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不可解なもの。
おかしなもの、変なもの。
不気味なもの。
有り得ないもの。
非科学的なもの。
それの呼び方は、いろいろあるだろう。
不可思議、ミステリー、というのもありだろう。
そんないくつも考えられる呼び名の中から、僕は「不思議」という言葉を選んだ。
その単語に、「さん」を付け、「不思議さん」。僕はそれをそう呼ぶ。
なぜだかは、まったく分からない。
それは、物であったり、人や生き物であったり、時には何かの現象であったり。いろんな形で、僕の前に現われる。
何の規則性もなく、統一感もない。正体は不明で、最後まで全く意味不明な時もある。
けれど、僕には正体不明で意味不明なものであっても、僕の前に現われるのだ。そこには何かの意味があるんだろう、と思う。
だから、僕はそれを無視したりしない。
現われれば、いつでも、僕は不思議さんに付き合うことにしている。
それが朝で、たとえ登校途中のことだったとしても、僕は足を止める。
というわけで、今日は遅刻ということになりそうだ。
傘を後ろに傾け、少し開けた視界の先に、蛇の目が飛び込んできた。
正しくは蛇の目ではなく、蛇の目傘を差した女の子。白いワンピース姿の少女が、少し先の十字路の角に寂しげに立っていた。
「ああ、やっぱり……出会っちゃったか」
僕には、すぐにそれが不思議さんだと分かった。
それは、長年の間に培われた勘だとかいうものではなく。ただ単なる短い観察の結果だった。
なぜなら、僕の他には、誰も注目していなかったから。
僕以外にも人はいて、多くはないけれど、人通りというものがあるのに……。誰一人、女の子に目を向ける人はいなかった。
高台の頂に石垣だけとはいえ、城跡が残り。小さいながらも、昔は城下町だったというだけあって、この町にはまだまだ古い町並みが残っている。
高層ビルなんてものとは無縁で、蛇の目傘のような古風な物も、自然と町並みに溶け込み似合ってしまう。僕の生まれ育った町は、そんな古き良き情緒を多く残す町だった。
だけど。それでも、蛇の目傘なんてものを見かけることは、そうそうあることじゃない。珍しいことだ。
それは、人の目や興味を惹くには十分なものだと思う。
なのに……。紺と白の蛇の目傘は、道行く人たちの誰の興味も惹いてはいなかった。
雨の日は傘を差したり、足許の水溜まりを気にしたり、人の視界や注意の範囲は狭まるものだ。
でも、だからといって、誰一人、蛇の目傘に注目している人がいないなんて……。
……おかしい。変だ。
少なくとも、僕とは逆に坂道を下ってきている人の視界には、蛇の目傘と少女の姿は入っているはずである。
それに見たところ、女の子は小学校の中学年、三、四年生くらいだ。だから、背だって高くはない。そんな年頃の女の子の差している傘が、高い位置にあるはずもなく。
どう考えたって、普通に歩いていれば、子供の差す蛇の目傘が、大人の視界に入らないはずがない。
けれど……。誰も、蛇の目に興味を惹かれた様子を示さない。
それは、きっと……見えていないからなんだろう。誰の目にも、蛇の目傘は映っていない。そして、それを差す女の子の姿も。
だから、誰も蛇の目傘に目もくれず、注目もしない。
ほんの十数秒程度だろうか。少し乱暴かもしれないけれど、その短い間の観察で僕はそう結論づけた。
……他の人には見えない。けれど、僕にはしっかりと見えている。
判断材料はそれで十分だった。
──彼女は「不思議さん」だ。
俯きがちに道行く人たちを見ていた少女が、自分に近づいてくる僕の方を見た。
視線が交わり、女の子と目があった。
二度の瞬きを間に挿み、女の子の瞳が大きくなる。彼女のまだ幼い顔には、驚きの表情が浮かんでいた。
けれど、すぐに、今度はその目を細くして、女の子は嬉しそうに破顔した。
どうやら、彼女は「不思議さん」に間違いなさそうだ。
「こんにちは」
朝だけど、そう挨拶をして、僕は女の子の前で足を止めた。