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ELEMENT2019冬号  作者: ELEMENTメンバー
テーマ創作「図書館」
4/13

モナリザは見ている(作:marron)



 この高校の図書委員といえば「特にやることがない」の代名詞とも言える。校舎から離れている建物ではあるもののあまり広くもなく蔵書もたいしたことはない。

 その図書委員になるとまずは図書館の主、司書の先生から委員の仕事について説明を受ける。

「図書館司書の今田(こんだ)()()です。今田と書いて“こんだ”と読みます。よろしくおねがいします」

「おねがいしまーす」

 委員はみんな大人しくて真面目そうな子たちばかりである。先生もやりにくいことはない。

「中休みと昼休みに図書貸し出しの受付をしてもらいます。月・木が3年生、火・金が2年生、水・土が1年生で持ちまわりです。自分の当番の日を忘れないようにしてくださいね。放課後は修理やポップ作成をしますから、お時間のある人はお願いします。本を読みに来るだけでももちろん構いません」

「はあ~い」

 先生はそれだけ言うと椅子に腰を掛けた。そこで3年生がひとり立ち上がった。

「委員長になりました茂中(もなか)です。よろしくお願いします。早速ですが当番表を作りたいと思います」

 委員長は去年も図書委員だったので、さくさくと当番を決めた。それから図書委員会の終わりにまた先生は立ち上がった。

「では最後にひとつだけ言っておきます。この図書館にはモナリザがいます」

 先生が言うと、みんなは閲覧室の窓際にかかっている絵画に目を向けた。なぜだか学校の図書館にはモナリザが掛かっていることが多いと聞く。ごく普通の壁である。

「この図書館のどこにいても、モナリザが見ています。本は大切に扱いましょうね」

「はあ~い」

 いくらモナリザの目はどこを向いているかわからないと言っても、書架に入ってしまえばモナリザの見えないところもあるだろう。だけど生徒たちは、先生がどれだけ本を、またこの図書館を大切に思っているかを理解した。


 放課後、茂中はほとんど毎日図書館に来ていた。委員長だからではない。彼女はこの静かな図書館が好きなのだ。

「書架整理してきまーす」

 先生に頼まれていたポップづくりがひと段落すると、茂中は立ち上がった。ほかに生徒は誰もいない。紙の匂いと空調の音だけがする図書館。書架に入ってしまえば空調の音すら分厚いじゅうたんに吸い込まれてしまったように感じる。この一人だけの空間で自由に本を読むことも、本の背表紙を眺めることや、ただ図書館全体を見渡すことすらも好きだった。

 それでも時々は誰かがやってくる。

図書館の扉が開く音が静かに響き、続いて本を置く音が聞こえた。返却しているのだろう。

「小松屋先生、こないだの本、薬品が付いていましたよ。気を付けてください」

 控えめではあるものの、今田先生の厳しい声が聞こえる。

 返却に来たのは、理科教師の小松屋のようだ。へらへらとした小松屋の声が先生を逆なでしているように聞こえた。

「ああすみません。()()さんは硬いなあ」

「名前で呼ばないでくださらない?」

「またまた。()()今田(こんだ)、ジョコンダ。美しい今田先生にぴったりじゃないですか。ああ、ちょっと本を探してきます。その本、延長するので手続きしておいてください」

「え、またですか?もう、」

 今田先生が何かを言いかけているのに、小松屋はスタスタと書棚へ入って行ってしまった。

 書架には奥の壁に寄りかかりのんびりと本を読んでいる茂中がいる。

「おや、梨沙ちゃん」

「小松屋先生、どうも」

 せっかくひとりで楽しい時を過ごしているところへ小松屋が顔を出したので、梨沙は内心嫌であった。しかし年のわりにあしらいが上手いと自覚している。小松屋が喜びそうなことを二言三言話して、すぐにそこを離れた。


 放課後の図書館はいつもそんな感じだった。本を借りに来る生徒などほとんど見かけず、時々小松屋がやってくる。司書の今田も委員長の茂中も、内心は迷惑であったが、この3人が放課後の図書館を構成しているのは確かだった。



 ある日の放課後、図書館の貸し出しカウンターに数冊の理系の本が積まれていた。

「茂中さん、これ、悪いけど理科準備室に運んでくれない?」

「はい」

 先生に頼まれて、梨沙は重い本を抱えて校舎へ入り、理科準備室への階段をのぼった。2階のはしにある理科室の隣、準備室の扉をコンコンとノックして入ると、ツンと刺激のある変な臭いがした。

「うっ、なにこれ。小松屋先生?」

 電気はついているし、何かの音もするのに、先生の姿がない。

 一歩部屋に入り、一番近くの机に本を置こうとして気づいた。机の脚元に白衣の小松屋が倒れていた。

「はっ」

 とっさにそれしか声が出せず、それどころか、息苦しくて喉をおさえた。

 嫌な臭い、倒れている先生、それに喉を締め付けられるような苦しさ。危険を感じて、梨沙はすぐに部屋を出た。もうその時にはうまく足が動かせず転げるようになってしまった。

― ガタン、バン! ―

 梨沙の立てた派手な音に気付き、隣の数学教室や視聴覚教室から人がわらわらと集まってくる。

「どうしたの、茂中さん」

「なんだなんだ」

 しかし梨沙はだんだん体が動かなくなるような気がした。震えながら準備室を指さすことしかできず、声も出せなかった。

 その異常なようすに気付き、教師が理科準備室を覗くと、そこには何かの薬品を調合した痕跡と、倒れている小松屋の姿があった。

「大変だ。扉を閉めろ!毒ガスかもしれない」

 その場にいた全員が一斉に口に手をやって遠のき、梨沙も引きずられてそこから離された。


 警察や救急の車輛がやってきて、学校は大騒ぎになった。


「小松屋先生は一命をとりとめましたが、大変危険な状態でした」

 次の日、梨沙は警察に出向かなければならなかった。第一発見者だったため、事情聴取があったのだ。さらに今回のことは単なる事故ではなく、小松屋が扱った薬品の瓶の中身がすり替わっていたということから、殺人未遂の事件にまで発展していた。とはいえ、警察は梨沙を容疑者として見ているわけではない。

 ところが付き添っていた司書の今田がこんなことを言ったのだ。

「茂中さんと小松屋先生はとても仲が良くて、恋人同士のように見えました」

「えっ、違います!」

「でも、いつも図書館で仲良くしていたわよね」

 書架の陰で二人がなにをしていたのか、今田にはお見通しだったのだ。梨沙は表情をこわばらせた。

「ち、違うんです。あれは、小松屋先生が一方的に。あたしはセクハラを受けてて、嫌だったんです。あたしは、被害者なんです」

「では、小松屋さんのことを嫌っていたと?」

 警察の人にそう聞かれて嫌な予感がした。ここで小松屋を嫌っていたと言っては、殺人の動機があると思われてしまう。だからと言って好きだったかというとそれも違う。

「き、嫌いです。だけど、殺そうなんて思いません!」

「まあ、そうでしょう。そんなに警戒しなくてもテレビドラマの犯人捜しではないですから、気にしないであったことだけを話してくださいね」

 警察官はあくまでも、梨沙のことを犯人とは考えていないようで梨沙は少しほっとした。

「一通り形式通りお聞きします。茂中さんが小松屋さんの部屋を訪れたのは何時ごろですか?」

「えっと、4時ちょっと前だったと思います。いつもは今田先生が本を届けているのですけど、先生がいつもの時間に行かれなかったので、あたしが代わりに行くようにって言われたんです。だから3時半は絶対に過ぎていました」

「いつもは今田先生が3時半に持って行ってるのですか」

 警察官がそう聞くと、先生は静かにうなずいた。

「今田先生はどうして行かれなかったのですか?」

「え?あ、はい」自分に質問がまわってきて今田は少したじろいだ。

 それを見ていて、梨沙が機転を利かせたのか、はきはきと話し始めた。

「今田先生はとってもきれい好きなんです。あの時も確か、どこかを熱心に掃除していました。それで少し遅れたんです。それに、小松屋先生にお貸しする本は前にも貸し出したことがあって、小松屋先生が汚してしまったんです。だから今田先生はあんまり触りたくなかったんじゃないかなって。あの図書館を見ていただけたらわかると思うんですけど、本当にすごくきれい好きなんです。洗面所もないのに、カウンターの陰にマイ洗剤まで置いてあるんです」

 自分への疑いがなくなったためか、先生のこともかばおうとしてか、梨沙はよく喋った。それにしても、洗剤のことまで言われて先生はバツが悪そうな顔をした。

 そのあと2、3の質問があり状況説明をして、梨沙と今田は取り調べを終えた。単なる事情聴取で犯人捜しなどではないのだが、二人は緊張感から解放されて、また元の生活へと戻った。


 ところがその数日後、今度は司書の今田だけが警察で聴取を受けることとなった。

 実は、梨沙が言った“洗剤”から、今田が犯人であることがバレてしまったのである。あの時、洗剤と聞いてピンときた警察官はすぐに図書館の洗剤を調べに来ていた。そこにあったのは、塩素系の漂白剤と酸性タイプの洗剤だった。調べてみると小松屋が間違って調合したのはこの洗剤であり、強い塩素ガスが発生したということが分かった。

 警察の追求に、今田は隠し立てをしなかった。とはいえ、殺人未遂にまで至ったこの事件の動機は、警察の考えとは全く違うものだった。

「あなたは、小松屋さんと恋人だったのですか?」

「いいえ、違うんです。彼は図書館に来るたびに私のことを美しいジョコンダと言って口説いてきましたけど・・・

 でも、茂中さんはもっとしつこく迫られていて、小松屋先生が帰った後よくひとりで泣いていたんです。だから私、ちょっと痛い目にあわせようと思って」

「つまり、二股をかけようとした小松屋さんを懲らしめようと?」

「いいえ。茂中さんが可哀そうで」

 すべては梨沙のためにやったことだった。

 小松屋が倒れているところを梨沙が見れば、すっきりするだろうと思って、彼女に本を持って行かせた。それから、彼女の口から小松屋が嫌いだと言わせてセクハラのことを暴くつもりだったのだ。

 警察官はこの図書館司書は、司書の鑑だと感じ敬服した。図書館を見渡し、図書館の秩序を守る司書として、図書館を愛する生徒も守ろうとしたのだ。

 事件はあっけなく解決を見せ、図書館も今まで通りの静けさが戻った。



「あたしが小松屋先生のことを殺そうとするはずがないじゃない。あれくらいのことで、成績をAにしてくれるんだから」

 梨沙は静かな図書館が好きだ。この一人だけの空間で自由に本を読むことも、本の背表紙を眺めることや、ただ図書館全体を見渡すこと、それに誰かが訪ねてくることも——―





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