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コンフィデンシャル・ラン JK  作者: おふとあさひ
7/8

お堂で、パーティタイム

 パチパチパチパチ。


 和泉さんのお寺のお堂に、拍手の音が鳴り響いた。

 第一回公演を無事に終え、演劇部が、部活動として承認された記念として始まった祝賀会。仏像をバックに、今日までの経緯を、声を張り上げて語った香川亜衣は、悦に浸りながら、一人一人の様子をうかがう。


 亜衣と共に仕掛けた側のメンバーは、皆、満足げに、拍手をしてくれている。

 ただ、ゲストとして招いた二人は違った。

 生徒会長の飯塚は、口を尖らせて、ふてくされているし、咲は、伏し目がちで、ずっと畳に視線を漂わせている。


 亜衣は、降壇すると、テーブルを挟んで、咲の前にある座布団の上で、膝を折った。


「ごめんね、咲。ずっと、黙ってて……」

「……ま、まぁ、しょうがないって、納得するしかないやんな……」


 咲の目の前に置かれている、プラスチック製のコップ。それに注がれた、ほんのりと色づいた炭酸は、全く減っていない。

「うちも、亜衣の立場やったら、おんなじようにしたかもしれへんし……」

 咲は、そう言いながら、ポテトチップスを一枚、つまんだ。

「ほんまに、ゴメンな」

 亜衣は謝るしかない。きっと、許してもらえるまで時間がかかるだろうと思っていたんやけど……。


「まぁ、しょうがない。許す。……しぶしぶやけどな」

 咲はそう言って、ジュースの入ったコップを持ち上げた。音は鳴らないけど、(チンッ)って心でつぶやいて、亜衣は咲のコップに自分のコップを軽くあてる。


「それにしても、亜衣、いい人すぎひん? なんで、いじめられっ子とか、ひきもりの子たちのために、そんなに自分の時間を犠牲にしたりしたん?」

「えーっ? べ、別に、そんな、苦労してるとは思ってへんけど……。た、ただ、そうしたいから、してるだけやねんけど……」


 咲の表情が、少し、緩んだ。


「奇特な人やなぁ、亜衣は。将来は、NPOにでも参加するつもり?」

「えっ!? なにそれ? せえへん、せえへん。いくらわたしでも……。それは無いって。ハハハ」

「な、なんで、そんなに、否定するん? わからへんやん? むいてると思うんやけど……」


 咲は、再び、ポテトチップスを一枚、口に運ぶ。


「そんな、むいてへんよ。あれは、ただの趣味やから。わたしは、ただの格闘オタク」

「格闘オタク? なにそれ? それが、NPOに入らへんことと、何か関係あるん?」

「えっ? NPOって? 新しいプロレス団体の名前……」

「は?」

「……やないの?」

「へ?」

「ジャイアント馬場の後継団体で、ニッポン、プロレス、オリジナルとか、アントニオ猪木の方の後継なら、ニュー、プロレス、オリエンタルとか、そんなのの略語がNPOかと……」


「アホかあぁぁぁぁあああ」


 目の前の咲が、背中から畳に倒れた。


「せめて、Oは、オーガナイゼーションってことにしてくれぃっ!」


 起き上がるなり、咲が、ぐっと顔を近づけてくる。

 そして、NPOとは、これまで和泉さんがやっていたような、社会的弱者のためにボランティア活動をする団体のことだと、教えてくれた。


「マジっ!? 恥ずっ。恥ずいわ。知らんかった。あ、あかん、顔が、赤ぁなってきてもた……」


 亜衣は、右手をうちわがわりに仰ぐ。


 歓談の時間になってから、群を抜いて騒がしいテーブルがあった。そこで盛り上がる声は、亜衣の背後から聴こえてきた。

 ミクルが、きゃっきゃっと弾けるように、笑っている。北野相手に、これまで見たことないほど、はしゃいでいた。


 咲は、ピーナッツを二粒つまんで、口に放り込む。

「ミクル、楽しそうね。北野とウマが合うのかな」

 亜衣はそれには答えずに、咲を真似するように、ピーナッツをつまんで口に放り込んだ。

 亜衣には、ミクルがはしゃぐ理由がわかっていた。亜衣としては、そっとしておいてあげたい気もしたけど、これ以上、咲に隠し事をするのが、後ろめたくもある。迷ったあげく、「ぜったい、言わへんでな」と、まず、口止めをする。


「ミクルは、キタアツが好きやねん。一年の時から。だから、いじめられて不登校になったキタアツが心配になって、学校に来なくなってん。復帰させたくて、キタアツと同じ、和泉さんのお寺に通ったんよ」


 咲は、キョトンとした顔で聴いていた。意外だったんだろう。

「へえ、そうやって見ると、お似合いかも。どっちもおしゃべりやから、ちょうどいいかもしれへんな」

「そ、そう……わたしも最初は、そう思ってたんやけど……、ほら、咲、見てみ」

 咲の視線が、ミクルに移ったのを確かめてから、亜衣が続ける。

「ミクルの方が圧倒してへん?」

「た、たしかに……。北野、ちょっとだけ、困ってそうやな……」

「やんな? ミクルには、何度か、注意したんやけどなぁ……」

 亜衣は、テーブルに肘をついて、ため息を一つ。北野の前で、空回りしているようなミクルをぼんやり眺めた。


「うぎゃあぁぁぁあああああ!」


 ミクルらの横で、和泉さんと話していた飯塚が、突然、悲鳴を上げた。飯塚は狂ったように首を振っている。


「信じられない、信じられないわ……。ど、ど、どこどこどこどこ? どこやった? 何をしたんだ?」


 亜衣が見ると、飯塚は、頬に手を当てて、和泉さんにむかって、大きく目を見開いていた。

(うわっ、ヤバそう……)

 完全に、飯塚の目は、いっちゃっている。


「オ、オレのダークサイドが無くなっちゃったよ! ダークトキちゃん、どこにいっちゃったの? どこに隠したん? なあ、なあ!? なあって!?」


 飯塚は、テーブル越しに、和泉さんの肩を掴んで揺すった。

(な、何? ダークトキちゃんって……?)

 何が起こったのかわからず、意味不明な飯塚の発言もあって、亜衣は当惑する。


「ふふふ。ダークトキちゃんって……。まだ、そんなバカな事ゆうてるんや。アホやな、斗基ちゃん」

 咲が、愉快な行動をする幼い子供でも見ているかのように、笑った。咲は、何か、知っているらしい。

「咲は、知ってるん?」

「うん、知ってる。斗基ちゃんは、うちとか女子には隠してるつもりやけど、とっくに知ってんねん、実は。幼い頃、男子の友達が教えてくれたから」

「そ、そうなんや……。で、なに、ダークトキちゃんって?」


「斗基ちゃんの中には、二つの性格が存在するんやて。普段は、エンジェルトキちゃんが、前に出ていて、誰からも好かれる性格なんやけど、そこで溜まったストレスを発散するのが、ダークトキちゃんらしいわ」


「へ、へえ……そ、それって、二重人格……」

 咲が、小さくアゴを引く。

「ダークトキちゃんは、闇を持ってて、危険な性格やから、絶対に女子には見せへんようにしてるんやって」


「そうなんや……知らんかったわ。その人格は、男子の前でだけで出るん?」

「そう、その性格の被害にあった男子は、結構いるみたいやわ。その子らは、ダークトキちゃんは、感情の制御が出来てへんようだったって、みんな口をそろえてそう言ってるって」

「そ、それって、治療が必要なレベルなんやない?」

「そ、そうなんやけど……。斗基ちゃん、うちにまで隠して、相談してけえへんし……」

 咲は、頬杖をつき、やるせなさそうな視線を飯塚に向けた。

「な、なあ、元に戻してくれよ、なあって! たのむよ。頼むって!」


 すがるような飯塚の声が、天井から跳ね返ってきた。飯塚が、和泉さんの両肩を捕まえて、何度も頭を下げている。

 この状況から察するに、どうやら和泉さんが、飯塚に何かをして、ダークトキちゃんをどっかに消し去ってしまったらしい。

 和泉さんは、メンタルケアのスペシャリストで、住職でもあるし、悪霊払いなど、ちょっとした能力を持っているとも聞いていたので、容易く処置してしまったのだろう。


「あれが無いとオレ、ストレスで押しつぶされちゃうって」

「大丈夫、大丈夫。もう高校生なんやから、なんとかなるもんやって」


 和泉さんは、飯塚に、やさしく微笑みかけて、安心させようとしていた。


 取り乱す幼馴染を見ているのが辛くなってきたのか、咲は、顔を逸らし、視線を漂わせる。

 やがて、少し間のあいた隣を向いて、動きを止めた。


「亜衣、あいつ、暇そうにしてるけど、ええん?」

「え?」

 咲の視線の先には、七宮が座っていた。

「な、何が? どういう意味?」

「亜衣、前から、七宮のこと、ちょっと気になってたんやろ? うちは、なんとなく、わかってたで」


 亜衣は、ポテトチップを取って、口に放り込んだ。何枚も、何枚も、取っては口に入れ、飲み込む前にはまた、手を伸ばす。


(し、しまった、あかん! 動揺してるのが、バレバレやんか……)


「七宮の見た目の印象が変わったのって、亜衣の影響やろ? あか抜けて、ちょっとカッコよくなったやんか」


 それとなく七宮を見た。七宮は、コンタクトに変えたせいか、黒目がちな艶っぽい目をしていて、髪型もあか抜けている。過去を知らない人が見れば、イカしたモテ男にしか見えない。

 背筋をピンと伸ばして、正座しているところは、以前のままの、彼らしいところではあったけど。


「ねぇ、亜衣? 行ってあげたら? ……うちは、幼馴染を慰めてくるよ」

「え?」

 咲がコップを持って、立ち上がる。

「じゃあね。亜衣も行ったげてな。気になってるんやろ?」


「ダークトキちゃんがぁ……」と、いまだブツブツ言っている飯塚の元へ、咲が歩いていった。


 亜衣の心拍数が上がる。

 胸のうちを咲に読まれていたことは意外だった。でも、バッテリーを組んで、毎日一緒にいるわけやし、いつかはバレることなので、開き直るしかない。


(せやねん。どうせ、わたしの趣味は、少し変わってんねん。それのどこが悪いんじゃ?)

 誰に言うでもなく、心の中でやさぐれた。


(ええねん、誰にも理解されへんでも。度を越してクソ真面目な、四角四面な男子に魅かれんねん、わたしは。そんな社会不適合者を社会に合うように改造して、見てくれも自分好みに仕立てることに、快感を覚えるねん)


 亜衣は、自分の心の中に、ダークアイちゃんがいるのかも知れないと思ってハッとした。ただ、誰にも危害は加えてはいないので、それはそれで、放っておくことにする。


 それはそうと……。亜衣も、席を移ろうか、迷う。


 七宮は、茶道でも嗜んでいるかのように、ジュースの入ったコップを両手で支え、口に運んだ。

 ずっと、気になる存在ではあったけど、亜衣が劇的に七宮を意識し出したのは、あの日から。二人並んで、自転車で帰ったあの日。



――ライトアップされた二条城の石垣が、美しかった。

 演劇部を作りたいという亜衣の協力要請に、快諾してくれたあとだった。


「ボ、ボクは、香川さんが、演劇部を作りたがっているっていうことは、ずっと前から、知っていましたよ」


 お堀の水が、街の喧噪を吸い取ったのかと思った。七宮の発言だけが、ストレートに亜衣に届く。


「だから、ボクは、今年、生徒会長に立候補したんです。そしたら、香川さんの申請を受け付けて、承認する権利をもらえますから」


 亜衣は、言葉を失った。生徒会長に立候補したのが、そんな理由だったとは、夢にも思わなかった。

 亜衣も、七宮が生徒会長になれば、演劇部を承認してもらえる可能性が高くなるかもと期待して、応援はしたけど、それを七宮に伝えたことはない。ひた隠しにして、誰にも、言ってなかったから、七宮は、知る由もないはずなのに。


「ボ、ボクは、香川さんの喜ぶ顔が見たくて……」

 七宮が、はにかむ少女のように、少し首をすくめた。七宮にしては、珍しいしぐさである。


(なに、なに、なに、なに? えっ?)


 亜衣は、キュッと胸を締め付けられた。


(そ、それって……あ、愛の告白!?)


 顔に血が上ってきて、暑くなる。

(ヤバい、ヤバい、ヤバい……。どないしよ……)


 亜衣は、ぐるぐる頭の中を回転させたが、どんな言葉で返したらいいのか思いつかず、時間だけが過ぎていく。この空白の時間は、へんな誤解を招くかもしれない。

 嬉しい、わたしも……っていう気持ちばかりが湧いてくるけど、こっぱずかしくて、そんなことは言えなかった。


(あかん、なんでもええから、はよう、何か言わんと……)

「そ、そ、そうなん? それやったら、どうしたら、わたしが嬉しくなるか、教えたろか?」

 自分の気持ちを、どう伝えたらいいか迷ううち、ヘンテコな問いかけをしてしまう。


「は、はい。お願いします。ぜひ」


「あ……。せ、せやな……」


 なんだか、会話の流れとして、正解を出せたとは到底思えなかった。けど、この際だから、言いたいことを言ってしまおうと、亜衣は心に決める。


「七宮のクソ真面目なところが、ヤダ」


「ク、クソって……」


「四角四面すぎるんよ。そんなんじゃ、楽しく生きられへんよ。世の中、間違っていることや、不条理なことなんて、山ほどあるんやから、イチイチ、気にしちゃあかんよ」


「は……は、はい」

 七宮は、ブレザーの内ポケットから、メモ帳を取り出した。


「七宮が、煙たがられてるのも、全部、そのせいやで。七宮自身も、つらいやろ? もっと、臨機応変にやらんと。悪ふざけするぐらいが、ちょうどええんやと思うで」


「は、はい」と言いながら、七宮は、メモ帳にペンを走らせている。どうやら、亜衣のコメントを書き留めているようだった。


「せやから、そういうとこやって!」


 亜衣は、七宮から、メモ帳を取り上げる。

「なんでも、かんでも、真面目に捉えたら、あかんねん。わたしのざれごとだと思って、聞き流したら、ええねん、こんなもん」.

「あ、いや……でも……。せ、せっかく香川さんからいただいたアドバイスですし……」


(真面目過ぎる……。どんだけ、真面目やねん、コイツ……そんなスタンスで生きてたら、息苦しくて仕方ないやろ……)


「あ、でも、香川さんがそう言うなら……。嫌われたくないですし……」


 七宮は、目をパチクリさせながら、眼鏡のフレームをつまんで、位置を整えた。

 ばかばかしいほど、品行方正な七宮が、憐れ過ぎて、母性本能のような感情が溢れてくる。けれど、それとは関係なく、七宮を見ていると、言いたいことが、どんどん浮かんできた。


「あ、あと……あとはな……。あと、その黒縁眼鏡、やめてくれる」


 亜衣の口は、勝手にペラペラと動いた。まるで、イッツ、オートマチック。

「んで、コンタクトにした方が、絶対かっこよくなると思うねん」

「は、はぁ……」

「あと、その髪型な。キノコみたいなやつ。それもやめて」

「か、髪型ですか……」

 七宮が、ボリボリと頭を掻いた。


 亜衣のマシンガントークは、止まらない。

「そう。アイドルみたなのが、わたしは好きやねん。茶髪でさ。なんか、こう、ふわっとさせたような感じの」

「ちゃ、茶髪ですかっ!?」

「そうか! ……茶髪……、うん、いいかも。これまでの七宮に見切りをつけることにもなるやろし。そうしよ、な?」

「か、髪を染めるのは、校則違反じゃ……」

「でも、憲法違反やない。国の法律でもないし、校則が間違ってるかもしれへんやん」

「そ、そんな無茶な……」


「ちょっとくらいええって。ちょっとだけ茶色くしても、誰も気づけへんやろし。そのぐらいのやんちゃな遊び心が、今の七宮には必要やねんて、ぜったい」


 七宮は、意味も無く、チリン、チリン、とベルを鳴らした。その手元をじっと見つめて、沈んだ表情を浮かべる。


(少しは響いたんかな。見た目も、性格も、良い方向に変わればいいけど……)


「わ、わかりました」


 七宮が、顔を上げた。


「明日、眼科や床屋を巡って、それやってきます。明後日には、香川さんに、生まれ変わった七宮をお見せするようにします」


「え? あ、あぁ、そう? そんなに急がんでもええけど……」

「いえ、急ぐことで、誠意を見せます。だから……」


「だ、だから?」


「ボ、ボクと……」


「ボクと?」


 残念ながら、七宮は、それ以上は、言わなかった――



 亜衣は、ジュースの入ったコップを握り、這うようにして、七宮の前の席に移動する。


「ここ、空いてる? 座ってもいい?」


 茶髪になって、見た目はあか抜けた七宮が、コクリと頷き、雑誌の表紙を飾るアイドルがするような笑顔を見せた。


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