01話
とあるビルの上。そこには二人の人影が。
眼下には巨大な怪獣……「魔獣」の姿。
そして、強大な魔獣へと勇猛果敢に立ち向かうドレス姿の少女たち……「魔法少女」が飛び回っている。
「初陣にしては少しでかすぎたか?」
「いーや上等!サクッとやってくる!」
「威勢がいいこって」
人影の片方が金属の音を立てながらビルの縁に足をかけると、もう片方が声をかけた。
「死ぬなよ」
その声に親指を立てて答える。
「おうよ」
金属の鎧を身に纏った男は、魔獣めがけビルを飛び降りた。
***
魔術と呪術がいがみ合い、科学と錬金術が手を取り合ったとある世界。
世間では一般的な魔術、呪術、錬金術と科学が統合された学園へと彼、椎堂 凄馬は足を踏み入れる。
「呪術科は……こっちか?」
常に革新を求める魔術、そしてその逆に伝統に縛られる呪術との軋轢は決して小さなものではない。
古くからいがみ合っていた二つの技術は今まで一度としても相容れたときはなった。
しかし、セイマの両親は違っていた。
『なんでお父さんとお母さんは結婚したの?』
数年前、まだ小さいときに持った疑問をぶつけた事があった。
セイマの両親は父親が呪術師、母親が魔術師であり、ソフトに言えば「変わり者」。悪く言えば「鼻つまみ者」として扱われることは多かい。
魔術、呪術の双方が家柄を尊重するこの社会において両親の評判はその親族からも悪かったのはセイマの幼少からの記憶に残っていた。
そんな苦難の中でも二人が結ばれた理由、それは……
『それは愛!故に!』『だ!』『よ!』
らしい。
しかしこの発言にセイマは納得いっていなかった。
高校生でさすがに愛が尊いということを知らないわけではないし、浪漫があることはいい事とも思っている。
「はぁ……それを理由に息子を放置されてもねぇ……」
そう、彼の両親は彼の進学直前に「ちょっと遅めの新婚旅行」と称して世界を回る旅に出ているのだ。
いつ帰るかは未定で仕送りはあるらしいが、一人暮らしは苦だろうということで友人の家にお世話になっている状態。
そんな状態を作り出した両親に本当に愛があるのか……『家族愛』があるのかを疑っていた。
しかし、入学早々そんなことを考えネガティブになるわけにはいけないと、頬を叩きネクタイをきっちりと締め、胸を張って学校へと足を運ぶ。
この学園には4つの科に4つの学部棟があり、それぞれで入学式を行うことになっている。
魔術と呪術による面倒ごとを起こさないための措置だろう。
その中でセイマは呪術科に入ることになっている。
本人としては魔術も呪術も一緒に教わることができる環境が良かったのだが、もちろんそんなものはなくしぶしぶこの学科に通うことになった。
***
通い始めて1週間が経過した。
「……想像以上に暇だな」
教壇に立つ教師が睨みつける。思わず口に出してしまったと慌てるセイマ。
だが、どうやら周りの生徒も飽きているらしく、見回してみても心ここにあらずといった生徒も少なくはない様子。
セイマだけがロックオンされたわけではなさそうだ。
一応は専門技術を学ぶ学校。
基礎の基から入るのはいいが「感情の起伏を力に変換する」や「物理的にも精神的にも縛ることが呪術の真骨頂」だとかそこらへんはもう親から何度も聞いた話で、そうでなくてもネットで見るような話だった。
故にほとんどの生徒がまじめに話を聞いておらず、セイマも最低限の板書で手を止めていた。
「じゃあこれで二時限目を終わる、次の授業の支度をするように」
先生が教室から出てようやく解放された生徒たちはいっせいに駄弁り始める。
「次の授業は?呪文基礎だっけ?」
「昨日の続きだから……励起式の刻印じゃね?」
「んなの小学生で親から教わってるっつーの」
周りの生徒たちは口々に言っている。セイマもそれは同じで母親から魔術、父親から呪術の基礎を教わっているので次の授業のことを考え少し退屈な気分になっているのだった。
そこでふと時計を見る。長針はまだ三分進んだだけだった。
「……時間はいっぱいあるな」
何かを思いついたようで悪い笑みを浮かべ教室を出て南へ……呪術科のある北棟の真反対、南棟の魔術科に駆け出す。
魔術師は基本的に応用や、新たな術の開拓に注力している人々の集まり。それゆえに親から教わった技術よりは応用技術の授業をしているだろうと踏んで、授業を盗み聞こうという算段だった。
ほどほどに全力で走ったがそれでも魔術塔に足を踏み入れた時点で残り時間は3分を切っていた。
(ギリギリか……!)
一年生の教室は3階、階段で駆け上がればまだ間に合う。
そう思い、更にギアを上げ筋肉痛覚悟で加速するが……
「きゃっ!?」
「うぉあ!?」
登りきると同時に飛び込んだ人影と衝突する。
「アタタ……」
「あ!だ、大丈夫?」
セイマが見上げた先には心配そうな表情の一人の女生徒がいた。
少女は手を差し伸べられたが、初対面の女子に触れるわけにもいかないと思い、あるいは男なのだから同じくらいの女子に手を借りるわけにはいけないという一匙の意地っ張りでその手を制止させる。
「ありがとう、でも大丈夫」
「みたいだね。私は志島 悠香。あなたは?」
「椎堂 凄馬。セイマでいい」
「うん!よろしく!セイマく……うん?そのネクタイは……」
「あ、やっべ」
この学校には学年とクラスをあらわす色がそれぞれ存在している。
一年は青、二年は黄色、三年は緑といった三色と魔術が白、呪術は黒、科学は水色、錬金術は紺といった四色に分かれている。
そしてネクタイはそれぞれの色を組み合わせたストライプになっているのだった。
「錬金科かと思ったら呪術科じゃない!もしかしてスパイ!?」
「いやあの、おれは違くて……!」
「問答無―――」
その時授業の予鈴が鳴った。
「やば!入学早々授業遅刻とか……あんたのせいだからね!」
吐き捨てるように走り去っていった後ろ姿を見て忙しい娘だなと思うセイマだったが、流石に魔術科の生徒に顔が割れてしまったのでこれ以上いるわけにはいけないと速やかに魔術科を後にするのだった。
もちろんその後、教師にバレてこっ酷く怒られたことは言うまでもないだろう。
***
そして……
「ほぉう?これは面白いな……」
その光景を見ていた男が一人、遠くの教室でひそかに笑みを浮かべていた