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コンフィデンシャル・ラン JK  作者: おふとあさひ
5/8

生徒会長、理解を超えられる

 生徒会長の飯塚は、地面にへたり込んだまま、声のした茂みの方を見た。

(カット? 今、ハイ、カットって言わなかった?)


 茂みの中から、小柄な男子がヒョイっと出てきた。肩に、プロ仕様のような大きなビデオカメラをのせている。

「え? また、怪人!? 妖怪? プロ仕様カメラ怪人とか!?」


 飯塚の背中に冷たいものが伝い、ピンと背筋が伸びた。けれど、腰が抜けてしまっていて、動けなくなっている。立ち上がりたいのに、体が動かない。


(つ、次から次へと……。も、もう……)

 飯塚は、遥か遠くで地面に散らばっているお札を眺めた。悪霊退治には、少なくともそれらが必要であるが、それを持ったところで……。


 飯塚は、この期に及んでも、香川か咲がなんとかしてくれるのではないかという、淡い期待が湧いてきた。

 振り返ると、咲は、完全に地面に突っ伏して激しく肩を上下させていた。絶叫のような咽び泣く声が聴こえてくる。

(か、香川は?)

 香川を探す。が、倒れている七宮のもとにはいなかった。その間にも、プロ仕様カメラ怪人が近づいてくる。


「オーケーデース」


 プロ仕様カメラ怪人の声は、声変わり前の男子のようで、スマホ怪人のような、だみ声ではなかった。京四条高の制服を着ているプロ仕様カメラ怪人は、身体の全てのパーツが小さくて、猿か妖怪のようにも見える。


「だ、だめだ、や、やめてくれ、こっちに来ないでくれっ! オ、オレはお前を知らない。お前をいじめたのは、オレじゃない。な? プロ仕様カメラ怪人!」


 飯塚は、胸の前で両手の指を組んで、プロ仕様カメラ怪人に向かい、どっかに行くように祈った。


「何、言ってんの? 会長、あの子、覚えてないの? 吉水やないの」

 いつの間にか、香川亜衣が横に立っていた。こんな状況なのに、冷静でいるように見える。


「ヨ、ヨシミズ? 何それ? ヨシミズ怪人?」

「ちゃう。怪人やないわ、アホ。うちの生徒やないの」

「えっ!? そんなのいたっけ?」


 香川はそれには答えずに、「はあぁ」と、ため息を漏らしている。


「みなさん、オーケーでーす。大丈夫っす」

 怪人のようにしか見えない男は、そう言って、肩からカメラを下ろし、地面に置いた。


(オーケー? 大丈夫? なにが?)


 プロ仕様カメラ怪人だと思ったのは、吉水とかいう生徒……。その吉水が、地獄絵図と化した、この惨状を見て、ケタケタと笑っている。その姿は、怪人や妖怪というレベルではなく、もっと残虐な、悪魔のようにも映った。


「うわっ。や、やば……」と、七宮の声がした気がする。

 あり得ない声に、飯塚は、七宮の方を振り向いた。


「えっ!? ええええぇぇぇえーっ!?」


 飯塚はのけぞって、この世の終わりのような奇声を上げた。死んだとばかり思っていた七宮が立ち上がっていた。

 脇腹の血痕を確かめている。


「こ、これ、血のりの量、多くないですか? めちゃくちゃ制服についたんですけど」


(ゾ、ゾンビ!?)

 飯塚は一瞬そう考えたが、自分の中で、すぐに却下する。脇からの流血が続いている七宮だったが、顔色は良い。


「これ、本当に、洗濯したら、落ちるんですかね?」

「大丈夫と、ちゃうか。北野君が、そうゆうてたし」

 スキンヘッドが、七宮の脇腹を確かめながら、ウンウンと頷いていた。


「えぇ、えーっ!?」

 鴨川の笛吹き男と呼ばれる凶悪犯が、なぜ、七宮と仲良さそうにしゃべっているのか、飯塚には、全く理解できなかった。そもそも、七宮が生き返った理由もわからない。


 飯塚の頭の中に、いくつものクエスチョンマークが浮かぶ。


 吉水は、起き上がろうとするスマホ怪人を支え、香川が、もぞもぞとスマホの下方部をいじっていた。


(そ、そういえば、スマホ怪人は、お札を貼られたのに、北野に戻っていない……)


 冷静さを取り戻してくると、飯塚は、七宮らが会話していた内容が気になりだす。


(血のり? 洗濯したら落ちるって、北野が言ったって?)


 考えていると、だんだん、そう話す意味が理解できてきた。ある仮設を立てれば、の話だが。


 パチパチパチ。


 遠くの方から、手を叩く音がする。そんなに大人数のものではない。

「いやぁ、お疲れさん、お疲れさん」

 拍手をしながら、校舎から出てきたのは、保健室にミクルを運んだはずの目黒だった。石段を下りて、こっちに向かって歩いてくる。


「うまくいったみたいだな。よかった、よかった」


 グランドに下りても尚、目黒は拍手をしていた。そして、目黒の後ろで、見え隠れする女子も手を叩いている。


 飯塚が目を凝らすと、目黒について出てきたのは、ミクルだった。

 ミクルは、スマホ怪人に包丁で刺されたはずなのに、ピンピンしている。お腹の周辺は血まみれだけど。


「な、何、コレ? ど、どういうこと?」


 飯塚が声のした方を振り返ると、咲がポカンと口を開けていた。

 咲は、まだ、事態を掴めていないらしい。飯塚は、自分の立てた仮説と、今まさに起こっている状況を照らし合わせ、確信しつつある。


「ぶふぁぁあっ! 暑かったぁ。暑すぎて、死ぬかとおもたわ」


 声の主を見た飯塚は、「やっぱり……」と、大きく息を吐いた。


 スマホ怪人……と思っていたが、スマホの被り物は脱ぎ捨てられていた。その横に、枯れ木のような腕をした北野が立っている。

 北野は、「改良せな、夏場は無理やな、コレ」と言いながら、トカゲのような大きな手袋をとって、地面に放り捨てた。


「パ……い、和泉さん、ありがとう。ごめんね、協力してもらっちゃって」

 香川が、弾むようなステップでスキンヘッドに近寄って、ハイタッチをしている。

「ええって、ええって。亜衣ちゃんの頼みは断れへんし、企画も良かったから、賛同したわけやし」

「ふふふ、ありがとう。最高の演技やったわ。グー!」

 香川が、スキンヘッドに親指を立てると、スキンヘッドも親指を立てて、「グー」と返した。


「ちょ、ちょっと、ど、どうなってるんだ……」

 飯塚がポロリとこぼした言葉に、反応する者はいない。ただ、飯塚の中の、『エンジェルトキちゃん』だけが返事をした。


(もう、わかっただろ? 騙されたんだよ、キミ)


 それは、飯塚の立てた仮説を肯定するものだった。飯塚の中で、仮説は、完全に確信に変わる。ただ、まだ、わからないことはたくさんあった。


「ど、どこから? どこまでが本当で、どっから、騙されてたんだ? なんで?」

(そんなの、知らんわ。自分で、確かめなさい)


 飯塚の周りでは、皆、お互いを褒め称えあいながら、ハイタッチしている。唯一、咲だけが、地面に座りこんで、放心していた。

 いつの間にか、緊張の糸がほどけ、飯塚は、体が動くようになっていた。


「ちょ、ちょっと! し、質問いいですか?」

 飯塚は、立ち上がって、右手を高々と挙げた。



 香川亜衣が、近づいきて、ペコリと頭を下げる。

「オ、オレを騙したんか?」

「すみません……部活を認めてもらうには、こうするしか無くて……」


 夕日に照らされて、長く伸びる影。たそがれは、飯塚の気分まで暗くした。


「部活? なにが?」

「生徒会長、我が部活動を認めていただけたんですよね? ありがとうございます」

「は? 我が部活動? なんのこと? そんなの、認めてないけど……」

「えーっ!? さっき、認めてくれるって、ゆうたやないですか? 吉水のカメラに証拠も残ってますよ」


 飯塚は、グランドに置かれたプロ仕様のようなカメラを見て、その意味を理解した。これまでのやり取り……七宮や香川とのやり取りは、ずっと、茂みに隠れていた吉水に撮られていたのだ。


 でも、無条件で約束したわけではない。

「あ、だから、それは、三要件を満たせたら……」


「だから、三要件は、満たしました」

「なにが? なんか、活動の実績残した? 実績残してからじゃないと……」

「実績のこしました! 第一回公演、たった今、クランクアップできましたから」

「クランクアップ? 第一回公演?」


 飯塚は、香川が何を言っているのか、さっぱり、理解できない。だいたい、どんな部活動を認めろと訴えてきているのだろうか。


「何を言ってるんだ? 意味がわからん。だいたい、何部を作りたいって言ってるんだ?」


「はい、演劇部です。そして、我が演劇部は、今、実績を残しました。第一回の演目、『鴨川の笛吹き男のその後』です。お付き合いいただき、ありがとうございました」


 香川亜衣が、膝に着くぐらい、深く頭を下げた。


「演劇部? キミらが?」

「あ、申し遅れました。わたし、演劇部、部長の香川亜衣です。ソフトボール部と掛け持ちですけど。あ、そうだ。それで……」

 香川が、目黒を捕まえて、連れてくる。

「それで、目黒先生が顧問です。先生もソフトボール部と掛け持ちの顧問ですけど」

「飯塚、すまんかったな。騙してしまって」

 目黒は、眉尻を下げて、後頭部を掻いた。


「な……」

 飯塚は、改めて周囲を見回し、咲以外は、演劇部の関係者だと悟る。


「ボ、ボクたち、演劇部を立ち上げて、承認してもらいたくて、第一回の公演を企画したんです。楽しんでいただけましたか?」


 シカクシメン怪人になりかけた、四角四面の男。その七宮が、ロボットのような動きで、近寄ってきた。

 この動きは、演技では無かったらしい。


「た、楽しいわけ、ないだろ……。っていうか、オマエが生徒会室まで来て、認めてくれって言ってきたのって、演劇部のことか?」

 七宮は、コクリと頷いた。


「あ、あの時、オマエの身体が、角材みたいに硬くなってたってことは、あの時から仕込んでたのか?」

 七宮が、またコクリ。


 飯塚は、沸々と煮えたぎろうとするものを意識して抑え込んだ。このままでは、『ダークトキちゃん』が出現してしまうかもしれない。ここには、女子もいるし、先生もいる……。

 飯塚は、奥歯をギシギシと噛みしめ、耐え忍んだ。


「無事、クランクアップしたし、演劇部も承認されたし、今日は、記念にお祝いしましょう!」

「イェーイ!」


 香川の明るい声に反応して、手を挙げたり、拍手をしたりして、みんな盛り上がっていた。


 飯塚は、その中に溶け込めていない咲と目が合う。咲の瞳が潤んでいた。きっと、咽ぶほど泣いていたさっきまでとは、違う感情で、悲しくなっているのだろう。

 慰めようと近づこうとした時、間に香川が入ってきて、咲の前にしゃがんだ。


「咲、ゴメンね。巻き込んじゃって」

 咲は、放心しながらも、上目遣いで香川を見やった。

「咲には、事前に打ち明けたかったんやけど、咲、会長の幼馴染やから……。どこから漏れ出すか分からへんって、メンバーに言われちゃってさ……」

 咲は、苦笑いをするのが、やっとのようだった。

「ほんま、ゴメン。許せ、咲」

 香川は、咲を抱きしめる。

「ちょ、ちょっと、まだ、気持ちの整理がつかへんねん……。く、詳しく教えてくれへん?」

「うん。もちろん」

 香川が、抱くのを止め、咲の両肩に手をのせた。

「ただ、話せば長くなるから、場所を変えよ? 咲も、お祝いに参加してよ」

 咲は、少し考えていたようだったが、しばらくして、小さく頷いた。

「よし。それじゃあ、移動しよ。あ、生徒会長?」

 飯塚が見ると、今度は香川と目が合う。

「よかったら、生徒会長も参加して」

「オレも? いいの?」

「うん。ぜひ」

 香川が、目尻を垂らして笑った。


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