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05◆かしましビスク・ドール


 ストローとクワイエットは根気よく聞き込みを続けた。

 自分たちとしては当然のことをしているつもりだったが、それが他の人形や人間たちには奇妙な光景に映るらしい。

 何度か、その人間とはどういう関係なのだと逆に訊き返されることがあった。


 訊かれて初めて、自分たちとテディとの関係を説明する言葉を持たないことに気付く。


「友人……かしら。しいて言えば」

「あたしからすると、向こうのほうが付きまとってきてるんだけどねっ」

「……ふっ」


 固い胸を張って妙に自慢げに言うクワイエットへ、硝子越しに冷笑が届いた。

 これは余計な脱線(トラブル)に発展しないかとストローは注意深く相方の動向を見守るけれど、向こうはそんな気遣いをするつもりなどさらさらないらしい。


 ショーウインドーに飾られた美しい愛玩人形(ビスク・ドール)たちは、おっとりとした声にたっぷりと高慢と偏見を含ませて言う。


「男性に言い寄られるなんて大変ねぇ」

「そうねぇ、男の人って乱暴だもの。繰り人形さんもご苦労なすってるのねぇ」

「だからお洋服がよれて髪がパサついてるのかしらぁ」

「やあね、それは私たちみたいにおうちの中に入れないからでしょう? そんなこと言ったら失礼だわぁ」

「あらそうね。うふふ、ごめんなさいねぇ?」


 鈴を転がすような可憐な声ではあったが、内容には礼儀も遠慮もありはしない。

 案の定、聞いているうちにクワイエットの肩ががたがたと震え始めたので、ストローはすぐさま手を伸ばした。


「あたしはあんたたちと違って自分で持ち主を選べるのよ! きれいな服着てすまして座ってるのだけが仕事の世間知らずに愚弄される謂れはないわ!

 それにテディは優しい子よ!!」

「やあねぇ、怖い人形だわぁ」

「男の人より乱暴みたい」


 後ろから羽交い絞めにして、爆発したクワイエットを止める。

 でなければ硝子を叩き割りかねない勢いだった。それだって人形の腕力なら不可能ではない。


「……キュー、そのあたりで止めて。

 あなたたちも煽るのはやめてもらえるかしら。喧嘩をしている暇はないの、知っていることだけ簡潔に話して」

「やぁねえ、煽るだなんて人聞きの悪い」

「ねえ。これくらいで怒るなんて、やっぱり野良――」


 まだまだ口の減らない愛玩人形たちだったが、そこで突然に言葉を途切れさせた。

 その表情が驚愕、いや、恐怖に近い色に染まっていることに気付いたクワイエットは、反対に冷静さを取り戻す。

 そして、見た。


 愛玩人形らと自分たちを阻むショーウインドーの大きな窓硝子に、映り込んだストローの姿を。


 彼女が手にしているのは鈍色をした細長い物体だ。

 長さはおよそ五寸(15センチ)、家屋の建築くらいでしか使われないような、鋼鉄製の大きな釘だった。

 ストローはそれを、尖ったほうを自分の頬に添えながら、愛玩人形たちを見つめている。


「……これ以上余計な口を叩くなら、そのかわいい顔にちょっぴり傷がつくかもしれないけれど、それでもいい?」

「や、……やめてぇ! あ、あなた……()()()()()()の、し、知らなかったのよぉ!」

「顔はやめて、それだけはお願いよ! ちゃんと見たことだけ話すから!」

「わかってくれればいいのよ」


 かわいがられ、飾られることが宿命であり存在意義である愛玩人形たちにとっては、顔は何よりも大切な部品なのだ。

 そこに小さくとも傷がつけば売値が下がる。あるいは修繕のために人形師の元に戻されるか、ものすごく運が悪ければ、廃棄処分される可能性もまったくないわけではない。


 この脅しはとてもよく効いた。たとえ硝子を隔てていても、この街にストローのことを知らない人形はいない。


 『うらみ通りの藁人形』。

 それが、ストローに与えられた通り名であり、ペープサートに伝わる都市伝説だ。



 ――昔、ある腕のいい人形師が、国内外のあらゆる呪術を封じ込めた人形を作った。

 それが誰で、何のために呪物を作ったのか、どんな技術が使われたのかは定かではない。

 確かなのは材質が藁であることと、結局一度も使われることがないまま人形は捨てられたということだけ。


 藁人形は恐ろしい。彼女は睨むだけで相手を殺してしまうほどの力を持っている。

 それどころか、どれほど遠くにいる相手だろうと、藁人形に呪い殺せない人間はいないという。


 その噂を聞き、毎日のように誰かを恨む者、憎む者、破滅を願う者が彼女の住む『うらみ通り』を訪ねている――。



「だ、だから、子どもを追いかけてたのよ。帽子は被ってなかったけど……髪は確かにシナモン色だったわ。眼はブルーかグレーだったと思うけどよく見えなかった」

「子どもを?」

「そう、汚い身なりで、よれよれの綿人形を持った、四つか五つくらいの女の子。私たちてっきり彼が誘拐事件の犯人かしらと思って」

「なんですって!!?」

「キュー、黙って。……テディに限ってそれはありえない。子どものようすは? どこに向かっていたの?」

「あっちのほうに歩いてったわ。なんだかおかしな子だったわよ。その男の子、何度かその子に話しかけてるみたいだったけど、一度も返事しなかったわね」

「振り返りもしなかったわね。心ここに在らず、みたいな感じ……。知ってることはこれでぜんぶ話したわよ」

「ありがとう」


 愛玩人形たちから、頼むから早く帰ってくれという気配をひしひしと感じる。

 ともかく新たな手掛かりを得られた、それもこれまででいちばん有用な情報であると感じられるものだったので、ストローは満足して礼を言った。


 テディと子どもが向かったという方角に進みながら、ストローはペープサートの地図を心の中で思い浮かべていた。

 帽子が落ちていたのはビリー通り。ここはそこからテディの足取りを辿ってきた、アナベル通り。

 地理的に見ても、そして日付を考えても、そろそろここで一手打つべきかもしれない。


 恐らくストローの仮説は当たっている。すなわちテディは幼児連続誘拐殺人事件に巻き込まれ、犯行を目撃したか何かで、犯人に捕らえられているのだ。

 ……危害を加えられていなければいいのだが。


 なんにせよ時間がない。彼が消えてからもう二日も経ってしまった。


「キュー、私たちは幼児には見えない」

「何よいきなり。そりゃお互い、外見は十代半ばくらいに作られてるけど」

「囮がいるの。

 誘拐事件の犯人が、テディ失踪の原因でもあるとみていいと思う。けれど私たちには犯人の隠れ家を知る手がかりがない。となると、現行犯で捕まえるしかないのだけど」

「ああ、そういうこと。あの新聞売りでも雇う?」

「今は夕刊を売ってるころね。……できるなら巻き込みたくないけど。とはいえ彼の担当範囲は広いようだし、探している間に誰かが被害に遭うかも」

「犯行現場、次はどのへんなの?」

「それが……ちょうどこの近辺だと思うのよ。もしかしたらもう起きているかも。ねえキュー、たしか子どもがいなくなるときは……」


 前を歩いていたクワイエットの脚がぴたりと止まる。

 続けて、ストローも彼女の隣で立ち止まる。


「……歌が聞こえる、って言ってたわね」

「ええ」


 風に乗って、どこからともなく。

 子どもとも女ともつかない、明るく優しく楽しげな声で、聴く者を夕闇へと誘う手遊び歌が。



 こっちにおいで、そっちはあとで

 風船ふわふわ、赤、青、緑

 小鳥が飛んで、風船割れた


 私はかわいい指貫人形

 こっちで一緒に遊びましょ

 笛をぴろぽろ、歌うたい


 こっちにおいで、あっちは行くな

 ボールころころ、赤、青、黄色

 魚が跳ねて、ボールは沈む



 ふたりは顔を見合わせて頷き合うと、声のする方向へ一目散に走り出した。


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