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会社のパソコンでそれは見るな

作者: 山木 拓

「え、本当に何やってんの? なんでそういう事になっちゃうの?」

「すみません…」

「いやすみませんじゃなくてさ。お前仕事できなさすぎでしょ。資料作成間に合わないなら間に合わないって早めに言ってくれないとお客さんも困るんだよ?」

「……」

「黙ってないでなんか言ってくれよ」

「……他の案件立て込んでて、あと会社の経費申請とかも間に合わなくて」

「言い訳してんなよ!? 案件立て込んでるなら他の人に頼めって。経費申請も月末にいきなりやるんじゃなくて、週イチぐらいでやれば何とかなるだろ!」

「…すみません」

「はぁ…ったく…。で、どうすんの?」

「明日朝までに仕上げます」

「できんの? 量的に厳しくない?」

「……」

「いいよ、先方には上手いこと伝えておくから、週明け月曜朝イチによこせよ。最悪土日、出勤手当申請するか後日代休とるなりで間に合わせろよ」

「すみません」


   ーーーーーーーー


 私はいつも思う。この言い方でよかったのだろうか、と。キツくないか、嫌味たらしくないか、恐くないか。注意一つするにあたっても色々考えるのだが、優しすぎるのも良くないよなぁとも悩んでいる。それと、私があのまま会社に一緒に残っても気まずくて作業が進まないだろうしとりあえず先に退社したのだが、彼は大丈夫だろうか。もしかしたら一人泣いているのかも。はたまた気持ちを既に切り替えているか。なんにせよ心配だ。


 結局彼は翌日の金曜日、十九時頃に資料の作成を終えて渡してくれた。ざっと見ても、なんら問題はなさそうだった。

 正直、客先で懐に入り込んで話を引き出してくれる人間性には魅力があるし、後はこのあたりのタイムスケジュール感が備われば完璧なんだけどな。

「うん、完璧よ。いいじゃん。じゃあ週明けアポ取って、お客さんと打ち合わせ行こうか」

「わかりました」

 さすがに疲れている様子だった。確かに昨日今日とやる事が多くて時間に追われていたからな。メシでも奢ろうか、…いやそれだと逆に気を遣ってより疲れてしまうか。この後適当にコンビニでも行って肉まんとかでも買うか。まさかこんな事で悩んでしまうとは、やはり部下とは相当仲良くないと、ただ労うだけでも相当難しくなってしまう。

「土日とか何して過ごすの?」

「あー…最近は、筋トレとかですかねぇ…」

「へー…」

「はい。……」

「…………」

 気まずい。これを機に部下と仲良くなるのも試してみたのだが少し難しそうである。


 それにしても、もう仕事は残っていない筈なのに帰る気配がなかった。一体何をしているのだろうか。

「やること終わったら帰りなよ?」

「はい…でも出張申請とか交通費精算とか色々しないといけなくって」

「そうか、程々にな」

 ウチの会社はここが良くないと思う。何を申請するにあたっても書類の作成、提出、承認印が必要で、社内仕事が無駄に多くなっている。これはそのうちなんとかしておきたい。

 ただ、まだ彼がしばらく帰らないのなら今のうちにコンビニに行ってこよう。


 席を立ち、彼の後ろを通りかかった。その際、パソコンの画面が見えてしまった。彼はとある動画を見ていた。その動画チャンネルには定番のスタイルがあり、見た瞬間に誰の動画かすぐに判別できた。画面の中の男は、おなじみの黄色いパーカーを着ており、そして何故か頭にパンツを被っており、そしてマイクとパソコンとイヤホンという簡素な設備だけで月々数千万稼いでいる。とてつもない賢しさで、恐ろしいほどの回転速度を誇る頭脳の持ち主であるその男はとても有名。私も実際にその手の動画は時々見ているので後輩が誰の動画を見ているのかすぐに判った。

 コンビニに行く途中、私は思った。社用パソコンで仕事と無関係な動画を見るなと注意すべきだったか? しかし定時は過ぎているので大目に見て良い部分か? いや、それよりもだ。見て良いかどうかよりも、見ていた動画の内容の方が気になってきた。太字の字幕が出ていたので、動画の男が話す内容は断片的に読み取れた。字幕には「おめでとうございます」とか「上司が〜」とか他にも「本当に強い人は〜」みたいな事が表示されていた気がする。


 いっそ調べてみるか。スマホを取り出し、動画アプリで色々調べて、そのような字幕が出てくるものがないか確認してみた。

 すぐに見つかった。多分これだ。

『パワハラ上司に言い返せた、なるほど。おめでとうございます、ハハ。本当に強い人って、パワハラしないんですよね。ポジションだけ強いって状況の人は、そのポジションが脅かされそうになると素が出て威張り散らす態度取るんですよ。逆に相手を威嚇するって、本当に強い人はやらないんですよ。刺すぞ刺すぞっていう脅しとかあると思うんですけど。マジで刺す人は、無言で刺して来ます。はい』

 ………え、これまさか参考にしてるのかなぁ。私刺されるのかなぁ。刺そうとしてるのかなぁ。どうなんだろ。無言で刺されちゃうのかなぁ。怖いなぁ…。


 念の為肉まんと唐揚げ串と缶コーヒーと野菜ジュースとエナジードリンクを買っておいた。最悪お気に召さなくても私が持ち帰って晩御飯にすればいいし。


 会社に戻ると、彼はまだ動画をみていた。後ろから覗いて字幕だけでも確認してみた。

『怒られすぎて逆ギレしてモノにあたったら、予想以上の音をたてて壊れました。そしたら上司がびっくりしてトイレで泣いていたそうです。この件で社長から呼び出しがあるのですがどう謝れば良いでしょか? …ふふ、なるほど、いやー、体格ある人がもの叩いたらそりゃ壊れちゃうだろうし、しょうがないですよね、アハハ。だってデカい人が暴れたら恐いですもん』

 ………え、私泣かされるのかなぁ。泣かそうとしてるのかなぁ。あ、そういえば、最近筋トレしているって、まさかそういう事なのか? 私をビビらすためなのか? …怖いなぁ…。


 泣かされないように、今のうちから良い関係性を築いておこう。私は、いかにもついさっき帰ってきて、動画も全く見ていないカンジで声をかけた。

「よっす! お疲れ! いや〜、仕事間に合わせてくれてありがとね? ほんと助かったよ! でさ、頑張ってくれたから、そのお礼! 時間帯的にも小腹減ってるかな〜って思って。ほら、遠慮しないで!」

「は、はぁ…。いやでも、全部はさすがに貰えないです」

「ん〜? じゃあ残りは私がもらうからさ、好きなの取りな?」

「ありがとうございます。えっと、じゃあ…」

 彼は、唐揚げ串と缶コーヒーを受け取った。

 …あれ、もしかしたら串で私刺すつもりかもしれない。もう今日のこの残業時間から油断が出来ない。せめて、生きて退社できますように。


 ・・・・・


 数ヶ月経ったのだが、別に刺されたり泣かされたりはしなかった。それでも念の為、良い関係性を築く努力は継続している。

「お、契約取れたんだ! よかったじゃん。てゆーか、こっちの予算組みもう終わらせてくれたの? ありがとねぇ。いや〜、頼りになるなぁ」

 その努力のおかげか、提出書類が遅れるのも減ったし仕事の効率も上がった。気まずい瞬間も少ないので、きっと、おそらく、多分だけど仲良くなれていると思う。そう思いたい。


 しかし油断は禁物だ。なぜならば、彼はまだ筋トレを継続中で、日に日に体格も良くなっているしな…。

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