05話
「残り一枚!失敗は許されないぞ、俺……!おーいデカブツ!こっちだ!」
セイマはその右手に握られた鉄パイプを掲げ叫び、魔獣の意識を自身へと向けさせる。
もちろん大きく動けばそちらに視線が移り、首を動かす。直前まで炎で狙い撃ちにされていたのでなおさらだった。
セイマを踏みつぶそうとするが尾が地面に固定されているためそれもままならず、先ほどまで自由に動けていた分魔獣のフラストレーションは溜まる一方だった。
目の前でちょこまかと動くセイマについに痺れを切らし
『Grrrrrrrrrrrrr!!!』
と天に向け大きく咆哮する。
そして咆哮がおさまり、魔獣の双眸はまた足元のセイマと捉えんとするが、先ほどまであったハズの小さな影はどこにも無かった
「どこを見てンだ!俺はこっちだぞ!」
そう、これこそがセイマの狙っていた絶好のチャンスだった。
魔獣が咆哮しようと首をもたげた瞬間、札を左の腕に貼り付け、鎖を射出。狙ったのはガラ空きとなった首である。射出された鎖は首に巻き付き、セイマの体は鎖の持つ張力によって魔獣の方向へと引っ張られる。その慣性によって現在、セイマの身体は魔獣の死角となる後頭部に飛ばされていた。
「付与魔術なら!」
そう言ってセイマは自身の左親指を噛み切り、鉄パイプに文字を走らせる。
「こいつを……喰らいな!!」
鎖が縮み、セイマの身体が魔獣の頭部をめがけて弾かれる。その勢いのまま突き出された鉄パイプは魔獣の右眼球に見事突き刺さる。
『Guoooooooooooo!!!』
ひときわ大きな咆哮。決して小さなダメージではないのは明白だった。
しかし、セイマの攻撃はここで終わらなかった。突き刺した鉄パイプを握ったまま魔力を流すと徐々に熱を帯び始め、あっという間に赤熱した。
ダメージのキャパを超えたのか、もはや魔獣は咆哮さえ出すことができなくなっていた。
無論、その熱は鉄パイプを握るセイマをも襲う。
「~~~~~~~ッ!」
声にならない叫び、だがその顔には笑みが浮かんでいた。
「我慢比べだ化け物……!お前が熱と痛みで意識を手放すか!俺の右手が先にオシャカになるか!」
それもでもなお、分の悪い賭けであることをセイマは理解していた。それでも成功しようが失敗しようが右手一本が無くなるというリスクはこの男にとって、目の前の危機を脱せる事、何もせず逃げ出して魔法少女に投げることに比べれば何ということはなかったのだ。
その時はその場にいた誰の予想よりも早く来る。
握りしめた鉄パイプの切っ先が半分ほど融け、炭化した右手が崩れんとしたその時。
セイマの足場、魔獣の身体がぐらりと大きく揺れる。
魔獣は糸が切れたように前のめりになり大きな鳴動を伴って倒れる。
「ッしゃあ!俺の勝ちだな!よぉしやったれ!魔法少女!!」
まるで右手の事を気にしてないような素振りで(おそらく神経が焼き切れて感覚が全く残っていないからだろうが)ドロシーへと声をかける。
「ダメ!巻き込んじゃうよ!」
「でも今がチャンスだ!早く!たぶん俺なら大丈夫だから!」
熱のせいなのか、それとも戦いの高揚感が抜け切れていないのか大きく笑いながらセイマは言う。
困惑するドロシーだったが視界の端で動く影を見つけ、ため息をつく。
「当たっても恨まないでよね!」
溜めていた魔力を倒れた魔獣に向け、叫ぶ。
「シャイン……!インパクト!!」
するとドロシーの手のひらには巨大な光球が発生し収縮、そのまま極太のレーザーとなって魔獣の全身を焼き尽くした。
光球は魔獣に大きなダメージを与えたらしくの跡にはその姿さえも残っていなかったが、発射時の威力は凄まじいもので、地面は半球型に抉れていた。
無論、射線上にいたセイマもその衝撃で……
肉体ごと消滅してしまった。
「いやぁ流石魔法少女!ありがとなー!」
なんてことはもちろんなく、手首から先を焼き落とした右腕を振りながら感謝の言葉を投げていた。
紫色のドレスを纏った……アリスに抱えられながら。
「なんだか、元気ね。体力も、右手もないのに」
「あんたもサンキューな。いいタイミングで目が覚めてくれて」
いまだ興奮が冷めないセイマにあきれたようにため息をし、セイマを下ろす。
「でもさすがに困ったな……この手じゃいろいろ大変だ」
「それなら安心して!この子がいるから」
ドロシーは緑のドレスに身を包んだ魔法少女、マルを抱きかかえやってくる。
「この子は回復系の魔法に特化しててね。前にも似たようなことあってさ。その時にも治してもらったの。ほら、起きて」
揺さぶられたマルはすぐに目を覚まし目の前の光景に、右腕が焦げ、手が焼け落ちたセイマを見て意識が遠のきかける。
「ちょ!ちょっと!」
完全に落ちる前に強く揺さぶり意識を引っ張る。
「ご、ごめんなさい!なんか手が焦げて無くなったように見え……て……?」
「見えて、じゃなくて実際に焼け落ちてるんだがな」
あっけらかんといった様子のセイマを見て、今の今まで蒼白だった顔を今度は真っ赤に変えてマルは声を荒げた。
「なんでこんな!無茶して!」
「こうでもしないと隙を作れなかったんだよ。結果誰も死ななかったんだし万事OKじゃん?」
「魔法少女は今まで犠牲を出して無いのに!」
「今日はわからんかったでしょーが!みんな生き残る、俺は右手だけが犠牲になった。少ない犠牲で済んだんだ!これ以上嬉しいことはないでしょ」
「私はッ……!」
いつの間にか涙目になっていたマルはそこまで言って声を詰まらせる。さすがのセイマも言い過ぎたと反省しお互いこれ以上は何も言わず、マルは淡々と治療を始めた。
魔法の力はすごいもので、焦げた皮膚は元の柔らかさを取り戻し失われた右手はすっかりと元に戻った。
試しに手を握ったり開いたり、ぷらぷらと振って感覚を確かめる。神経もしっかりと通っているようだった。
「元通りにしたんじゃなくて新しく作り直したモノだと思っていいから」
確かにセイマの腕は先ほどの熱で日焼けのように黒くなった部分と真っ白な部分でくっきりと分かれていた。
「あ~、その。悪かった。サンキュな」
「うん……」
マルは俯きながらも返事を返す。そんな様子を見て二人の先輩魔法少女は微笑み、そしてセイマと目を合わせる。
「確かに今回は助かったけど一般人がこういうことしちゃ危険だから、今度はしっかり逃げてね」
「右手だけだったのは、幸運、だったかも」
少しだけ険しい顔をしている二人とは対照的にセイマは頭を掻き、どこか気の抜けた顔で
「それは頷きかねるな」
と言い放つ。
そのセリフに驚愕する魔法少女たち。
「どうして?どうして自分を大事にしないの!?」
そう問いかけたのはマルだった。
「大事にしてない気は無いんだけどな。まぁ理由はいろいろ。でも一番は」
人差し指を立て言う
「女の子が戦ってるんだ。ここで逃げちゃったら男が廃るってやつだ」
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