表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コンフィデンシャル・ラン JK  作者: おふとあさひ
8/8

もとどおり以上の日常

 亜衣は、目覚めてベッドから出るなり、文庫本を片手に、自作ダンベルで筋トレを始めた。

 だけど……。

 頁は捲れど、内容が、ぜんぜん頭に入ってこない。企みが大成功した余韻なのか、不登校だった友たちの顔が、脳裏を巡る。


 亜衣は、奉仕の精神で、その子らの心のケアをしてきた。それは、父を理解しようとする試みでもあった。


 旅行に行きたがる母を放っておいて、週末に、お寺に通って、ボランティアをしていた父。そのせいで、母がギャンブルに走ってしまったというのに、それでも、習慣を改めなかったのはなぜだったのだろうか。

 ずっと、父の背中を追うように、弱者の味方をしてきて、気付いたことがある。

 それは、自分が幸せ側にいて、不幸側の人間を見ていると、きっと、自分のパートナーも同じ側にいるから、大丈夫だと、勝手に思い込んでしまうということだ。


 亜衣にとって、七宮がそうだった。初めは、クラスメートから嫌われていて、可哀そうだと思って同情していたけど、もっと深い傷を負ったキタアツや吉水と関わっているうちに、七宮は大丈夫だと、勝手に決めつけてしまっていた。


 生徒会長を騙す作戦に、何の躊躇もすることなく、七宮に協力を依頼した。本人は、不登校の生徒に構ってる余裕なんか、なかったはず。自分も嫌われて、独りぼっちだったのだから。

 実際に、生徒会室で、七宮は生徒会長からひどい仕打ちを受けた。亜衣が、依頼しなければ、そんな目に遭わずに済んだのに……。


「でも、ま、いっか。上手いこと、ストレス発散させてたみたいやし……」


 七宮は、グランドで、飯塚の代わりにスマホ怪人に立ち向かう時、散々、飯塚の悪口を言っていた。台本にも無いのに、アドリブであんなに毒を吐いたんだから、きっと、スッキリしているに違いない。


 話を父に戻すと、父は、母は大丈夫だと、勝手に決めつけてしまったのだ。だから、二人はすれ違っていって……。



 亜衣は、朝のトレーニングを終えると、朝食をとるべく、一階に下りた。

 朝日の差し込むダイニングに、朝の情報番組が流れている。ノースリーブのお天気お姉さんが、今日は、晴れますよって、ユーモアを交えて教えてくれた。


「ねぇ、亜衣ちゃん、今、ちょっと話をしてもいい?」

 亜衣が、朝食のトーストをかじりつつ見上げると、母が、向かいの椅子に座った。

「な、なに? どうかしたん?」

 壁にかかっている時計をチラリと見る。

 そろそろ、学校に行かないといけない時間だった。


「亜衣ちゃんさぁ、ずっとママと二人きりで、パパがいたらよかったなぁなんて、思ったことない?」


 亜衣は、ドキリとした。

「え? ど、どうしたん、きゅ、急に?」


 亜衣が小学二年生の時、父はこの世から、いなくなった。

 正確に言えば、この世にはいるんだけど、母の助言もあって、ずっと、そう思うようにしている。


「なに? 今さら? パパがいた方がいいと思ったこと? 別に、そんなん、思ったことないよ」

 なぜか、口をついたのは、そんな嘘だった。


 直接の離婚の原因は、母と父のすれ違いだったのだろう。でも、母が父を追い出す格好で、離婚したんだなと悟ってからは、文句を言いたくなるタイミングも、何度かあった。結局、言わなかったけど。


「た、確かに、今さらかもしれへんけど……」

 亜衣は(何を言い出すんやろう)と、脳みその奥の方で、ボコボコとマグマが湧くような感覚を覚えた。母を警戒しつつ、手に着いたトーストのカスを、パンパンと、皿の上で払う。


「……ママさ……さ、再婚しても、かめへん?」


 亜衣の頭の中で、火山が噴火した。


「はあ!? な、なんや、それ!?」


 亜衣は、リュックを手に取って、勢いよく立ち上がる。

「いらんって! いまさら、なんなんっ!? 新しい父親なんて、いらへんよ!」


 完全拒絶。

 ただの母の願望であったとしても、妄想であったとしても、そんなことは、聞きたくもない。

 想像したくもない。


「イヤやで、わたしは、絶対!」

「せ、せやかて、ママは……ママは、もう、決めてしもてん……」

「はあ!? なんやって!?」

「ママ、再婚すんねん……。ゴメンね、事後報告になってもて……」


 亜衣は、想像を超えてきた急展開に、二度、三度と、マグマが噴き出した。四度、五度、六度……と、いつまでたっても噴火がやまない。

 頭がクラクラして、意識を失ってしまいそうだった。


「し、し、信じられへん……」


 よろよろと、吸い寄せられるように、ダイニングのドアから廊下へ出る。亜衣を、こんな状態にした母は、潤んだ目で、こちらを見ていた。

 泣きたいのは、亜衣の方なのに……。

「ほんまに、ゴメンね……」

 許しを請う母は、若返ったように見える。いや、化粧をしていた。


(こ、こんな朝から? しかも……)


 よく見ると、着ている服も、いつもと違って、若々しい。

 母にとって、再婚するという話が、いい影響を与えていそうだった。たぶん、それは間違いない。でも、亜衣にとっては、間違いなく逆効果になることは、容易に想像できる。

(やさぐれそうやん……)


 家庭環境の悪い変化は、不登校になってしまう可能性だってある。


「絶対イヤや。今さら、この人がパパよって、紹介されたかって、受け入れられるわけ、ないやんっ!」


 亜衣は、玄関へと駆け出した。新しい父との生活が、想像できない。

 したくもない。だって、悪いようにしか、ならないに決まっているのだから。

 冗談であってほしいと、心から願いながら、廊下を疾走する。そして、走り幅跳びの選手のように、上がり框を飛び降り、ハイカットのコンバースに足を突っ込んだ。


「違うんやって! ちょ、ちょっと、待ってや、亜衣ちゃんっ!」


(何が、違うん!?)


「違うって、何がよ? 冗談ってこと?」


 声に出したとたん、希望の光が差した。

 母は、ずっと、冗談を言っているのかもしれない。亜衣を困らせようと、いじわるをしているだけなのかもしれない。


「いや、冗談やない。再婚は本当にするねんけど……」

 違った。

 カッと踵を返して、サムターンに手を伸ばす。


(お相手見つけて、勝手に、結婚決めて……。それで、新しいパパだから、受け入れろって……そんなん、無理や、絶対……)


 亜衣がサムターンに触れる直前、カチャリと、勝手に回った。

「え?」


「もう、家に呼んでしまってん……」


 背後から、母の声がした。


 ギィィイと、ドアも勝手に開き出す。

 光がさしこんできた。


 玄関の外に、大きな男性の影が……。


「パ……い、和泉さん!?」


 扉の向こうに、スキンヘッドで和服を着た和泉さんが立っていた。


「おはよう、亜衣ちゃん」


 和泉さんは眉尻を垂らして、ひょいっと、右手を挙げた。

 亜衣は、あいさつすることも忘れて、振り返る。


「そ、そうなのよ、亜衣ちゃん……。ママが再婚するのはね……」


 母は、乙女のように、体をくねらせた。

 そして、母よりも先に、亜衣が問い質す。


「ママの再婚って……、パパと?」


 母は、恥じらいながら、首を縦に振った。


「ウ、ウソッ!? マ、マジでっ!?」


 小二の時に出て行った父……それまでにも、お手伝いしていた伯父のお寺に駆け込んで、住み込みで住職を始めたという父。

 亜衣は、それを知ってから、ちょくちょく、父に会いに行っていた。母には内緒で。


 和泉さん……もとい、父の方を向くと、父もウンウンと頷いている。

 父は、九年ぶりに家に帰ってきた。


「おかえりっ! パパっ!」


 亜衣は、父に抱きついた。

(ということは、わたしの苗字も、また、和泉に戻るってこと!? ……ま、いいっか。そんなことは、どうでも)


「ただいま、亜衣ちゃん。パパは、もう、出てかへんからな」


 亜衣は、頭を撫でられつつ、父の胸に顔を埋める。気を緩めると、涙が出そうだった。


「亜衣ちゃん、じゃあ、ママたち、再婚しても、いいんやね? かまへんね?」


「当たり前やん。大歓迎に決まってるやん!」


「ありがとな、迎え入れてくれるんやな……。パパは、脱サラして、住職になったけど、これからは、休みはちゃんと取るよ。で、ママや亜衣ちゃんと旅行とかしたいな……」


 亜衣は、うん、うんと、と頷いて、胸いっぱいに空気を吸い込む。

 視界がぼやけているのは、瞳が潤んでいるせい?


「いやいや、泣いてへんし」

 強がりを言っても許されるほど、清々しい朝だった。




 亜衣は、ママチャリを必死に漕いで、鞍馬街道を南下していた。

 家では、大変なことが起こったけど、今日は、朝からクラス委員長会議がある。

 悦に浸っている暇はない。


「七宮、おはよう!」

 レース仕様の自転車に乗る七宮が、亜衣の方に振り返った。


「ああ、おはようございます。あれ? 今日は、自転車ですか?」

 七宮は、音もさせないで、自転車を停めた。


「せやから、その敬語、やめなさいって。ため口で話さんと、これ以上、距離が縮まれへんってゆうたやんか」


 お堂で行われたパーティで、七宮といっぱい話して、だいぶ打ち解けている。ただ、パーティ会場でも亜衣は、告白されなかった。

 でも、七宮が亜衣と交際したがっていると、確信している。あとは、どうやって告らせるかだけ。


 歯痒くはあるけど、急いでもいないので、ちょっとずつ、七宮を改造していこうと思っている。どうせ彼氏にするなら、人から羨ましがれるくらいの方がいいに決まっている。

 鼻高々でいられるわけやし。


 だから、もっともっと、イケてる男子にしようと、亜衣は考えていた。


「敬語は、少しずつ直しますので、少々、お待ちください。小さな頃から身に沁みついちゃっていますので……。それより、これ、ちょっと考えた方がいいですかね?」


 七宮は、ポンポンと、頭を叩いた。

 自転車レース用のヘルメットのことを言っているらしい。


「何? ヘルメットがどうかしたん?」


「せっかく朝、髪型をセットしてるのに、これのせいで、ペッタンコになっちゃうんですよねぇ」


(うん、いい! その心がけ! 確実に、色気づいてきてる。見た目を気にしだしているやん)


 七宮は、アゴのベルトを外し、ヘルメットをとった。ペッタンコになった茶髪を掻きむしったあと、前髪を下ろして整えている。


「確かにね……。ちょっと早めに家を出て、学校でセットし直すとかは、どう?」

「そうか……そうですね……」


 その時、制服のポケットに入れていたスマートフォンが、ブルブルと震えた。亜衣は、それを取り出し、スワイプして、何の通知だったのか、確認する。


『出荷のお知らせ 発送作業が完了しましたので、お知らせします』


 亜衣が、定期購読している格闘技雑誌の発送連絡だった。

「あれ、どうしたんですか、それ?」

 ハッとして顔を上げると、七宮が口を尖らせて、亜衣の手元をのぞき込んできていた。

(えっ!? この状況、前にもあったような……?)

 ずっとずっと前……格闘技雑誌を手に取ったのを見られたのが恥ずかしくて、背中に隠した……。

 たしか、あれは……。


 亜衣は、急いでスマートフォンをポケットに戻し、睨むような鋭い視線で、七宮の顔を確かめる。


 くっきりした二重のパッチリした目に、鼻筋が通って、少し口角の上がった薄い唇……。

 シュッと尖ったアゴのラインが、亜衣の頭の中で丸くなり、目元や鼻筋も、子供のものに変形していく。


 すると、その顔立ちに、いつか出会ったことがあるように思えてきた。


「し、七宮……七宮? ひょ、ひょっとして、七宮って、わたしと会ったこと、ある?」


 七宮は、口をすぼめ、女の子がはにかむように、アゴを引く。


「香川さん、いまだに、その格闘技の雑誌、購入されているんですね。フフフ」


 七宮の笑い方も、ぼんやりと、記憶の中にあるものと重なった。


「えっ!? えっえっ、えぇぇぇぇえええぇーっ!? う、嘘っ!?」


「あ、やっと、思い出されましたか?」


 小学生の時、格闘技雑誌を買いに、隣町の本屋に行った時、同い年くらいの男子にナンパされかけた記憶が、鮮明な映像となって、亜衣の脳内に蘇った。


「あ、あの本屋で声を掛けてきたのって、七宮やったん!?」

「そうですよ。強烈なかかと落としを食らって失神したのは、当時、小学四年生のボクです」

「うっ、うっ、嘘でしょっ!? ぜんっぜん、性格ちゃうやん。めっちゃ、性格変わったやんか」


「刺激的すぎたんですよ、香川さんのかかと落としが。パンツが丸見えで、目を奪われた途端に、脳天から稲妻に打たれたような衝撃を受けて」

「ど、ど、どういうこと?」

「失神から、目覚めたら、すっかり性格が変わってしまっていたんです。世界観が変わってしまった。チャクラが開いたみたいです」


「な、なんや、それ? だ、大丈夫やったん?」

「大丈夫も何も、香川さんのおかげで、ボクは改心したんです。香川さんはボクの恩人です。あのままの性格だったら、ボクは、ろくな人生を歩まなかったはずですから」


 今思い返しても、声を掛けてきた時の七宮の性格は、好きでは無かった。世間一般的に考えても、小学四年生の時からナンパしたり、万引きさせようとしたりする男なんて、ろくな人生を送らないような気がする。


「い、いつから? いつから、あの時の女子がわたしだって、わかってたん?」

「京四条高校の入学式で見かけた時、すぐに、わかりました。だって、香川さん、あの頃の面影を残したままでしたから」


 七宮は、入学した時から、亜衣のことを意識していた。


「小学生の頃も可愛かったですけど、入学式で見たときは、それが倍増していましたよ。それは、もう、美しかったです……」


 恥ずかしげも無くそう言う七宮だったけど、言われた亜衣は、こっぱずかしくて仕方がない。

 ほっぺたが熱くなってきた。顔が赤くなってしまうのを見られるのも恥ずかしい。

 亜衣は、ペダルを踏んで、漕ぎ出した。


(そういうことは言えても、結局、告ってけえへんのやろ、どうせ……)


 顔を見られたくなくて、先頭を走りたかったが、あっという間に七宮に追いつかれる。


「どうしたんですか? 急に出発して。ボクは、もう少し、話がしたかったんですけど」


(あかん、筋力があっても、自転車の性能で、かなわへんやんか……)


 亜衣は、前に出ようと加速するが、七宮は悠々として、横に並んできた。


「ちょっと、聞いてますか、香川さん?」

「もう、ええって。褒められるの、柄や無いから、照れんねんて」

「そんな、もっと言わせてくださいよ」

「ええって、もうっ!」


 フルパワーを出そうとして、ペダルを踏み込む。

 ガコッ

「あれ!?」


 チェーンが外れ、高速にペダルが回転し、突き放すつもりが、逆に、七宮に置き去りにされた。


(も、もう、いやや、この自転車……)

「だ、大丈夫ですか!?」

「わあっ!」

 こちらを心配して、振り向いた七宮の先に、ひょろりとした男が、飛び出してきた。

「あっ! あぶないっ!」

「わあぁぁぁぁああっつっ!」



 キキーッ!

 七宮は、左足を地面に着き、自転車を傾けながら、後輪をドリフトさせて止まる。

 飛び出してきた男は、大きく飛び退いて、路上に全身を打ち付けていた。


「ちょ、ちょっと、大丈夫ですかっ!?」

 亜衣は、スタンドを立てて、路上に倒れている男性に近寄る。


「ううぅ」

「だ、大丈夫ですかっ!?」


 軽やかな飛びっぷりから、若い人を想像していたけど、近づいてみると、かなりの老人のようだった。顔中がしわくちゃで、真っ白な眉毛が伸び、瞼がたるみすぎているせいで、ほとんど瞳が見えない。


「は、はあっ!」

 老人が、突然、吐血した。


「ちょ、ちょっと、どうしたんですかっ!? ど、どうしよう……」


 亜衣が、老人の背中をさすっていると、七宮が来て、老人を仰向けにして、上半身を自分の膝の上に寝かせた。


「す、すみませんでした。ボ、ボク、よそ見して、話しをしてしまいましたものですから……」

 七宮はダラダラと汗を流し、声を震わせていた。


「はぁ、はぁ……も、もう、ワシはダメかもしれぬ……。遺言を聞いてくれぬか」

「ゆ、遺言!?」


 唐突な申し出に、亜衣は七宮と顔を見合わす。


「ワシは、もう、長くはない。こ、ここで死ぬ……。でも、こころ残りがあってなぁ……」

「ちょ、ちょっと、そんな弱気にならな……」

「何ですか、心残りって?」


 励まそうとする亜衣の言葉を遮って、七宮が、老人に尋ねた。七宮は、きっとパニクってしまっていて、頭が回っていないのだろう。なんとかしてあげたいという気持ちが、強く出てしまっていた。死ぬことを前提に、話しを聞いている場合ではないのに。


「うむ……。ワシは、これまで、ずっと、若い男女のためだけに、身を捧げてきた。仲人のようなことをしてきて、数々のカップルをつなげてきたんじゃ……。その数、999組」

「999組!?」

「そうじゃ……。999組。ギネスにも載った……」

「あの、ギネスブックに!?」


「そうじゃ……。ワシの生きがいやった……。1000組のカップルを作ることを目標にして、老体に鞭打って、生きてきたんじゃ……。それまでは、死なれへんと思っとったのに……」


「じゃ、じゃあ、その気持ちを強く持って、生きましょうよ!」


 亜衣が、老人の耳元で、大きな声を出すと、「ひいっ」と言って、老人は、顔を背けた。


(あれ? 耳はそんなに遠くないんだ……)


「そ、それで、ボクたちは、どうしたらいいんですか? ゆ、遺言って何ですか?」

「あ……ああ、そうじゃった……。だから、1000組目のカップルを作るまでは、死んでも死に切れんのじゃ……」

「え、では、ボクが、その意思を引き継いで、1000組目を作ってきたら……」

「違ああぁぁぁあーうっ! 違うわ、たわけ、よく聞け!」

「は、はい、すみません。では、どうしたら……」

「ワシは、もう、ここで死ぬ。せやから、その前に、今すぐ、ここで1000組目を繋げたいんじゃ」

「えっ、それって……」


 七宮は、動揺したような目を亜衣に向けてきた。

 亜衣は、老人を凝視して、ふうぅーっと、長い息を吐く。


「ってか、あなた、キタアツでしょ?」


「え? え? えーっ!? き、北野氏!?」


 七宮は、亜衣と老人を交互に見た。

 北野らしき老人が、バレたか、と言わんばかりに頭を掻いたが、たるんだ瞼のせいで目元がはっきりと見えないので、何を考えているのかまでは、読めない。


「お前さん、どうしたんだい? 大丈夫かい?」


 しわくちゃの女性が駆け寄ってきた。顔だけ見れば、おばあちゃんだが、足取りは軽い。

「どうしたんだい。こんなとこで、死んだらあかんよ。1000組目を繋げるって、ゆうてたやろ? 夢は叶ったんかい?」

 棒読みのようなセリフを吐きながら、老女のような女は、息絶え絶えになっている老人の肩をゆすった。


 七宮から視線を送られた亜衣は、口先に人差し指をあてる。

「そうか、あなたたちが、1000組目になってくれるんだね!」

 くるりとこちらを振り返った老女。この動きも年寄りとは思えないほど、俊敏だった。


「ミクル、演技……もう少し、練習したほうがいいよ」


「あ……あ、あれ?」


 ミクルと思しき老女は、ポカンと口を開ける。


「バ……バ、バレてた?」


 北野の特殊メイクは、さすがだし、一瞬、騙されかけたけど、シナリオがチープだし、北野の演技にも改善すべき点があった。ミクルの演技が、問題外だとしても。


「さあ、メイクを落として、着替えてきてや。はよ、学校に行こっ!」


 きっと、北野とミクルは、わたしたちをくっつけようとしてくれたんだろうけど、そんな、おせっかいは、いらないかな。


 そのうち、きっと、七宮が自発的に、告ってきてくれるだろうから。


 いつか、きっと。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ