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魔王懐柔して賢者伝説  作者: おるか
第1章 包容力極振りは強い
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一話 異世界転移



佐久間瑠斗(さくまるいと)は思わず息をとめた。


瑠斗はサラリーマン、中堅企業のいわゆる中間管理職であった。いつものように上司をなだめ、血気盛んな新人を抑え、やっとのことで仕事を終えて、友達と別れるであろう自転車に乗った小学生を見送って、さああと一つ角を曲がったら家だというところだった。



目の前に広がる異世界。



車に轢かれた訳でもない。明らかな不審者に会ったわけでもない。

しかし、確かに目の前の景色は曲がり角の先にある寂れたアパートではなかった。


どうすれば良いのかわからないのだが、とりあえずこの場面は隠れるのが正解と、瑠斗は咄嗟に判断した。



ーーーなぜなら、丁度今、勇者一行が魔王らしき怪物を倒さんとするところだったからである。




「これで終いだ!風霊剣(エアリアルブレード)!!!」


勇者らしき男の声に合わせて、構えた剣に風が明確に形を持って纏う。

風が辺りの空気を切り刻む音が、瑠斗が柱に隠れた僅かな足音を隠してくれた。しかし、瑠斗には当たり前だがその幸運を喜べる余裕はなかった。


「オレに斬撃は聞かん」


それに対して魔王(仮)は素早く自身の前に結界らしき魔法陣を張る。

魔法陣に勇者(仮)の攻撃は完全に防がれてしまった。

それを見た魔王は嘲笑を浮かべる。


「前魔王ディアボス様の意志を継ぎしオレは、あの大賢者くらいでないと倒せぬぞ!!」


しかし、勇者は悔しがるかと思ったら後ろにひえていた少女を見て笑みを浮かべた。


「残念だったな魔王よ。賢者様の生まれ変わりが俺達にはついている!」


「やっちゃって!マリア!」


「これしかないようですね。聖霊封印(ホーリーシールド)!!」



ーーーその瞬間、思わず目を閉じてしまうほどの眩い閃光が走った。



「グアアッ!!」


魔王の悲痛な声。


瑠斗が恐る恐る目をひらいて覗くと、そこには魔法陣の中で膝をつく魔王と、倒れる少女の姿があった。


「さすが、()()の力…」


「マリアは気絶しているだけみたいね…。賢者しか使えなかったといわれる聖霊魔法を使ったんだもん。こうなるのは当たり前よね」


「でもやったぞ。魔王は封印した!」


魔法陣の中で勇者達を恨めしそうに睨む魔王。


「くそっ、またこれでは魔物達が…」


「お前の企みは潰れた!そこで大人しく消滅するんだな!」


何も出来ない魔王に勇者はそう言い捨てると、力なく横たわる少女マリアを抱えて静かにその場をあとにした。







残された瑠斗と魔王。


瑠斗は先刻から息遣いにさえ細心の注意を払って柱の影に潜んでいた。恐怖と興奮と不安で、鼓動の音を抑えるのに必死だった。


勇者の話によると、この魔法陣の中で魔王はゆっくりと消滅していくみたいだった。

異世界は現代日本と常識が違いそうなものだが、この世界にとっても、魔王というのは魔物を操り世界に害をなす存在で間違えはなさそうである。


「ディアボス様、申し訳ございませんッ…」


ここは本当にRPGの世界のようだ。

魔法陣の中で魔王は空に向かって謝る。


「私の力不足で今世も約束を果たすことが出来ませんでした…。オレにもっと知恵があれば、力があれば、やり方が他にももっとあれば、あともう少しで共存出来たかもしれないのに…」


どうやらこの魔王は力を欲するためや自らの満足のために魔王になったわけではなさそうである。

すごくいい魔王ではないか。

瑠斗は少しずつ魔王の体が魔法陣の中で光になっていくのを目撃した。


「こうして、オレは独りで逝くのか…」


想像で語るのはよくないことだが、恐らくこの魔王は魔物と人間の共存を目指すため、自らを犠牲にしてたくさん努力してきたのだろう。

そんな彼が、それは人間にとっての摂理ではあるが、部下もほかの魔物も勇者に倒され、何も無いこの古城で独り消えるのは可哀想だと瑠斗は思った。


まだ右も左も分からないこの身。

しかし、この場に居合わせたからこそ、この見知らぬ魔王に自分ができることはあると考えた。



ーーーコツン。

それは小さな石の音だったが、勇者一行がいなくなった今、がらんとした王座に当たった石の音は思いのほかよく響いた。魔王はこちらを見た。


「生き残りか。この通りだ。オレはこのまま消えゆく運命だ。賢者の魔法のせいでもう何も出来ん」


どうやら瑠斗のことを魔物と思っているみたいだった。瑠斗は柱の影から少し出た。


「なんだ、魔人か? 見たことのない魔物だな。俺の配下にいたか?」


魔人とは人型の魔物なのだろうか。

まあいい、と魔王は笑うと瑠斗に手招きをした。


「覚悟は出来ていたが、一人では心細くてな。お前、こっちへ来い」


命令通り、魔王の方へ向かうと、魔王は魔法陣の前に座るように促す。


遠くからではよくわからなかったが、近くで見た魔王は、某有名なRPGのような醜悪な外見ではなく、イケメンでスラっとしていて、むしろ乙女ゲームに出ていそうな外見をしていた。しかし、肌の色がどう考えても薄い青だったり、切れ長な赤と青のオッドアイが人外なことを証明していた。

勇者との戦いで摩耗したのか、結んでいたであろう銀の長髪が乱雑に広がり、上等そうな洋服もところどころ破れたり解れたりしていた。


「不甲斐ない魔王ですまないな。お前に言付けたいことがある」


もしやこれは遺言…。肩や頭の上部がもう光となっている魔王、遺言を聞き逃さないようにと瑠斗は近くに寄った。



「他に生き残っている配下がいたら伝えてくれ。オレが死んだからと言って後を追うな、仇を取ろうとするなと。」


「人間との共存は二代目魔王ベルトリス様から受け継がれてきた意志である。人間はそうは思っていなくても、我らは賢者様とベルトリス様の約束を守るまでだ。」


「人間を助けてみたり、襲わないよう令を出したりしたのだが、上手くはいかなかったようだな」


話しているうちにも、魔王の体がどんどん消えていく。


「その様子だとお前は人間としても生きていけそうだな。余程変身術を練習したのだろう。ありがとう。お前のような心優しい魔物がいたことがオレは嬉しい」


話を聞いているうちに涙腺の弱い瑠斗は自然に涙を流していた。

なんていい魔王だろう。賢者がどうやらこの世界での英雄のようだが、それにしても魔王は律儀すぎる。魔王に限らず魔物はみんなそうなのだろうか。目の前のよくわからない初対面の魔物にも、威張らず、良いところを見つけてくれるあたり、この魔王は前の世界と同じ認識ではいられないと瑠斗は強く思った。


「伝えます。魔王様が頑張っていたこと、出合わせた身ではありますが、無駄には致しません」


声は震えていたが力強かった。

瑠斗は目に力を込めて、決して泣くまいと魔王を見据えていた。


「オレは先に逝って、お前達の頑張りを空から眺めているだろう」


「魔王様のこと俺忘れません! 」


いよいよ魔王の姿が薄くなる。


魔王は最期の時まで凛々しく弱味を見せなかった。瑠斗の瞳から堪えきれずに流れ落ちた涙が、魔法陣に触れた。



「ッーーー?!」



真実の涙(トゥルードロップ)


当たりを閃光が包んだ。






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