、もう、いやや、この自転車……)
「だ、大丈夫ですか!?」
「わあっ!」
こちらを心配して、振り向いた七宮の先に、ひょろりとした男が、飛び出してきた。
「あっ! あぶないっ!」
「わあぁぁぁぁああっつっ!」
キキーッ!
七宮は、左足を地面に着き、自転車を傾けながら、後輪をドリフトさせて止まる。
飛び出してきた男は、大きく飛び退いて、路上に全身を打ち付けていた。
「ちょ、ちょっと、大丈夫ですかっ!?」
亜衣は、スタンドを立てて、路上に倒れている男性に近寄る。
「ううぅ」
「だ、大丈夫ですかっ!?」
軽やかな飛びっぷりから、若い人を想像していたけど、近づいてみると、かなりの老人のようだった。顔中がしわくちゃで、真っ白な眉毛が伸び、瞼がたるみすぎているせいで、ほとんど瞳が見えない。
「は、はあっ!」
老人が、突然、吐血した。
「ちょ、ちょっと、どうしたんですかっ!? ど、どうしよう……」
亜衣が、老人の背中をさすっていると、七宮が来て、老人を仰向けにして、上半身を自分の膝の上に寝かせた。
「す、すみませんでした。ボ、ボク、よそ見して、話しをしてしまいましたものですから……」
七宮はダラダラと汗を流し、声を震わせていた。
「はぁ、はぁ……も、もう、ワシはダメかもしれぬ……。遺言を聞いてくれぬか」
「ゆ、遺言!?」
唐突な申し出に、亜衣は七宮と顔を見合わす。
「ワシは、もう、長くはない。こ、ここで死ぬ……。でも、こころ残りがあってなぁ……」
「ちょ、ちょっと、そんな弱気にならな……」
「何ですか、心残りって?」
励まそうとする亜衣の言葉を遮って、七宮が、老人に尋ねた。七宮は、きっとパニクってしまっていて、頭が回っていないのだろう。なんとかしてあげたいという気持ちが、強く出てしまっていた。死ぬことを前提に、話しを聞いている場合ではないのに。
「うむ……。ワシは、これまで、ずっと、若い男女のためだけに、身を捧げてきた。仲人のようなことをしてきて、数々のカップルをつなげてきたんじゃ……。その数、999組」
「999組!?」
「そうじゃ……。999組。ギネスにも載った……」
「あの、ギネスブックに!?」
「そうじゃ……。ワシの生きがいやった……。1000組のカップルを作ることを目標にして、老体に鞭打って、生きてきたんじゃ……。それまでは、死なれへんと思っとったのに……」
「じゃ、じゃあ、その気持ちを強く持って、生きましょうよ!」
亜衣が、老人の耳元で、大きな声を出すと、「ひいっ」と言って、老人は、顔を背けた。
(あれ? 耳はそんなに遠くないんだ……)
「そ、それで、ボクたちは、どうしたらいいんですか? ゆ、遺言って何ですか?」
「あ……ああ、そうじゃった……。だから、1000組目のカップルを作るまでは、死んでも死に切れんのじゃ……」
「え、では、ボクが、その意思を引き継いで、1000組目を作ってきたら……」
「違ああぁぁぁあーうっ! 違うわ、たわけ、よく聞け!」
「は、はい、すみません。では、どうしたら……」
「ワシは、もう、ここで死ぬ。せやから、その前に、今すぐ、ここで1000組目を繋げたいんじゃ」
「えっ、それって……」
七宮は、動揺したような目を亜衣に向けてきた。
亜衣は、老人を凝視して、ふうぅーっと、長い息を吐く。
「ってか、あなた、キタアツでしょ?」
「え? え? えーっ!? き、北野氏!?」
七宮は、亜衣と老人を交互に見た。
北野らしき老人が、バレたか、と言わんばかりに頭を掻いたが、たるんだ瞼のせいで目元がはっきりと見えないので、何を考えているのかまでは、読めない。
「お前さん、どうしたんだい? 大丈夫かい?」
しわくちゃの女性が駆け寄ってきた。顔だけ見れば、おばあちゃんだが、足取りは軽い。
「どうしたんだい。こんなとこで、死んだらあかんよ。1000組目を繋げるって、ゆうてたやろ? 夢は叶ったんかい?」
棒読みのようなセリフを吐きながら、老女のような女は、息絶え絶えになっている老人の肩をゆすった。
七宮から視線を送られた亜衣は、口先に人差し指をあてる。
「そうか、あなたたちが、1000組目になってくれるんだね!」
くるりとこちらを振り返った老女。この動きも年寄りとは思えないほど、俊敏だった。
「ミクル、演技……もう少し、練習したほうがいいよ」
「あ……あ、あれ?」
ミクルと思しき老女は、ポカンと口を開ける。
「バ……バ、バレてた?」
北野の特殊メイクは、さすがだし、一瞬、騙されかけたけど、シナリオがチープだし、北野の演技にも改善すべき点があった。ミクルの演技が、問題外だとしても。
「さあ、メイクを落として、着替えてきてや。はよ、学校に行こっ!」
きっと、北野とミクルは、わたしたちをくっつけようとしてくれたんだろうけど、そんな、おせっかいは、いらないかな。
そのうち、きっと、七宮が自発的に、告ってきてくれるだろうから。
いつか、きっと。