表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『不思議さんと僕』  作者: 水由岐水礼
『雨の日、明日を探す少女 ~不思議さんと僕~』
6/9

06


    6


 しゃぼん玉セットとキャラメルの代金を渡し、十円玉三枚のお釣りを受け取る。

 ずぼらをして、それを無造作にブレザーのポケットに落とす。

 「ありがとうね」とおばあさんの声に送られて店を出ると、葵さんは退屈そうに濡れた地面を靴の先で叩いていた。

「お待たせ」

 僕が声を掛けると、葵さんは顔を上げた。

 その表情は少し不満げで、頬っぺたも少し膨らんでいた。

「ごめん、ごめん」

 謝って、頭を下げる。

「でも、ほら、お土産があるから。これで勘弁してよ」

 しゃぼん玉セットとキャラメルを、僕は葵さんに見せた。

 その駄菓子屋土産に、葵さんの表情がぱっと輝く。

 けれど、ここで素直に喜びを表わすのは、甘いとでも思ったのか。葵さんは、すっとその輝きを引っ込めた。

「葵さん。僕の傘をちょっと持っててくれる?」

 僕は、自分の傘を葵さんに渡した。

 しゃぼん玉セットの方だけ、ブレザーのポケットに入れる。

 箱のビニール包装を外し、箱の中から一つキャラメルを取り出す。

 腰を落とし、目線の高さを葵さんに合わせると、僕はキャラメルを包む銀紙を開いた。

「はい、あーん」

 と、キャラメルを指でつまみ、葵さんの口の前に持っていく。

 そんな僕の行動に、葵さんは顔を一気に赤く染めてしまうという反応で、その可愛らしさを弾けさせた。

 うわぁ……見事に真っ赤っかだなあ。

 葵さんはひどく恥ずかしそうだった。

 まっ……当り前か。

 彼女が何を恥ずかしがっているのか。さっきと違って、さすがに今度は僕にも分かる。

「はい、あーーん」

 もう一度、僕が言うと、葵さんは顔を真っ赤にしたまま、キャラメルにぱくりと食いついた。そして、僕から目を逸らす。さっと視線を落とし、顔も少し下に向けた。

 隠そうとしても、恥ずかしさが上手く隠せず困っているのが丸分かり。

 そんな葵さんの様子に、僕はくすりと笑ってしまう。

 込み上げてきたのは、笑いだけじゃなく……。

「どう? 美味しい?」

 少し声音を変えた優しい声を出して、そんなことを悪戯っぽく訊いてみる。

 僕の問いかけに、キャラメルを転がす葵さんの口許の動きが止まる。

 けれど、それはほんの一瞬のことで、その後は逆にその動きは忙しくなった。

「──げる」

 ぽつり、葵さんは俯いたまま、小さな声で何かを言った。

 だけど、申し訳ないけれど、よく聞こえなかった。

「えっ……何?」

 僕が問い返すと、葵さんは上目遣いでこちらを見て、

「だから! 勘弁してあげる、って言ってるの!」

 ちょっと自棄くそ気味な感じで、怒鳴るように言った。

 美味しいでも、お礼でもなく。勘弁してあげる……か。

 でも、それでも、葵さんとしては「美味しい」とか「ありがとう」と言っているつもりなんだろうな。

 だから。

「勘弁してくれるんだ。ありがとう」

 と僕も笑顔で応えた。

 僕の「ありがとう」に、葵さんの口の動きがまた止まった。

 今度はそのまま動かない。彼女の口許は、しばらく動きを止めたままでいた。

 口許じゃなく、葵さんの喉が大きく動く。

 それから一呼吸おいて、葵さんは視線を上げて口を開いた。

「ねえ、もう一個ちょうだい」

 葵さんの口から飛び出てきたものは、おねだりの言葉だった。

 その言葉に、僕は吹き出してしまう。

 大人ぶってはいるけれど、やっぱりまだまだ子供で。少しわがままな子だなあ、と思っていたんだけれど。

 僕が思っていたよりも、葵さんはしっかりしたところのある女の子だったようだ。

〝もう一個ちょうだい〟

 それもきっと、「ありがとう」の代わりの言葉なんだろう。

 とっても恥ずかしがり屋さんで、その言葉が素直に口にできない彼女なりの……美味しいよと、ありがとう。

 二個目を欲しいとねだることで、葵さんは自分の気持ちを僕に伝えてくれている。

 と、そう思うのは、僕の深読みのし過ぎだろうか。

「うん、いいよ」

 箱からキャラメルを取り出し、僕はまた「はい、あーん」とやった。

 けれど、真っ赤な顔で睨まれて、二度目は拒否された。

「それはもういいの!」

 葵さんは僕の傘を持ったまま、僕の手から器用にキャラメルを奪い、自分の手で口の中に入れてしまった。

 と同時に、ぷいっと横を向く。

 その横顔はやっぱり真っ赤だった。

 そんなに照れなくてもいいのに。

 ホントに恥ずかしがり屋さんだなぁ……。

 心に温かなものが生まれ、自然と顔も綻んできてしまう。

 僕は声を出さずに小さく笑った。

 顔を逸らしてはいても、ちらりちらりと、葵さんは横目でこちらを見ていた。

 その瞳の小動物的動きが可愛らしくて、また口と喉だけで笑ってしまう。

 このまま葵さんの様子を観察していたら、そのうち声を上げて笑ってしまいそうだ。

 そうなったら、また葵さんの機嫌を損ねてしまうだろうし。

 そうなる前に、行動することにする。

 キャラメルも、しゃぼん玉セットと同じく、ブレザーのポケットに仕舞う。

「傘、ありがとう」

 葵さんの手から自分の傘を取ると、僕は立ち上がった。

「じゃあ、そろそろ行こうか」

 もしかしたら拒絶されるかな、とも思ったんだけれど。

 僕が手を出すと、葵さんはすんなりと僕の手を握ってきた。


「…………」

 ……やっぱり、冷たいな。


 顔はまだ赤くて、耳も真っ赤なのにな……。

 それは、ちゃんと熱を持った血が通っている証拠であるはずなのに。

 少しの熱も感じられず……。繋いだ葵さんの手は、さっきまでと変わらず、今度もまたとても冷たかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ