霊のいる村にて
無人駅を一歩出ると、閑散とした風景が広がっていた。建物より緑の割合が多い。どこもかしこも、木や草が生え放題に茂っていた。わずかに残った建物もどうやら全て空き家で、一部の窓はガラスが割れていた。
「うわ……」
俺がドン引きしたのは辺りの寂れっぷりにではなく、そのあちこちに経文だの御札だのが貼ってあるせいだ。わかってて来たとは言え、やっぱりこれは引く。
「あんたが、由紀江の後輩かね?」
いきなりかけられた声に驚いて振り返ると、にこやかな笑顔をした一人のお爺さんが立っていた。
「は、はい、そうです」
「由紀江の祖父の徳一じゃ」
言って、徳一さんは先に立って歩き始めた。
「この村には宿がないんでな。由紀江が世話になってる人に野宿をさせるわけにも行かんから、わしの家に来るといい」
「……ありがとうございます」
俺は徳一さんについて歩き始めた。
徳一さんの家には、特に御札の類は貼っていなかった。
「ほう、お前さん演劇をやっておるのか。道理でイケメンじゃのう」
「ええまあ、演技の方もしますけどね。でもどっちかと言うと、俺は脚本をやりたいんです。由紀江さんにここの話を聞いて、ストーリーの参考になればと」
俺の話を聞いて、徳一さんはにやりと笑った。心なしか、目がキラーンと光った気がした。
「ここの村の、過去の因縁の話じゃな」
むかしむかし。平家の落人が、この村に軍資金を持って落ち延びて来た。その金に目がくらんだ村人達は、みんなで落人を襲い、殺してしまった。その落人達の亡霊が祟りを起こしたので、村人達はその霊を祀って鎮めたという。
「それから村は一時は栄えたが、今はこの通り、すっかり寂れてしまってのう。神社にお参りをする者もさっぱりおらん。……神社の通力がなくなり、そろそろ亡霊がよみがえる頃かも知れんな」
そんなオカルトな余韻を残して、徳一さんは奥に引っ込んで行った。
真夜中。ぎいっ、と廊下がきしむような音がした。
俺は自前の寝袋から飛び起きた。
(来たか)
ふすまを開けて、部屋を出る。
廊下に。
鎧を着た、武者の姿。
すらり、と腰の刀を抜く。
──カエセ……。
地獄の底から響くような声。
月の光を反射した刀が、ぎらり、と輝く。
上段から振り下ろされた刀は、俺の頭をかすめる。
──タカラヲ……カエセ……。
今度は横から。
一歩下がって避ける。
俺は軽くため息をついた。
「あのねえ」
鎧武者を見据え、俺は言った。
「いいかげん悪ふざけはやめましょうよ、徳一さん!」
「な、何を言う! わしは徳一などではない!」
鎧武者がうろたえている。
「ほら、その声がすでに徳一さんだし! バレバレなんですから、とっととその仮装取ってくださいよ」
鎧を脱いだ徳一さんはしゅんとして俺の前に座っていた。
「由紀江さんから聞いてるんですよ。祖父の徳一さんが、何だか無茶苦茶な計画を立てているって。──ホラーで村おこしとか、洒落になりませんよ。過去の因縁を捏造までして」
そう、徳一さんが俺に語った因縁話は全部嘘だ。郷土資料も調べて、ちゃんとそんな話が伝わってないことも確かめている。
「でもなあ。ネットでも怖い話とか都市伝説は流行ってるし、あんたみたいな若い人が来てくれたらと」
あんたネット見てるんかい。しかも怖い話系。
「かと言って、ホラーを仕掛けても来るのは俺みたいな物好きだけですよ。そんな奴は定着はしませんし、下手すれば遊び半分で村を荒らされますよ」
「……それでもな、見ての通りこの村は寂れきってしまっておってな。少しでも話題になってくれれば、戻って来る者もいるんじゃないかと思ってなあ」
「頼むから、現実を見てください。これは俺だけが言ってるんじゃなくて、由紀江さんも言ってることですからね。大体今回俺が来たのだって、由紀江さんに徳一さんを説得して欲しいと頼まれたからなんですよ」
徳一さんは小さくなりながらも、あーだこーだと言い訳をしている。
……ダメだこりゃ。
俺は大きくため息をついた。
翌日、駅まで戻って来ると、由紀江さんが来ていた。彼女は俺の顔を見るなり、訊いて来た。
「どうだった?」
俺は首を振った。
「ダメですね」
「そう……」
由紀江さんは肩を落とした。
「徳一さんは、この村への想いが強すぎるんですよ。だから誰の言葉にも耳を貸さないし、無理な村おこしもしようとする」
「そうね……こんなにしてても、もう気づかないのね、この村がすでに廃村になっていることに」
「死を受け入れるのは難しいってことかも知れませんね。……例えそれが村落の死であっても、──自分自身の死であっても」
徳一さん本人はとうに死んでしまっているのだが、どうも自分が死んだことを自覚していないようだ。その霊は生まれ育ったこの村に留まり、寂れた村をもう一度盛り返そうとあれこれやらかしているのだ。
この村自体もとっくの昔に廃村になっていて、村人など一人もいないというのに。
親族の中で徳一さんの姿が見えるのは霊感の強い由紀江さんだけで、由紀江さんも散々説得したのだが、まだ成仏には至っていない。
で、後輩の中から同じように霊感の強い俺にも説得して欲しいと白羽の矢が立ったのだが……俺の感触では、徳一さんを成仏させるのはかなり難しそうだ。
「本職の人にも頼んだ方がいいんじゃないですか? 俺、少しなら伝手がありますよ」
「考えないといけないかしらね……」
俺は駅の建物に貼ってある御札をはがした。
「あ、それ、私が貼ったの。これを見て、成仏してくれないかなって」
「ホラーな雰囲気を出す以上の役には立ってないですよ、これ。はがした方がいいです。いずれにしろ今の徳一さんは、ここからは出られないし」
徳一さんが良かった昔を手放して、成仏出来るのはいつの日か。それは俺にもわからない。
強めの風が吹いた。手にしていた御札は風に飛び、くるくると空中に舞い上がった。




